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書庫日本一周:バイク人ラリー2016

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奥松島・旧野蒜駅にて。これでBikeJIN ラリー帳の旅、コンプリート


 2016-7-5 8日目 奥松島・野蒜駅から仙台港 その後名古屋港から西予市へ

 この日は午後0時50分仙台港発名古屋行きの太平洋フェリーに乗って帰ることが決定済み。その前に、BikeJINラリー帳の最後のミッション、仙石線の旧野蒜駅へ行って東日本大震災がどのようなものだったのかを実感して証拠写真を撮らなければならない。

 塩竃で朝一給油して、松島を目指す。
 この辺りの観光の中心地松島を通り、瑞巌寺の前から観光船乗り場を横目に見て奥松島の基点、野蒜駅を目指す。仙石線の線路は震災の津波で被害を受けて内陸部に付け替えられ、野蒜駅も新たな場所にできていたが、バイクのナビは古い廃線となったところにある野蒜駅へと導いた。その辺りは、まだまだ復旧工事真っ最中という感じ。

 駅は震災遺構とでもいうべきであろうか、駅の部分だけ線路があって、ホームや駅の看板はあるのだが、もう列車はここへはやってこない。辺りの住宅も震災後建て替えられたみたいだ。駅は新たにコンビニという役割を果たしているようだった。



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旧野蒜駅駅舎



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駅舎の裏にはプラットホームが残されていた



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プラットホームの駅名表示



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残されているプラットホーム全景



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ホームはとてもきれいに清掃されていて、保存活動がきっと進んでいるんだと感じた



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旧野蒜駅。観光案内所&ファミリーマートになっていた


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東日本大震災の津波の高さが表示されている



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何回も戦闘機が飛来!!そう言えばブルーインパルスの基地がこの辺にあるらしい



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旧野蒜駅の前のコンビニ駐車場にて



 まだ工事中の道に、奥松島の観光案内が出ていたので、気になって海辺へ行ってみる。すると、そこは大規模な防潮堤の工事真っ最中の場所で、これではまだまだ大工事が続くなあという印象だった。ちょうど、ツーマプによると奥松島パークラインがあって、その先端部には嵯峨渓という景勝地もあるみたい。

 走ってみて防潮堤地帯を過ぎてまず目に飛び込んだのは、ホタテの殻を紐で繋いだもの。ちょうど広島でも同じようにしてかきを養殖しているので、すぐにそれと気付いた。道路脇の広場に積み上げてあって、この辺りがかきの産地の中心であることが容易に理解出来た。


 さらに半島を抜けると、観光船乗り場があった。誰も客はいない。団体かなんかで人がいないと、船はでそうもない。また、フェリーの出航までの時間も気になり始める。
 もう少し奥まで走ってみて、引き返すことにした。そもそも事前調査ができてなかったので、ここまで来ただけでも良しとしよう!




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奥松島へ行ってみる



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ホタテの貝殻がたくさん積まれていた。かきの養殖に使われるのだ



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奥松島も松島と近いだけあってリアス式海岸が深くまで入り組んでいた



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湾の奥は引き潮になると、干潟が表れていた



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奥松島観光船乗り場付近にて。観光船に乗る人はあまり見かけなかった。静かなところだったが、日本三大渓の一つだそうで、次回は観光船に乗ってみる!




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奥松島へ行く途中は、大規模に防潮堤が作られていた



 奥松島を走って、今回のツーリングのすべての目的はおしまい。あとは、四国まで帰るのみ。
 元来た道を松島、本塩釜と通って仙台港へ地道で行く。フェリーターミナルの近くまで来てちょっとだけ案内看板に惑わされたが、ゆとりをもって到着した。

 手続きをするときに、太平洋フェリーではクレジットカードと車検証が必要、と言われたのには驚いた。これまで何もなしで、ネット予約の場合は載せてくれていたので、なんで太平洋フェリーだけ?という思いもあったが、再びバイクまで取りに帰ったりした。

 手続きを終えて、二階の待合室へ行ってみる。
 仙台−名古屋は陸続きであるし、新幹線や高速など交通手段も整備されているので、まさかフェリーの利用者はそれ程多くないのではと想像していたが、結構出航を待っている人は多い。重要な航路となっているようだ。考えてみれば、名古屋から一気に苫小牧まで荷物を運ぶことができるのだから、使う人は上手く使っているのだろう。

 待合室では掻き揚げ蕎麦を昼食に食べた。年のせいか旅の終わりのためか、このようなものも旨い。
 積み込みを待っているときに、隣に駐められたワゴンの方から「どこへ行ってきたの?」と声を掛けられ、いろいろと話し込んだ。その人は夫婦で山形のさくらんぼの収穫に愛媛の久万高原町から来て、東北地方を回って帰るとこらしい。

 なるほど、そのような人もこの航路を利用するんだ、と思った。
 バイクの愛媛ナンバーを見かけて、懐かしく思ったそうだが、一旦愛媛に帰って、今度は長野へリンゴの収穫の出稼ぎにいくらしい。結構いい仕事だそうで、全然知らない世界を教えてもらった。



 出航の1時間程前からバイクの積み込みは始まった。
 一番最初に並んでいたので、一番最初にフェリーに乗り込んだのはいいが、結果的に一番奥に積まれてしまった。これでは、名古屋で下船するのは一番最後決定!という場所だった。





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仙台港に停泊中の、名古屋行きの太平洋フェリーきそ



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フェリー乗り場2F待合室。徒歩の乗客は、ここからブリッジを渡って乗船



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腹ごしらえに掻き揚げそばを食べる



 太平洋フェリー「きそ」は定刻に仙台港を出港。約22時間の名古屋港までの船旅となる。
 きそは、細長い水路のような仙台港を沖合目指して真ん中を進んでいく。タグボートみたいな船がエスコートしているかのようで、一緒になって水路の出口までずっと付いてきていた。

 太平洋フェリーは、フェリー・オブ・ザ・イヤーで24年連続受賞しているらしく、船も豪華でいてリーズナブルな運賃、という印象を受けた。新日本海フェリーが劣るというわけではないが、微妙に感じ方が違うのかも。

 新日本海フェリーは時速60kmで舞鶴から小樽、太平洋フェリーは時速50kmで仙台から名古屋だから、新日本海フェリーの方が長い距離を短い時間で走っているから料金が高いのは当たり前なのだが、同じくらいの時間乗るもんだから、太平洋フェリーの安さが際立って感じてしまうのかもしれない。

 今回、両方乗ってみていずれも設備も充実しているし、大浴場の風呂もゆっくり入れてよかった。やっぱり長時間乗るときは、お風呂は大切な要素になるよね。きっと、みんな自分の部屋のお風呂に入ったので大浴場に来なかったのだろう。それがこの超大型フェリーの良いところかも。船旅もいいものだった。

 長いような船の中の時間だが、BikeJINラリー帳の記録をまとめたり旅を振り返ったりしていると、あっという間に時間が過ぎた。




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いよいよ出港。タグボートのような船が、仙台港を出るまで伴走



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仙台港は水路のような港だった



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船が出航した頃は、みんな甲板を散歩したり、もの珍しそうにあちこち歩き回ったりしていた



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避難ボート。これに乗客すべてが乗れそうにはないが。。。



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最後尾甲板



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5階フロント



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フリースペースもゆったりしている



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ゲームコーナー。ここに大浴場もある



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エントランス



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エントランスからの吹き抜け。主に3階建てのつくりとなっており、5〜7階が客室



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客室は主にツインベース。フェリーの定員は768名だが、そのうち、450名分は個室となっていた。5〜7階のうち、6,7階はすべて個室、5階も半分が個室で、ベッドや和室は残り半分が割り当てられている



 伊勢湾岸自動車道の2本の橋の下をくぐり、きそは定刻10時30分に名古屋フェリー埠頭に到着。
 フェリーから下りるのはかなり時間が掛かると踏んで、ゆっくりと荷物の整理などをしていたのだが、なんとバイクが止めてあるところに着くとすぐに他のバイクが動き始める。早くおろせ、とでも暗示しているようだ。

 あまりにもバイクのエンジン音が五月蠅いためか、乗用車よりも早く下船が出来た。
 北海道・東北の気持ちの良い季候から一転、汗がにじみ出るような中、伊勢湾岸自動車道へのって東名阪道を目指す。

 さらに、新名神、京滋バイパス、名神、中国、山陽自動車道から瀬戸大橋を通って、西予市へ帰った。
 西予市到着は午後5時過ぎ、途中西宮名塩SAで昼食を摂り、吉備SAで給油、最後の休憩を石鎚SAでとって走った。まずまずの時間で名古屋から走れたのではないかと思う。




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名古屋港に入港



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バイクはすぐに降りれないと思っていたが、やかましいのできっと早めに降ろしたのだろう



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西宮名塩SAまで走ってきた。まだまだ、西予市まで先は長い



 今回の旅の記録を最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
 これは、ブログにアップすると言うよりもむしろ自分が今回のツーリングについていつまでも忘れないでいるための記録のようなものです。

 帰ってから写真を整理したり、改めて道路地図やネットで調べたりと、旅の途中では気付かなかったことなども再確認出来ました。
 このようなレビューがなければ、もっと印象の薄いものだったかもしれないし、時間と共に忘れ去っていくことでしょう。

 後で考えれば、もっとああすれば良かった、あそこへも立ち寄りたかったなどなどありますが、無事安全に帰ってくることが出来て、100点のツーリングだと思います。


 かねてよりの憧れの北の大地ですが、今年は大きな一区切りがあって思い切って出発することを決断出来ましたが、次はいついけることかと思ったりします。当たり前ですが、まとまった休みって、なかなか取ることが難しいからです。

 今後はもっと短い期間のツーリングとなると思いますが、人生最後の趣味としてバイクライフを楽しんでいきたいと思っています。














 
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