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教育保健センター大ホールで講演するシーボルト研究家 石山禎一氏
平成28年1月16日(土)午後2時から、西予市教育保健センター4階大ホールで、西予市歴史文化講演会第1回講演会が開催され、元東海大学講師でシーボルト研究家の石山禎一氏を講師に迎えて、「タキの手紙から見たイネ−−−未公開の二つの資料から」と題して講演を聞きました。
西予市歴史文化講演会というものだから、勝手に勘違いして歴史文化博物館で行われるものだと思い込み、定刻前にそちらへ行ってみたものの閑散としている雰囲気で、日にちを間違えて手帳に書き込んだのかな、などと思って、帰りに念のために宇和文化会館へも行ってみました。
そして、家まで帰ってきて案内を見直してみると、なんと教育保健センターが会場ということがわかり、慌てて自転車で駆けつけたものの十数分遅刻してしまったのでした。
石山先生の話は、なんともショッキングな内容で、おイネさんは満13歳から18歳までの間二宮敬作の偉業を卯之町中町で手伝っていたとこれまでずっと聞いていたものだから、少なくとも数年は卯之町で生活をし、卯之町ともかなり縁の深い人だ、と誰もが思っていたのに、イネの母タキがシーボルトに送った手紙が最近発見され、それによると卯之町にいたのは7ヶ月という新事実がわかったというものでした。
シーボルトの末裔ブランデンシュタイン家が保管している1845年11月1日に出島からタキがシーボルトに送った手紙が発見されそれを詳しく分析すると、おイネさんが卯之町へ旅立ったのは1845年2月と書かれており、この手紙が書かれた時にはすでに岡山の石井宗謙のもとを離れていることも合わせて書かれている。そして、石井宗謙のところには、60日滞在したと明記してあるので、おイネさんが卯之町に滞在したのはその間であることから、最大7ヶ月になる、ということでした。
おイネさんがおよそ5年間、卯之町に滞在したというこれまでの説はどこから来たのか、また、真実なのか、多くの人が心配になっていると思います。
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