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伊賀上婦人会のみなさん
平成28年5月8日(日)午前11時から、宇和町小学校体育館で約400名のお年寄りとお世話をする関係者が集まり、敬老会が開かれました。私にとっては、市議会議員としての最後の公務となりました。
敬老会にはこれまで18回出席したことになり、いつもと同じメンバーと顔を合わせる機会ではありますが、年々出席者が少なくなっているような気がして、遠慮をしているのか消極的ななのか、各地区でも欠席者が増えているようです。
敬老会もはじめの頃は保育園や幼稚園の子供たちのお遊戯などの出し物も豊富にありましたが、最近は絞られてきているようです。しかし、日頃からなかなか外出する機会が少なかったり、久し振りに顔を合わせるようなきっかけになったりと、敬老会の役割は大きいということも感じてきました。
敬老会はそれを実施する宇和地区連合婦人会にとっても最大の年間行事ではないかとずっと思ってきましたが、そのような縁の下の力持ちのお陰で実施されていることに感謝しつつ、今後も継続されていくことを願っています。
西予市の宝ジェンヌこと、菊池文恵さんの斉唱
会場には多くのお年寄りが出席された
二宮さんが今年もよさこいの鳴子を使って、会場を盛り上げた
会場へ繰り出した伊賀上婦人会の皆さん
最後は会場の隅々まで巡った
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地域:出来事
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石城に打ち上げられる大玉
平成28年4月28日(木)午後8時から、れんげ祭り前夜祭とでも言える花火が石城の田んぼの真ん中から打ち上げられました。
三好市長は挨拶の中で9000発と言われていましたが、見た感じでは3000発くらいのように思えました。連続して打ち上げたり、仕掛けのようなものもあるので1発をどう数えるかによって違いがあるのでしょうが、どんどんと9000発上がったような感じではなかったと思います。
もっと車が混むかと思っていましたが、石城というエリアが四方八方から花火をみることができるため、人々は思い思いの所に車を駐めたり自転車で移動したりで、意外とゆったりと好きなところから見ることが出来て、混雑の中の花火大会とは一風違った感じです。石城小学校も駐車場となっていたりで、そこに車を駐めれば間近から見ることができたようです。
花火は1部と2部に別れていて、2部の方がたくさん打ち上げたそうです。
帰りは渋滞しましたが、季節外れの打ち上げ花火を多くの人が堪能した一夜でした。
最後の大玉
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観客席から、球場の工事の状況を確認する
平成28年3月30日(水)午前11時から、かねてより工事中であった宇和球場の本体工事が完成したため、議員を対象に見学会が行われました。目下、4月17日告示の西予市議会議員選挙準備のために多忙なのか、参加した議員は約10名程でした。
今のところ本体工事は完成しているものの、外構工事とグランド工事が進捗中であるため、まだまだ現場は工事中の雰囲気で、完成した球場とは思えないくらいでしたが、ブルペンやダグアウトなどはいつでも使えるような状態でした。
この新しい球場の完成により、西予市の野球をする環境はかなり高いレベルで整ったと言えます。あとは、これを有効活用して、多くの市民に親しんで使ってもらえるような施設になってもらいたいものです。
観客席入口。スロープも整備されている
バックネット裏観客席
ダグアウト
ブルペン。甲子園球場と同じ土を入れているらしい
ブルペン入口。1段低いところに設置してある
玄関内部
ウォーミングアップルーム
ウォーミングアップルームにはトイレなども完備
グランド内は暗渠排水などの工事が行われている真っ最中
外野の状況
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ひまわりの家全景
平成28年3月28日(月)、ひまわりの家が完成し、午前10時から現地見学会、午前11時半から西予市役所教育保健センター4階において祝賀会が開かれました。
ひまわりの家は、児童養護施設と情緒障害児短期治療施設という二つの役割があり、入所定員は合計30名。宇和島市吉田町にあった施設の経営を西予総合福祉会が引き継ぎ、このたび新しい施設が完成したものです。
財源としては、国・件の補助金が約2億4千万円、西予市補助金約4千万円、借入金8千万円、自己資金5千5百万円の合計4億1千万円です。
この施設はすでに一部使用されているため、まだ未使用の部分の見学となり、各関係者が多数訪れていました。その後、教育保健センターで祝賀会があり、これまでの経緯のスライド上映があったり、施設の今後の発展を祈念した祝宴も執り行われました。
1階多目的ホール
2階居住スペース
教育保健センターでの祝賀会には、山本公一衆議院議員も出席した
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広島大学工学部のキャンパス。といっても、今ではすべての学部が東広島市へ移転が完了している
平成28年2月20日(土)、午後3時から、大学時代にお世話になった近藤一夫先生が65歳をもって退官となるので、その記念最終講義&退官パーティーに出席するため、東広島市の広島大学へ行ってきました。私がここで過ごしたのは大学4年生のときで、当時移転1年目ということもあり、何もかもが新しくて新鮮でした。
しかし、まだまだ植栽などが完了しておらず、荒涼としていた印象もあるのですが、今では33年が経過し、しかも当時は工学部だけしかなかったのに、次々に他の学部もやってきて、全く違った地域にやってきたようです。そのような建設当時のことしか思い出せないのですが、今ではすでにリフレッシュ工事が終了していて、建物内部もガラス張りになっていたりセキュリティが強化されていたりで、EVくらいが当時を思い出させるくらいです。
大学4年生の時は、花井教授・近藤助教授と院生の岡田さんが我々研究生5名を指導するという体制で、結構難しいことをやらされて、難儀をしたことが思い出されます。そもそも数年かかってやる研究の一部しか卒論では関われないので、全体像を理解するのは大変なことです。研究室を出て社会で活躍している代表の人が何名か先生の思い出について話をしましたが、みんな研究の内容が難しくてよくわからないまま卒業した、などと言っていたので、やっぱり難しい研究だったんだ、とひと安心。
とにかく、いろいろな建築の現象を数値化してプログラムで力尽くで解析していくような研究だったという印象です。
大学時代の友人とは20年振りくらいに会いましたが、大切な時間を共有していたためか、すぐに昔の親近感が蘇り、あっという間に頭が白くなったなど時の経過を再確認したのでした。
当時院生だった岡田さんが必ず来るだろう、と思っていたのですが、10年くらい前に他界されたと聞かされ、驚きとちょっと寂しい思がしました。人の人生はわからないものです。
近藤先生もかなりお年をとられたようでしたが、研究熱心な雰囲気は十分に今でも感じ取ることができ、また、多くの研究室卒業生がこの日のために全国から駆けつけていたことは、とても素晴らしいことでありました。
講義棟の教室で研究の話など講義を聞く。この教室も、私が大学当時はピカピカだった
近藤先生の講義の最後の言葉
退官を祝う鏡開き
記念品は旅行券だったそうだ
学生時代はスキーやゴルフをしたりして、共に学んだ友人と
原爆の大火を耐えてきた大学の校門柱。広島市から移築されている
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