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ヤルカンド、王墓の横にある妃の霊廟
5月1日、朝ホテルで食事を済ませた後西域南路をなぞるように、車でホータンからカシュガルへ向かいます。このエリアは一体一路のルートとは外れていて、ハイウェイはなくいわゆる下道だけでカシュガルまで西へと走りました。
ところが、ここは一般国道のような道ですが、外国人が移動に利用することは希らしく、ホータン市街の検問所で検問を受けた後ずっと警察が我々の車を先導するというのです。それを警護と言えば聞こえは良いのですが、監視のようなことかもしれません。 5,6台のパトカーが1時間おきくらいに警護エリアごとに交替してヤルカンドまで行きました。パトカーの先導なので時速は50km/hくらいで、荷物を積んだ大型トラックや乗用車などはそれを数十キロオーバーするような猛スピードで我々を追い越していきます。 パトカーはそのたびに警告をしたり、マイクで叫んだりしますが一般ドライバーは無視です。 これが、新疆ウイグルの現実を見たような気がしまたところ。おそらく警察官はウイグル人でウイグルを警護していますが、そこに入ってくる漢民族は特権のような者を持っていて、警察を何とも思ってないという状況のようです。 滞在したこのホテルはヒルトンホテルのようなマークがつけてあります。
星はありませんが、4つ星クラスらしい ホータンからヤルカンド経由カシュガルまでの道のりはかなり長くて、夕方までに到着しなければならないので、朝レストランオープンを待って食事を摂ります
レストランもとてもきれいで、ホータンであっても国際基準のビュッフェ
朝食は、中国でも結構普通に食べれるものも多く並んでいました
でっかい習主席を讃える看板。
みんなでこれから新しい社会を協力して作っていこう!そうして、仕合わせになろう!みたいな事が書かれているみたい。 実は、ここ、検問所の横です。検問所を撮影することはするなと、ガイドさんに言われています 後から来た車はこの検問所をどんどん抜けていくのに、我々の車は30分以上足止めさえています。そこから見えるのがこの道路の光景。
漢民族はフリーパス、ウイグル人は車のボンネットまであけて手荷物など検査されてパス、我々はパスポートを入念にチェックされ写真まで撮られて。。。 このホータンの検問所を通る外国人は極めて希なのでしょう。
外国人の車は警察が先導することになっているらしく、ここからはパトカーが我々の車の前を走るそうです ホータンの町を抜けるとすぐにタクラマカン砂漠が広がりました
我々は、もう一組の夫婦と一緒に2台の車でカシュガルへ向かっています。その前をパトカーが時速50kmで進みます。
すぐに車の列ができて渋滞気味になるためか、どんどん現地の車が我々を追い越していきました。 先導するパトカーは、1時間ごとくらいに引き継いで交替していきます。よくも、これ程までに連携してくれているものだなと感心!! 途中、砂漠の中の建設中の都市を発見!
すべての建物が工事中で、まだ人は住んでいない雰囲気です 工事がどんどん進んでいる様子。
現在、中国領土の西5分の2に、ウイグル人をはじめとする少数民族が3000万人が住んでいるそうです。そこへ、漢民族1億人を移住する国家的プロジェクトがすすんでいて、その一環で砂漠の中に都市が建設されていました。 そうすることによって、原住民の土地を漢民族の支配の基におこう、というものでしょうか。100万人が暮らす都市を100カ所に造るようなイメージ 途中の休憩。
SAやPAのようなところは、この西域南路にはなくて、砂山を見つけてその影で男も女も用を足します。それができないとここにでは暮らしていけない なかなかレストランが無いので、ガイドさんが小麦粉を焼いたようなものをくれて、それを食べながら延々と走りました
やっと、昼食が食べれそうな町に到着
レストランへ入ります。見た目の通りで、食堂のような感じ
ここで出されたものを食べます。ざっとした食堂、トイレもありません
ホータンを出発して2回目のトイレ。裏へ行けば共同のトイレがあると言われました。レストランの裏には雑然とした広場あって、その建物の一角に入って行くとトイレを発見
えっ!これかあ。
男はまあなんとかなるでしょうが、女性はどうなのでしょう?男女共用のトイレです。アップで写すことは遠慮しておきます 焼きそばを頼んだつもりですが、このようなものが出てきました。食べれるだけお腹に入れます。中国は何度も旅してますが、いつも食事ではそのような見当違いがおこります
食事を終えても、まだひたすらタクラマカン砂漠の中を西へと走っていきました
何度居眠りしても、同じような光景が続きます。車は我々2人で、ワンボックスカー1台なので最後部の席に、洗濯物を干したりしてました
タクラマカン砂漠の中の西域南路は、道路の構造は至って簡単で、舗装して線を引いてあるだけ。これなら、日本の道路の10分の1以下の建設費でしょう
この日、昼間の間はずーとこのような風景が続いたのでした
夕方が近づいてきた頃、ヤルカンドというオアシスの町が近くなってきました。パトカーの先導はここまででした。
ヤルカンドからカシュガルまでは、まだ200km以上あります カルギリクの中心部に入ってきました。ここからは、ハイウェイがカシュガルまでありますが、ヤルカンドの市内の観光をします。
この辺りは、北京と2時間の時差がありますが、時計は全土一緒なのでもう夕方となります。ちょっと、違和感があります。ローカルタイムも一部では用いられていました カルギリクは、パキスタンへと続くハイウェイの起点でもあり、ここからそれがはじまるそうです
カルギリクからはさすがにオアシスだけあって、これまでの荒涼とした砂漠の風景とは一変します
ヤルカンド側が流れていますが、この川も砂漠の中に入って消えていく運命。
タクラマカン砂漠の川は海まで注いでいないため、どうなっているのかまだ、実感としてわかっていません 少しハイウェイを走って、ヤルカンドの市内にやってきました。またまた、検問です。
ここは、あちこちにパトカーが走っていて、どこを見てもパトカーだらけです。この辺りで近年暴動などが起こったのでしょうか ヤルカンド市内の建物は低層のものが続きましす。まだ、ここらはICの近くで中心部ではありません
ヤルカンドという町の名前を聞いたのは初めてですが、結構大きな町で平面的に広がっていました。
中心部に近づくに従って人通りとバイクが増えてきました 中心部はどんどんビルが建設されています
信号で待つバイクも多い!砂漠の中の都市としては、規模も大きくて活気があります。ただ、それはヤルカンドだけでは無くて、どこの町も中国は勢いがある感じです
伝統イスラム教のモスク、アズナミジティ・ミージーへ到着
ヤルカンド・ハン国の建国者、サイード・ハンの陵墓広場
広場周辺の建物で、レストランなどが入っています。モスクの前辺り
ホータンから一緒に走ってきた2台のワゴン車。長いドライブです
陵墓広場にて
ヤルカンド・ハン国の建国者、サイード・ハンの陵墓に入ってみました。すぐにイスラム教のお墓が並んでいます
実は、ここも警備が厳しくて、門番がいるところでした
この棺のようなお墓、この物体の中に遺体が納められるわけではなく、亡くなった人はその下に土葬されているのだそうです
この陵墓見学で夕食の時間となりました。この一角のレストランに入ります
特別なメニューは無く、いつもの通りのわけのわからない料理が並んでいるようでした。兎に角、中国旅行にはカップラーメンが必需品という鉄則は忘れてはいけません
真っ暗になってカシュガルに到着。ここは都会の雰囲気です。
ホータンから遠かった!! さすがにカシュガルまで来ると観光客も多いのか、街の中にライトアップされたところもあります
旧市街地区。小高い丘の上がライトアップされていました。
なんだか、中国の西の端っこまでやって来た、という思いで感激です ホテルは、超高層ビルで展望も良く、テントの中ででも宿泊させられそうな勢いでしたが、上等です
バスタブもあって安心して寝ることが出来ました。本当に遠かったです
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シルクロード



