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4月29日朝一番、混雑を避けるため砂漠の中の高昌故城へ行きました。
高昌故城は、トルファンの中心部から南東へ約40kmところにありました。ここは城趾遺跡で、シルクロードの天山回廊の交易路網として世界遺産にもなっています。 城趾は、外城・内城・宮城の3つから構成されていますが、その建物はほとんど無いくらいに損傷していて荒涼とした風景でした。三蔵法師がインドへ仏典を求めていくときにここに立ち寄り、高昌国の王、麹文泰に最高の待遇で迎えられ2ヶ月程滞在し、1ヶ月間に渡って説法を行ったということが有名だそうです。 久しぶりに会った昔の友人も、ここを訪れたことがあるらしく、こんなところへ来るなんてとお互いびっくりしました。 朝から良い天気!!
と言っても、この辺りは天気は”晴れ”しかないので、当たり前です。火焔山(かえんざん)の前辺りを通って、高昌故城(こうしょうこじょう)へ向かいます。 この辺りは、夏場の地表からの陽炎によって燃えているように見えるので火焔残とよばれるようになったそうです。 この日もここまでに2カ所くらいの検問を抜けて、やっと砂漠の中の高昌故城の入口へとやってきました
高昌故城の入口には、天竺を目指す三蔵法師の像が聳え立っています
ゲートを抜けると、中国人の観光客グループが先に着いています。とても話し声も大きく、喧嘩をしているようでした
その中国人観光客の前に入場させてもらい、この日一番にスタートできました。ラッキー!後からはほとんど誰も来ない感じで、早朝に出てきた甲斐があったというものです
遺跡から遠く離れたところに駐車場とゲートがあり、そこからはカートで移動します。少しだけ、アスファルト舗装された道を城壁まで走ります
高昌故城の城壁が見えてきました。
手前見える緑はブドウ畑。この辺りは、ワインの産地でした。ちょっと意外 世界遺産”高昌故城”の看板。
そもそもここへ来るまでは、シルクロードの世界遺産構成群の中に高昌故城があることを知らなかったし、トルファンへ行こうとするまで高昌故城そのものも知りませんでした 城壁
城壁の中へ入ると、遠くに何やら建築物の残骸のようなものが見え始めました
ここは、麹氏高昌国から高昌ウイグル帝国にかけての1000年間程、都として栄えたので、その残骸が見ていることになります
高昌壁や高昌塁と呼ばれる砦があったそうなので、この堀もその一部
カートに乗って、外城の内部に整備された道路を走って見学していきます。歩いていたら、日差しも強くて大変な事になります。徒歩観光で2時間くらいだそうです
荒野の中に、岩山なのか土で造った建築物なのか不明ですが、残骸がちょこっとあるという感じ
ここ最近まで、遺跡をほったらかしにしてきて、ここへ来て世界遺産ブームに乗っかろうという国の姿勢がよく伝わってきます
さらに進んでいきますが、何もありません。歴史に詳しい人ならばとても興味が湧くのだと思われますが、ガイドさんからの話がとても新鮮でした
高昌故城の内部は、砂漠そのもので何も野菜などできない雰囲気ですが、高昌故城の周辺部には灌漑設備が整備されているのか、桑畑やブドウ畑、ハミウリの畑などがあって、農業も進展してきていました
めずらしく、建物らしい遺跡もあります
遺跡の中に整備されている、電動カート用の道路
道路の周辺は、畑らしい感じがする砂漠が続きます。その彼方に遺跡が見えます
現在の市街地近くに差し掛かりました。イスラム教のモスクの尖塔が見えてきました
世界遺産になるまでは、ここは畑で原住民が農業をしていたそうです
この遺跡か奇岩かわかりませんが、風化が進んでいて今にも倒れそう
塔があるエリアに来ました。この辺りが遺跡の中心部のような感じ
後は、これまで走ってきたところで、遠くに火焔山の山塊があります
前には、城壁が続いていました
ここで一旦カートを降りて、遺跡の内部に入っていきます。たぶん、宮城という辺りだと思われます
建物の跡や洞窟のような屋根がある建築物など、人々の生活の痕跡がこの辺りでは見られました
遠くには、高昌壁
この土壁のような遺跡を見に来たのはそうなんですが、もう少し見せ方がなんとかならないものかと思ます。もし、次回来ることがあればと、期待しましょう!
さすがに長く続いた都だったこともあり、人工的な城壁跡と塔があります
所々にやや高い塔が見られました
遺跡でカートから降りたのは、2カ所。砂漠の中を歩いて、高昌故城の広さを実感
ここは城の入口だったのか、トンネルのような跡も見られます
この塔も欧州に見られる教会のような石造りでは無く、土を固めた日干し煉瓦のような材料で造られているようなので、その分損壊が激しいのだと思いました
電動カートで遺跡を見学すると45分くらい。
このカート代はツアー料金に含まれておらず、後で追加請求されました。ここで徒歩観光などありえないと思いますが、一人30元必要。これも中国流かも 中心部を後にして、二つ目のスポット、三蔵法師が説法をしたところへ向かいます
三蔵法師が2ヶ月滞在し、その間に説法をしたというお寺の跡
三蔵法師は仏教ですが、現在この辺りはイスラム教なので、仏教遺跡はほとんど見られません。ここくらいでしょうか
これだけの荒野に、しっかりとした建物があるのが不思議。復元されたのかもしれません。それ程、玄奘が偉大だと認知されたのか
周囲の遺跡は結構風化して壊れそうな気もしました
こちらは、講堂のような位置付けの建物
内部では、音が反射してよく聞こえる造りになっていました
こちらが、いわゆる本堂
本堂への参道
かつては、ここに大きな屋根があったのだと想像します
横に回ってみると、修行をするための穴なのか、経典を納めるためなのか、複雑な壁となっていました
本堂から、参道を見たところ
この三蔵法師関連の遺跡が一番しっかりとしていました。高昌故城の見せ場なのでしょう
三蔵法師の説法した講堂編入口
この辺りは、城壁も高く築かれたものが残っていて、この都の城壁の偉大さを感じました
高昌故城の出口
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シルクロード





