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ヨートカン遺址にて
昼食をホータン市内で食べて絨毯工場の見学をしました。工場は結構市内にあって、数名の女性が絨毯を織っていました。といっても、念の入った刺繍のようなものでかなり時間と手間がかかっているように思われます。昔からこのあたりでは絨毯が特産品だと言うことです。
そして、つづいて最後の観光ポイント・ヨートカン遺址へ向かいます。 このヨートカン遺址は地球の歩き方には載っているものの、この地域の住民も知らないような所で、出会う人出会う人に尋ねてやっと行くことが出来ました。それほどまでに荒れ果てていて、今は竹藪という感じの所で、よくもまあ地球の歩き方はここをスポットとして掲載しているな、と驚かされるようなところです。 もう忘れ去られて所で、国も管理している様子も無く、ほったらかしでした。 お昼ご飯を食べてホータン博物館を見学したら、ユルンカシュ河を越えたところにあるホータン絨毯工場を見に行きます。ホータンの絨毯については全く興味が無かったのですが、お決まりなのだろうと思われ、ここに行かないと他に行くところがない、という現実もあるようでした
工場は小高い丘の上にあり、ポプラ並木に囲まれたとても良い環境の中に立てられています。
中国ではホータン絨毯と言えば有名な特産品だそうで、興味がある人は面白いところだと思われます 出来上がった絨毯がこの中で販売されているそうですが、係の人がお昼休みで出かけていて鍵が掛かっていて入れません。ということは、それ程観光客もやってこないのわけか
気を取り直して、絨毯を制作しているという工場の方へ行ってみます。結構、大きな建物で、上から白い糸が下へと張られていて、設計図に合わせて2,3人の女性が色のついた糸を織り込んで行っていました
この数種類の色が、ホータン絨毯の模様となります。
ホータン絨毯には毛足の短いホータン羊の毛が使われ、ウイグル独特の8種類のデザインが織られているそうです 2人組での作業。下の方から模様が出来てきている
一度に、十数組が絨毯を織っていける、広いスペースでした
こちらの絨毯は、3人組で織っていますが、完成までには数ヶ月を要するみたい
絨毯には全く興味が無く、もしこれを買わされたしても支払うお金が無いため、早くここを立ち去りたい思いです
このように短い色の付いた糸を縦糸に絡めて行き、1cmくらいの長さでその絡めた横糸を切りそろえて模様になっていきます。
ホータン地区の遺跡からもこの絨毯が出土しているそうで、このホータン絨毯の歴史は2600年以上らしい 絨毯工場を見学した後は、ヨートカン遺址へと向かいます。
ホータンの市内から南西11kmのところにある遺跡ですが、ここに来るのにも何回か検問所があり、車から降ろされパスポートの提出や写真を撮られたりします。 この頃から、検問は漢族がウイグル族を支配するために嫌がらせでやっているということがわかってきます。1回の検問所で30分近く銃剣を突きつけられて拘束されますが、パスポートを持って行かれているため勝手に帰るわけにもいきません。 たまに、オレンジ色の服をきさされてアルジャジーラTVでそのようなシーンを見ることがありますが、まさにそんな状態です。 一方、漢族は身分証明書を見せればすぐに通してくれるという、なんとも腹立たしい状況なのです。そんなメイン道路を抜けて、周辺部のウイグル族が生活する集落の中へ入ってきました この辺りの住居は碁盤の目の通りに区画されていて、その道の脇を水路が通っていました
砂漠の中のオアシスというだけあって、水が豊富に流れていてそれが管理されているのがよくわかりました
家は決して豪華とは言えませんが、1軒1軒しっかりと区画されていて、オアシスの都市部の住宅の様子がうかがえます
交差点から通りを見ると、道路が細腕はありませんがある程度その幅など整備されていました。そこをオート三輪が走っています
子供たちがいたって元気に遊んでいたのも印象的
道路の幅は4mくらいあればメインストリートです。このような住宅街が平面的に広がっているところにヨートカン遺址はあります。
しかし、この碁盤の住宅街をあちこち行きますが、遺跡をなかなか見つけることが出来ず、かなりの時間を浪費します 住宅街の中のお店屋さん。パンのようなものを売っていました
人を見つけるとヨートカン遺址はどこか聞きますが、住民はヨートカン遺址のことについて殆ど知りませんでした。
なので、事前にドライバーが調べてくれていた情報に基づき行ったり来たりを繰り返しました ようやくヨートカン遺址に到着。
竹藪の前に看板が立っていました。ここで、何を見るのでしょうか? ヨートカン遺址の看板。
地球の歩き方によると、ここで漢代から宋代にかけての生活の痕跡が見つかったので、于?羝国の都城跡だということです。 しかし、その痕跡は全くわかりません 辺りを見渡しても、少し坂道があってその奥に民家があるようです
現在は畑や果樹園になってしまい、土の小山が残るくらい、だそうです。それを捜していると、全くの民家に入り込んでしまいました
いやいや、こんなところ歩き回っても、なんもわからんよお〜
看板のある交差点から延びる道路は、いたって普通の道でなんの変哲もありません
別の方向に伸びた道路。確かに果樹園にはなっていそうです
住宅街の中なのか、農耕地に入ってきてしまっているのか、ヨートカン遺址の看板までは来ましたが、一体ここで何を見れば良いのか、ガイドさんもわかりません
ヨートカン遺址のメインの看板。これが交差点にあります。これをヨートカンと読むようです
こちらの表示も、ヨートカン故城遺址と書いてあるみたいですが、あまり手入れされずに放置されている感じ。漢字をなんとか解釈すれば、新疆ウイグル自治区の重要文化財という意味のようです
この辺りでは、少し掘ると陶器などが出土するそうですが、それを子供たちが観光客に売っており、もし買うと国外持ち出し不許可のため空港で不法行為として取り締まられるそうです
周辺部をいろいろと見て回った結果、この小山がこの遺址のシンボルという勝手な解釈をしました。地球の歩き方に出ている写真は、どうやらこの竹藪のようです
この道路の奥の方から我々はここへやって来ました
そのまま真っ直ぐ行くと、この方向になります。何も無いのがよくわかります。というか、こんなところ地球の歩き方のガイドブックに掲載しますか?
掲載するなら、もっとよくわかるように詳しく書いておいて欲しい オート三輪が集まってきて、井戸端会議をやっています。住宅地区ですが他に車が通るわけでも無く、自分たちの道路なので自由に暮らしているという感じでした
住宅の工事中。日干し煉瓦が使われています
ヨートカン遺跡の周辺の畑と果樹園。ここも含めて遺跡かも
この地区に水をもたらす水路。ユルンカシュ河からの雪解け水か地下水を引いてきている
それぞれの家には、ペンキで番地が書かれていました。かなり、ザッとした表示です
住宅街といえど、おもちゃ屋さんもありました
学校が終わる時刻でしょうか、多くの子供たちが街の中を歩いていました。迷彩服を着さされています。ウイグル族を漢族と区別するために、このような服を着せるのだそうです
再び検問を抜け、ホテルへ帰ってきました。そして、夕食に出かけます。
ホータン中心部は、日本で言う県庁所在地くらいの規模があって街中も賑わっています。中心部にいるのは主に漢族らしい。ビールがあるお店に連れて行ってもらいます 繁華街1階のレストランへ入りました。レストランは至って平和
エビを頼んでみると、大盛りで出てきます。食べきれません。あとの料理をいくつかキャンセル。
味は日本の食事を食べるように期待してはいけないことは重々分かっているものの、やっぱり夕食は楽しみなので、食べてみてガッカリ。そんなもんです。 明日は、シルクロードの西域南路を西へと進み、カシュガルへ向かいます。 |
シルクロード





