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広島大学工学部のキャンパス。といっても、今ではすべての学部が東広島市へ移転が完了している
平成28年2月20日(土)、午後3時から、大学時代にお世話になった近藤一夫先生が65歳をもって退官となるので、その記念最終講義&退官パーティーに出席するため、東広島市の広島大学へ行ってきました。私がここで過ごしたのは大学4年生のときで、当時移転1年目ということもあり、何もかもが新しくて新鮮でした。
しかし、まだまだ植栽などが完了しておらず、荒涼としていた印象もあるのですが、今では33年が経過し、しかも当時は工学部だけしかなかったのに、次々に他の学部もやってきて、全く違った地域にやってきたようです。そのような建設当時のことしか思い出せないのですが、今ではすでにリフレッシュ工事が終了していて、建物内部もガラス張りになっていたりセキュリティが強化されていたりで、EVくらいが当時を思い出させるくらいです。
大学4年生の時は、花井教授・近藤助教授と院生の岡田さんが我々研究生5名を指導するという体制で、結構難しいことをやらされて、難儀をしたことが思い出されます。そもそも数年かかってやる研究の一部しか卒論では関われないので、全体像を理解するのは大変なことです。研究室を出て社会で活躍している代表の人が何名か先生の思い出について話をしましたが、みんな研究の内容が難しくてよくわからないまま卒業した、などと言っていたので、やっぱり難しい研究だったんだ、とひと安心。
とにかく、いろいろな建築の現象を数値化してプログラムで力尽くで解析していくような研究だったという印象です。
大学時代の友人とは20年振りくらいに会いましたが、大切な時間を共有していたためか、すぐに昔の親近感が蘇り、あっという間に頭が白くなったなど時の経過を再確認したのでした。
当時院生だった岡田さんが必ず来るだろう、と思っていたのですが、10年くらい前に他界されたと聞かされ、驚きとちょっと寂しい思がしました。人の人生はわからないものです。
近藤先生もかなりお年をとられたようでしたが、研究熱心な雰囲気は十分に今でも感じ取ることができ、また、多くの研究室卒業生がこの日のために全国から駆けつけていたことは、とても素晴らしいことでありました。
講義棟の教室で研究の話など講義を聞く。この教室も、私が大学当時はピカピカだった
近藤先生の講義の最後の言葉
退官を祝う鏡開き
記念品は旅行券だったそうだ
学生時代はスキーやゴルフをしたりして、共に学んだ友人と
原爆の大火を耐えてきた大学の校門柱。広島市から移築されている
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