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マラッカで最も賑わっていたオランダ広場
2日目、マラッカのチャイナタウンの続きです。
チャイナタウンのエリアには、ババ・ニョニャ・ヘリテージなど交易でマラッカが栄華を極めた頃の建物以外に、中国寺院・ヒンドゥー寺院・キリスト教会なども集まり、中国系移民だけでなく多民族が共生した名残を感じ取ることができました。
チャイナタウンをグルリと回ってマラッカ川まで帰ってきて、オランダ広場へと入っていきます。ここらになると周辺の建物は朱色のものが目立ちはじめます。また、三輪自転車に派手な飾り付けをした観光案内がいて、周辺を案内していました。
記念に乗ってみるか、とも思いましたが、今回は別のツアーのご夫婦の方も一緒だったので、計4名ですが団体行動をとらなければならない状況だったので、あえなく断念。写真撮影などをして丘の上のセントポール教会へと登っていったのです。
個人旅行なら、このオランダ広場で目立っていたムラカ・キリスト教会の中へも時間を掛けて入って見学をするところですが、ガイドさんも先を急ぐ感じだし、地球の歩き方にもそれほど詳しく説明をしてないし、きっとこの辺りは風景を楽しんで世界遺産の町並みを感じ取るところだろう、と思い中まで深く突っ込んで観光しなかったというところです。
ジョンカー・ストリートからカンポン・クリン・モスクの横の通りに沿って進んでいきます
この通りは、寺院通りで仏教・イスラム教・ヒンドゥ教などのお寺がありました
モスクに掲げられたマレーシア国旗。イスラム教の象徴である付と星、それに横縞で13洲を表しているのだそうです
スマトラ様式の三重の屋根を持つカンポン・クリン・モスク。お祈りをするため聖地メッカのある、西の方向を向いているそうです。なので、この入口面は東側に当たります
日本語の看板を発見!!レストランのようです
寺院通りをマラッカ川へと歩きます
昔懐かしい鍛冶屋さんがありました
オラウータンハウス。面白い絵が描かれていたのでパチリ。あとで聞くと、マラッカ出身の若手アーティストのギャラリーで、絵画やTシャツなどが売られているそうです
マラッカ川まで戻ってきました。狭い川ですが、両側には遊歩道が整備されていて、マラッカで1泊するなら散策などしてみたいところです。マレー様式の建物やマラッカの歴史を表現した、学生たちが描いたという壁画などもありました
マラッカ川リバークルーズ船
この先の橋の左がオランダ広場、右がチャイナタウン
左がオランダ広場になり、この辺りからリバークルーズ船が発着しています
ジョンカー・ストリート
チャイナタウン入口の海南鶏飯団前。ここは、マラッカで一番有名なチキンライス店で、是非食べてみるようガイドブックにも推薦がありました。お昼はニョニャ料理だそうで、前を通り過ぎて次へと向かいます。もっと、調べてきたら良かったと後悔先に立たずでした
海南鶏飯団
マラッカ川下流、このすぐ先は海になります。新しい低層ホテルなどもあるようで、次回はこの辺りに宿泊してゆっくりチャイナタウンを巡るのもいいかな、と思います
マラッカ川上流
ツーリストインフォメーションセンター。イスラム教のモスクのような建物ですが
さすがオランダ広場、風車がありました
オランダ広場の時計塔。このあたりがマラッカを象徴するエリアなんですね
スタダイス。1650年にオランダ総督らが住むために建てられた建物で、マラッカの町のシンボルになっていました。今では歴史博物館になっているようですが、時間の関係か見学はなしでした
ラクサマナ通り。車でかなりの渋滞です。そこを渡るのには一苦労、ちょっと強引に横断します
このマラッカ川の畔の建物が、マレー様式と言われるようです。二階の窓に特徴があります
オランダ広場、歴史的には重要な意義のある場所ですが、観光地的に見るとJR宇和島駅前広場のような感じでしょうか。もっと勉強して、興味を持って行くべきでした。
昼ご飯を食べずに観光をしていたので、お腹が空いてそっちの方が気になっていたようにも思います
オランダ広場を取り囲む朱色の建物
ムラカ・キリスト教会。そう地球の歩き方には描いてありますが、マラッカキリスト教会ではないでしょうか。MELAKAをムラカと読むかマラッカと思うかの違いですが。今でも日本ではマラッカと言ってますが、ムラカと表現することもあるようで。
マラッカの名物、観光名勝を回るトライショー
ピカチュウがここまで進出していました
サンチャゴ砦に続きます
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マレーシア




