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書庫日本一周:バイク人ラリー2016

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この日の最終目的地、能取にて。この日は507kmのロードとなった。


 2016-6-29  2日目 オロロンラインから留萌・朱鞠内湖・名寄・興部(おこっぺ)・紋別・サロマ湖・能取岬を巡って網走をめざした。


 本来は、留萌からサロベツ・稚内・宗谷岬へと走る予定でいたが、9月にショップの主催する北海道ツアーで稚内・宗谷・美瑛方面を走る計画があり、今回走ってしまうと9月にはもうきっと来ないだろう、と思い、今回は念のため重なるコースをカットして、日程を短縮したのだ。

 そこで、これまで行ったことのない朱鞠内湖へ立ち寄りたいということで、羽幌の手前からオロロンラインを東へ折れて、まだ走ったことのない林間コースのR239を走り、朱鞠内湖を通って名寄へとコースをとった。



 28日は、午後8時45分の定刻にフェリーが小樽へ到着したが、結局この日はどこかで宿をとるしか方法はなく、その後北へのコースを走るために、当別町のとほ宿「あんぷらぐ」へ宿泊した。夕食はフェリーで済ませていたので、朝食付きで4400円。北海道らしい広い畑が続く中に、ポツンとある一軒宿だった。

 とほ宿、というスタイルは今回はじめて知ったシステムで、一人旅歓迎の、旅人のための民宿&ゲストハウスというカテゴリー。
 もっとゆっくりと宿で過ごしたかったのだが、29日は天気も良さそうだし、できたら早く走り出したかった。午前8時を出発の目安としたが、午前7時に朝食をいただいて準備をしたら午前7時半に出ることが出来た。出発する前に記念の写真なんかを撮影。
 ご夫妻で見送って頂いた。




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あんぷらぐの食堂兼リビング。玄関から入ったところ。階段を上がって2階へ行くと、寝室が何部屋かある



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食堂の窓からの展望。畑が広がる



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寝室。個室を使わせて頂いた。というか、宿泊者は自分一人だけ



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出発に当たっての記念




 当別町のアンプラグからR231の八幡町交差点へ出て、そこからはオロロンライン。

 気持ちの良いロードを北へと走る。ここは初めて通るルートなので、なにもかもが新鮮。素晴らしい青空と青い海が広がり、景色が良いところもたくさんあった。見とれて写真を撮るために止まらなかったことが心残り。しかし、先が長いことを思うと、いちいち止まってもいられなかったという思いも。。。

 初めのうちは、海沿いから離れてやや丘を走るような感じで、アップダウンを繰り返したのちにあいロード夕日の丘へ。
 ここでゆっくり休みたかったが、まだ走り始めた時間帯でもあり、また、夕焼け小焼けラインを思い起こさせるような海沿いの気持ちの良い道が続いたため、先へ行くことにした。




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石狩市のあいロード夕日の丘。レストポイントだが、先へと進む



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海沿いの石狩国道をさらに北上



 オロロンラインの名前の由来は、天売島で生息するオロロン鳥からきているらしい。オロロ〜ンと鳴くことからそう呼ばれているが、その数は半世紀前には4万羽以上いたが、今では数十羽程度に激減。その訳は、サケ・マスの流し網にかかったり天敵が増えたりということで、実際にはあまり見られないようだ。



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雄冬海岸辺り



 オロロンラインの雄冬岬近辺は道路改良がかなり進んでいて、長いトンネルやトンネル内の工事中が何カ所もあった。その分、トンネル内も片側交互通行となり、一旦信号に引っかかるとしばらく待たされることになる。
 工事と言っても、トンネルの点検だろうか、かなり頻度が高く実施されていたので公共施設の一連の耐久性の検査のようでもあった。

 トンネルはとても長いトンネルがいくつも続き、その分景色が見えないところや気温が15℃まで下がるなど、以外と寒さも感じた。これは、海沿いの道路が冬の寒さや波などで通行止めになったり、過酷な気象条件を克服するために、付け替えられたりしたのだろうと思う。トンネル技術の進歩により、複雑に曲がりくねったトンネルを掘ることも容易になったためでもあろう。

 トンネルを出ると、日が当たるところは20℃程度ととても走りやすい気候であった。



 増毛の手前で、パトカーが赤色灯を回して右側に停車していた。
 おまわりさんも辺りに数人いたので、これはスピード違反の取り締まりかな、ととっさに感じたのだが、パトカーは遠目のヘッドライトを点けているし、ただ事ではない雰囲気だった。

 よく見ると、パトカー後ろの歩道へバイクが乗り上げて転倒している。スクータータイプだったが、ライダーは当然救急車で運ばれたのだろう。そのままゆっくりと通過しただけだったので、それ以上詳しいことはわからないが、二輪車の運転には事故の確率が高くなるということは肝に銘じて、安全運転をしなければならないと、これから先のツーリングの行程を鑑み、再認識したのだった。



 増毛の中心部に差し掛かると、その手前で右に折れてバイパスに入りやや山側を走行。途中、小高い所にパーキングがあって暑寒別岳を写真に収めるために立ち寄る。

 JR増毛駅には、今年12月に留萌−増毛間が廃線になるらしく、その前に立ち寄ってみたかったのだが、道路の留萌方面の看板に従ってバイパスへ入ってしまったため、パスすることとなった。この辺りを通る人は、きっと増毛駅には立ち寄るのだろう、という気がする。ステーションの舞台でもあったそうで。


 増毛を過ぎると、これまでの人気があまり感じられないオロロンラインから一転、やや人々の生活感のある道路へと変わり、仕事などの車が多くなる一方、オロロンラインのR231は追い越し禁止区間が増加する。そのため、ゆっくりと走る車のあとを付いてのろのろ走る時間帯となって、これまでの爽快感が飛んでいってしまった。これも旅の一部なので、仕方ないか。




 留萌市街地へと入るくらいになると、黄金岬は左へという看板が出ていたので、それに従って左折。
 ゴールデンビーチ留萌と呼ばれる海沿いのコースを走る。ここで泳ぐのだろうか、とも思ったが、よく整備されたビーチなので、夏には海水浴客で賑わうのでしょう。

 そのビーチを少し行った先に黄金岬はあった。
 あまり岬らしくない岬なのだが、記念碑なども建っていたし、先客が1名。やっぱりこの辺りでは風光明媚なところなので、少し立ち寄っていくことにした。ずっと走ってきて、留萌が休憩らしい休憩となった。

 黄金岬はちょこんと日本海に着き出したような地形で、ここからは暑寒別岳の展望が良い。
 さすが日本二百名山、とても立派に見える。まだ山頂付近には残雪が残っており、昨年グレートトラバースで田中陽希が登ったときの苦労を思い出させる。これだけすっきりと山が見えるときはそうはあるまい。

 
 その後、JR留萌駅へ行ってみる。
 留萌には安くて美味しいお寿司屋さん蛇の目寿司があるということでチェックしていたが、まだお昼には時間が早いので、お寿司は次の機会に。
 多分、黄金岬へ立ち寄らなかったらオロロンラインをスムーズに北上できただろうけれども、JR留萌駅の周辺でやや遠回りをすることになったみたい。これも、いいか。






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黄金岬に到着。暑寒別岳もくっきりとその姿を見せた




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黄金岬には、小樽からやって来たというチャリダーが一人



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チャリダ−の方にシャッターを切ってもらった




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黄金岬付近の街並み



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JR留萌駅。現在は留萌本線の終着駅は増毛なのだが、今年で留萌−増毛間は廃線となる




 留萌からは、自衛隊の大型運搬車の後を付いて走る。
 大きなパイプのようなものか、はたまた小型のミサイルのようなものかわからないが、たくさん積んだトラックだった。結構たくさんの自衛隊関係車両が走っており、R232の道路掲示板には、危険物を積載した車は許可なしでは通行できない、というメッセージが何カ所も出ていた。

 道外から来たライダーにはその意味がよく理解できないが、自衛隊のことを指しているのか、単に一般の危険物運搬車に伝えようとしているのか、それにしてもしつこくあちこちで電光掲示板に表示していた。

 オロロンラインは留萌が中心的で一番大きな町のようで、その周辺はやや車が積むものの、とても走りやすくて天気もよく気持ちいい。走っているだけで満足感100%。
 しばらく行くと、にしん文化歴史公園の道の駅おびら鰊番屋へ到着。


 北海道は休憩ポイントを外すと、もう次はない、と思わなければならないほど遠くまで何もないので、この道の駅にも立ち寄ることにした。まだ昼食には早い。
 ここには、重要文化財の旧花田家番屋を見ることができ、明治38年に建てられたという200人規模の大鰊漁家が見事。この辺りには鰊が押し寄せていたのだろう。




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にしん文化歴史公園



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旧花田家番屋



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現在は、1,2階とも資料展示がされている



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北の道の駅おびら鰊番屋



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にしん文化公園の夕日をイメージしたモニュメント



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遠くに雄冬岬が日本海に突き出している



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暑寒別岳の山頂付近はたっぷりと残雪がありそうだ



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広い浜辺では、鰊の加工などが行われていた様子が描かれている。電線も昔のものを再現したのだろうか?



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上平グリーンヒルウィンドファーム。39基が立ち並ぶらしい。よく写真で見かけるシーン




 もう少しオロロンラインを行って、苫前橋から右折、R239を東へ進む。
 霧立国道とも呼ばれ、士別ではR40と合流しながらもさらに下川国道となって興部まで続く。低い山の中を走る道で、通行車両は非常時少なかった。
 朱鞠内湖へ立ち寄りたかったためで、稚内・宗谷は次回に回すことにした。

 R239は、ガードレールのない道路で、建設費もとても安くあがっているように思われた。ガードレールなどの障害物がないために、道路沿いの草刈りは走行式の草刈り車で一気に行うため、とても道路がきれいに見える。ところどころの道路幅を示すポールを避けるだけで、こんなに早く簡単に草刈りができるんだったら、北海道の道路の維持管理の単価はとてもやりやすく、そこまで考えて道路は作られているのだと感心した。

 四国だとそうはいかない。様々な邪魔なものが多くて、草刈りの省力化はできないだろう。せめて草刈り機で草を刈るくらいか。北海道は平らな平地に道を通しているからこそ、そのように草刈り車のような機械化が進んでいるし、総延長ももの凄く長い道路を人力を頼りに草刈りしていたら、際限がないのだ。その結果、美しい走りたくなるような道路が再生されているのかもしれない。


 そんなことを考えながら、R239からR235空知国道へ入り、朱鞠内湖へ近づく。
 朱鞠内湖畔へ行こうかとも思ったが、この人造湖は非常に複雑な形をしており、湖畔へ行ったとてその全貌を見ることはできないだろうから、朱鞠内PAから見てみることにした。
 ツーマプには、「入り組んだ湖の一部を展望」と書いてあった。

 到着してみると、これは残念、ほとんど朱鞠内湖をみることはできない。
 朱鞠内湖については、これまでテレビを通してしか知ることができなかったので、幻の魚イトウが住んでいるとかサンピラーやダイヤモンドダスト、ワカサギ釣りなどのイメージばかりが先行していた。
 日本最大の面積を持つ人造湖と言われるが、それを知るためにはツーリングではなくてキャンプや冬に訪れてみないといけないと思った。

 群馬から来たという、ワゴン車で旅をしているカメラマンの人とも情報交換したが、とにかく写真になるような撮影ポイントが殆ど無い、ということで、PAからでも電線が邪魔になったり湖全体の様子がわからなかったりと、満足できないものだった。

 その後、名母トンネルを抜け、名寄へ出た。




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朱鞠内湖展望台にて。一応、PAらしい。湛水面積が日本一の人造湖らしい



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朱鞠内湖の一部。全景がすっきり見える所がないみたいだ



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朱鞠内湖でR275と接する部分



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みずほPA



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みずほPAから名寄盆地を一望する



 名寄では、興部(おこっぺ)まで走るR239下川国道にガソリンスタンドがないことが心配されるため、まず給油をした。

 ちょうどお昼ご飯タイムであったころもあり、給油をしてくれたスタッフに、「この辺りで、ウニ丼かいくら丼の美味しいところはありますか?」と聞いてみた。
 すると、「そのような海の食べ物は、海岸部で食べて下さい!」と言われ、自分の中では、ウニもいくらも北海道ならどこでも食べることができる」という思いがあったのだが、それが間違っているということに気づかされた。

 それもそうだような、と観念して、昼食は蕎麦でも食べよう、と思い直した。
 蕎麦屋さんを捜しながらバイクを走らせていると、回転寿司はあったが蕎麦屋は見つからない、そうこうしているうちに下川方面へ道は左折していった。

 そこで、このまま走って行くと昼飯は食べずじまいになってしまう、という危機感から、引き返してさっきの回転寿司に入ることにした。本当に、ここに入らなければずっと昼ご飯を食べるところはなかったのだ。



 下川国道へ入ってしばらく行くと、2台のバイクとすれ違う。
 大きく手を振って挨拶をしてくれるので、自分も片手を挙げて挨拶を返す。同じようにこのマイナーな国道を走るライダーがいるんだ、と少し心が和む。仲間意識というか、不思議とバイク乗りの連帯感のようなものを感じる。

 さらに国道を興部方面へ進んでいると、西興部村があった。
 道の駅にしおこっぺ花夢を通りかかって建物を見ると、オレンジ色をしているようだった。なんとなく違和感を感じたのだが、通過してしまったところ、それから現れる建物はみんなオレンジ色をしていた。どうやらこの地域は、オレンジ色のまちづくりをしているらしく、たくさんのオレンジ色を見ることになった。ちょっと大袈裟かもしれないが。

 下川国道はしばらく行くとその名を天北国道と名前を変え、興部へ。
 以前は興部から西興部までも鉄道が走っていたようだ。北海道は鉄道廃線の嵐で、いっぱいなくなっているところがあって、それぞれにその名残が感じられる。

 道の駅おこっぺに到着すると、ようこそとばかり挨拶をするお兄さんがいた。
 列車の無料宿泊施設やソフトクリームのことを案内してくれる。ちょっと、わけがわからなかったが、話を聞いていると、名古屋からワゴン車でやってきて、しかも、バイクを2台牽引車に乗せて旅をしているという。
 その他にも、キャンピングカーでやってきているというご夫婦もいた。

 列車の宿泊施設は有名で、これまでも聞いたことがある。結構小ぎれいで、なんとか泊まれそうでもあった。若いときならば、とも思うが、今回は荷物削減のため宿泊するためには足りないものが一杯あるので、ライダーズハウス的な要素は今後の宿題に。
 ちょっと安全性などソロの場合の不安を解消しないといけないね。






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道の駅おこっぺ。有名な列車を利用した無料のライダーハウス



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道の駅で、ソフトクリームを食べて休憩



 興部からR238オホーツクラインに入る。
 以前にも走ったことがあるが、ここはオホーツク海を左に見ながら知床まで続く道で、青空がとてもきれいなところだった。
 今回は、是非とも紋別のカニ爪のモニュメントに立ち寄りたいという希望があって、それを気にしながら捜した。

 紋別市内に入る頃から道が陸地部へ入っていったので、一旦紋別港へ行ってみようと思った。
 紋別港は漁船の数も多くて、漁業が盛んなことをすぐに感じた。西予市や近辺の港と比べると、遙かに大きな漁業基地のようでもあった。

 その港内をバイクで走ってみたが、カニ爪は見当たらない。
 あれ程大きなものなので、きっとすぐに見つかるだろうと思っていたが、さにあらず。おかしいなあ、とおもって先に進んでいるとオホーツクタワーが見えた。

 そこから、遠い道路の延長上にカニ爪のモニュメントを発見。
 やっと訪ねてきたものにめぐり逢ったという気持ちで、そのカニ爪が懐かしく思えてしまった。

 本当は道の駅オホーツク紋別や氷海展望塔オホーツクタワーにも立ち寄ってみたかったが、今回は走ることを楽しむ旅なので、今更−20℃を体験しても。。。という気がして流氷科学センターには入らないことにした。
 蔵王やニセコでスキーをしたときに−15〜−20℃は体験しているし、貴重な時間を大切にして、一カ所でも多く行っていないところへ行きたい、という思いだったのだ。

 ツーリングをするライダーの思いそういうものだ、と思ったりもした。




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紋別港に立ち寄って見た



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なにやら、オホーツクタワーを発見



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カリヨンということは、カネが鳴ったりするのだろうか?流氷科学センターの前にある



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道の駅オホーツク紋別。流氷科学センターを併設している。今回は立ち寄らなかったので、次回の宿題としよう



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オホーツク海をバックに



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カニ爪のモニュメントへやって来た



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夜はライトアップされるらしい



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昭和50年代に作られたようだ




 紋別から網走を目指してオホーツクラインをさらに東へ走る。
 途中、コムケ湖やシブノツナイ湖などこれまでに来たことのない場所があったので立ち寄ってみようと思っていたが、その分岐や案内がわからなくて通り過ぎてしまった。

 そんなことを考えていると、間もなくサロマ湖のR238のクランクへやって来た。
 ここもサロマ湖の淡水と塩水が行き来する出口まで行ってやろう、と思っていたので、R238を右折するべき所を直進して畑の中を進む。そのまま行けばどうなるのだろうか、と思ったが、砂洲の先端の三里浜へと続く道に出て、水の出入口を目指した。

 砂洲の途中には集落があり、そこでは漁業を中心とした暮らしが営まれているようだった。
 直感では、このようなところでホタテが揚がるのかな、などいろいろ想像した。砂洲のオホーツク海側は波は荒いときがあるかもしれないが、サロマ湖側はとても穏やかなようで、船が浮かんでいるという感じ。

 砂洲はどこまで続くんだろう、と思いながらどんどん先へと走ったのだが、先端部に近いところで通行止めになった。そこは三里浜キャンプ場だったが、まだそのシーズン前なのか人の姿はなかった。その代わり、天皇陛下も来られたと言う竜宮台展望台を発見。登ってみた。

 北側がオホーツク海、南側がサロマ湖。東へと砂洲はずっと続いている。
 このようなところへは誰も来ないだろう、と思っていたら、なんとなんと観光バスがやってきた。東京からの観光客を中心に、お花畑を見て回るツアーだ。サロベツ辺りから原生花園を巡っているらしい。最近はいろいろな雑種が入ってきて、高山植物などの花が少なくなっていると嘆かれていた。

 60代のおばさんやおじさんが中心のツアーだったが、みなさんバイクのことについて興味を持ちいろいろ話しかけていただいて、気晴らしになった。後に乗りたい、というおばさんもいて、その明るさに感心した。






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竜宮台展望台




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展望台から網走方面を見ると、右にサロマ湖が見える。広い!三里浜キャンプ場



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左にはオホーツク海。工事エリアでもあって、立ち入ることができない



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振り返ると、砂州の部分。左がサロマ湖、右がオホーツク海



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砂州の内部は波もなく穏やかで、漁業を中心とした生計が営まれているようだ



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砂州のサギ沼原生花園PA




 一旦、湧別側へ戻り再びオホーツクラインを東へ。
 サロマ湖展望台を期待して道の駅サロマ湖へ立ち寄る。山の中を走っているとなかなか立派な施設だったので、思わず入ってみた。

 サロマ湖辺りには期待していたところがたくさんあったのだが、長時間走ってきたのでいろいろなチェックが朦朧となっていたのかもしれない。ルートインサロマ湖もこの道の駅の手前にあり、宿泊したかったが今年度は閉鎖していた。再開されるのかなあ、などと余計な心配をしている矢先に道の駅サロマ湖が現れたのだ。

 その流れで、北勝水産へ立ち寄るというミッションはすっかり忘れてしまい、結局閉店時間に到着したのだった。残念、これも次回の宿題としよう!




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道の駅サロマ湖。ここに立ち寄ったときは午後5時直前。何かありそうな期待感があって寄ってみた。コーヒーを飲んだりして時間を費やしてしまった。



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北勝水産。ここへやってきたのは、ちょうど午後5時頃。直売所が閉店するところだった



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北勝水産がここにあることをもっと考えておくべきだった




 ここで午後5時となり、あと残すところ能取岬のみ。
 何回も訪れているのだが、久し振りだしましてや自分でバイクを運転してくるのは初めてだから立ち寄ってみたかった。何よりも、網走まで行く途中にある。

 能取湖をR238で左回りに周回しながら、以前来たときのことを思い出していた。兎に角、ここ何回かは観光バスなどでやってきているので、寝ていて岬について起こされる、みたいなパターンだったような気がする。自分が運転してとなると30年くらい前のことになるか。その時は、道は結構くねくね曲がっていて、大変だったような微かな記憶が残るのみだ。

 しかし、今回行ってみると見事に2車線の道路が整備され、初めて訪れるような気分。
 最後の牧草地の中を走る距離ってあんなに短かったっけ?というくらい幹線道路から近くに灯台はあった。もっと遙か半島の先っちょにあったような印象を持っていたのに、すごくイージーな所となってしまっていた印象である。


 


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広いサロマ湖を左手に見ながら、東へと進む



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東側のサロマ湖の砂州の付け根部分



イメージ 48能取湖の海との接続部分



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能取崎へ



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能取岬へと続く道道。昔はこのように整備されてなかった



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トンネルを抜けて行くと、網走まで海沿いを通って行けるように整備されていた



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トンネル手前から見た能取岬灯台



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道道から分岐して、少し行ったところが灯台のある平地



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美岬牧場の向こうに灯台が立つ。以前の記憶では、ここまで来るのに学生時代に来たときはかなり山道を走っていたように思う。その後、何度か訪れたが、自分で運転してないためどのようにやってきたのか定かではない。今回改めてやってきて、すごく道が良くなっていることを実感した



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能取湖方面



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灯台までやって来た



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能取岬灯台にて



 能取岬から帰る頃にはもう夕暮れを迎えてはいたが、1年中で一番昼間の長さが長い時期。
 さらに、バイクで走るのにとても気持ちが良いため、まだまだ走って行けそうでもあった。夜は網走東横INNを予約していて、丁度予定の時間には到着できそうだ。よく走った1日だった。高速を使わずに507kmというのは、やっぱり北海道だからこそ。

 網走までの海岸沿いの道からは、遠く斜里岳や知床連山までもくっきりと見えた。明日はあそこを駆け上る、本当に相棒の鉄馬とともにここまでやって来たという想いが込み上げてきたのだった。





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網走方面



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斜里岳



 網走の東横INNには、すでにバイクが数台到着していた。
 屋根付きの駐車場はもう一杯だったので、ホテルの横の露がかからないところに駐めらせてもらった。

 網走はここ数年何故か毎年のようにきていて、ここ東横INNは一昨年泊まって初めて会員カードを作ってもらったところでもある。この会員のお陰で4千円台で宿泊できるのは、とても有り難いことでもあると今になって思うのだった。
 今回の旅では、釧路と函館で東横インに泊まった。やっぱり料金が安いことが一番の利用価値だし、ホテルも便利な場所にある。これからも有効活用したいところだ。

 網走は、何だか美味しいものが食べれそうで、上手くいい店に当たってない。
 去年はカニの友愛荘へ宿泊したし、一昨年はかに源にも行ってみたが、もっと美味しいところがあるに違いないという先入観が先行するのだ。

 今年はウニ丼といくら丼を食べる、というのがテーマであるから、網走での夕食はウニ丼が食べられるところを、とタクシーの運転手さんにお願いして連れて行ってもらったが、残念今一だった。というのは、ウニが加工されて板皿に盛られており、ウニ丼には網走産のこのウニを使う、と言われても、それくらいのウニなら西予市でもありますよ、といいたくなりそうな印象を受けてしまった。

 北海道のウニならば、バフンウニとか生ウニ丼をイメージしていただけに、現実との乖離があってちょっとガックリ。いくら丼を注文したのだったが、我が地元で食べるのとあまり差が無かった。ならば、と思って、ホタテのバター焼きを注文したが、これも北海道で食べるというところまでの差が感じられず。

 またしても、網走では夜を満足できずで終わってしまい、今度来るときはさらなる調査が必要だということがわかったのだった。








 
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