富岡市の富岡製糸場 東置繭倉庫
平成30年5月13日から2拍3日で、群馬県の富岡製糸場から日光戦場ヶ原、筑波山へと外関東を半周する旅をしてきました。
フルムーンのポスターで上原謙と高峯美枝子のツーショットポスターで有名になった法師温泉に行くことがとても楽しみでした。
朝松山空港を出発する時は雨がぱらついていました。羽田まで行きます。
いつもながらの景色ですが、伊豆大島空港の滑走路を右手に見て、房総半島をグルリと回って羽田へ着陸
北側のC滑走路を見ながら、B滑走路に着陸
いつも見慣れた風景ですが、羽田の飛行機を見るのも窓際席に座ったときの楽しみ
いよいよランディングします
B滑走路へ着陸すると、ANAの場合地上の移動距離が長くなるので、飛行機を降りるのに時間がかかるような気がします
A滑走路からは、JALがテイクオフスタンバイ
第二ターミナルのスポットへと移動しました
羽田から先はレンタカー。今回はトヨタレンタカーですが、空港の駐車場にまで車がもってきてあり、そこからのスタートとなりました
羽田空港から湾岸線を走り、大井から長い地下トンネルを抜けて上越自動車道を通り、上信越の富岡ICで降りました。
近くの有料駐車場に車を駐めて、富岡製糸場を見学します
富岡製糸場入口のチケット売り場
チケット売り場を抜けていくと、煉瓦貼りの大きな建物に突き当たります
正面の大きな建物は、繭の倉庫のようです。今は売店や展示スペースとなっていました
この鉄の窓は、倉庫の中が真っ暗になるようにピッシリと締め切るためのようです。
東置繭倉庫
この日は、ガイドさんがおられて案内してもらいました。東置繭倉庫の周りをぐるりと回り込んで、工場へと向かいます
明治5年に造られた建物のようです
東置繭倉庫の周りを歩いて、結局チケット売り場のところまで帰って来ました。ここで、ガイドさんの詳しい説明が炸裂です
この倉庫の壁をよく見ると、木造であることが分かります。この構造体間に煉瓦が積まれていました
東置繭倉庫の奥に、工場が続いて建っていました
国宝の繰糸所
揚返所
繰糸所内部。ここに、繭から糸を巻き上げる機械が並んでいました
上部のタイコに糸が巻き付けられる仕組み。よく教科書などで見かけたような気がします
ずらりと糸の巻き取り機が並んでいました
天井は木造トラス構造。この時代から大空間にはトラスで対応していたということですが、これも洋式です
繰糸所の一番奥には、工場紹介のモニタがありました
ゆでた繭を並べていたお皿
自動繰糸機の詳細説明。簡単な仕組みのようです
検査人館
女工館
診療所。この時代でも女工さんを集めるのに、医療の充実が計られていました
ブリュナ館(首長館)
ブリュナ館は当時にしてはハイカラな作りで、いろいろな目的で時代に応じて使われてきたそうです
寄宿舎
寄宿舎の解説板
女工さんたちがとても大切だったようで、寄宿舎も充実していることを伺わせます
首長館の裏側
西置繭所は保存修理が実施されていました
東置繭所と同じ規模のようですが、仮設の覆いをして保存修理がされています
この保存修理の様子を見学できるようになっていました
その他の建物も、解体修理されていて、ちょっと興味があるところでした
仮設のシートですが、なかなか凝った印象です
保存修理をしている隣には、内燃機関の模型の展示まであります
仮設シートは、西置繭所の外壁が見えているようですが、これはシートに外壁の模様が印刷されているようにも見えます
内燃機関の模型展示。実物でしょうか?
こっちが模型でした
西置繭所から、東置繭所へと帰って来ました
東置繭所の内部は、展示スペースとして使われていました

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