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デリーの南郊外にある世界遺産クトゥブ・ミーナール
平成27年11月19日(木)、 インド1日目。
デリーのホテル、ザ・グランド ニューデリーで爽やかな朝を迎える。昨夜、寝たのが現地時間午前2時半頃だったので、日本時間では朝の6時ということになる。そして、午前8時起床ということは、体内時計は午前11時半くらい。約5時間の睡眠だが、海外旅行の場合このようなことになってしまう。 インドは11月から3ヶ月間乾季に入るので、殆ど晴れの日が続くようだ。朝も涼しくて、ホテルの芝生の庭を手入れしている作業員の姿が印象的で、非常に美しく庭が保たれていた。 部屋から見える、よく手入れされたホテルの庭
午前9時から、ホテルのレストランでバイキングの朝食を取る。
味噌汁もウィンナーも日本のものと比べると味は落ちるが、食べれないほどでもない。ドーナッツのようなパン2斤とスクランブルエッグなどを食べて、コービーを飲む。もう、回りはインド人ばかりで、隣の席では盛んに商談などをやっていた。朝食後、その美しいホテルの庭園を散歩。思わずイギリス式の噴水のある庭園を歩きたくなったのだ。 ビュフェで朝食を食べる
イギリス式の庭園
これからデリー観光にホテルを出発
ホテルの出発は午前10時半。深夜の到着だったため遅めに設定されていた。
9人乗り程度のマイクロバスに乗り込み、デリー市内を抜けクトゥブ・ミナールという南西部にあるイスラム教寺院跡へ向かう。ここには、赤砂岩で出来た尖塔があり、1993年に世界遺産に認定されている。 そこへ行くまでのデリー市内の様子は時代錯誤を感じさせるような、戦後に戻ったような光景だった。道路の整備状況は非常に悪くちゃんと車線が分かれていなくて、2車線のレーンを4車線として車が走っているみたいなものだ。舗装も十分でなく歩道は土がむき出しになっていたり、トゥクトゥクと呼ばれる小さな3輪自動車が結構巾を聞かせて走っていたりする。道路にも増してドライバーの運転マナーが非常に悪い。クラクションは常にどこかから聞こえているようだし、割り込みなども酷い。信号無視なんてどうって事ないような運転状況だ。デリーで運転することが出来れば、「世界中どこででも車を走らせることが出来る」とガイドのチョウハンさんが話していた。
大通りも自転車やバイクが幅をきかせている
旅行者用のバス。フロントにすべてのバスが大きく表示している
交差点で車が停まると、どこからともなく子供が駆け寄ってきてサッカーボールや風船をかってくれと言う。無視していても、しつこく懇願する。そのうち、側転やらバク転などをしてお金を人にせびるのである。車にツーリストと書いてあるので尚更そのようなことをするのかもしれないと思われた。インドは貧富の差が激しく、貧困層は生活していくのに必死だ。
約30分程で世界遺産クトゥブ・ミナールへ到着。
駐車場はあるにはあるが、整備がほとんどされておらずザッとしたそんなにゆとりのない広場に車を駐める。修学旅行なのだろうか、高校生くらいの学生がたくさんやって来ていた。整備がされていない所へ行くと、盗難とかいたずらなどが心配されやや不安を感じた。気温は観光に丁度いいくらいだった。 道路を横断して塔を見にいく。時間と共にどんどん観光客は増加していき、家族連れや学生、インド全土から集まってきただろう観光客などで広い遺跡の広場に人が溢れ始めた。近くで見ると塔はたいそう立派で、それも組石造りのようでイスラム文化の力の強大さを訴えているようだった。それや、周辺の寺院跡などの壁や柱の石の彫刻が繊細でみごとだった。芝生の広場には、りすが走り回っていたりで、デリーの中でもオアシスのようなところだと思った。
世界遺産クトゥブ・ミナールと周辺建物群の遺跡
1時間くらい遺跡を見学して、まだ時間が早いのだがインド料理の昼食へ。
何かと思えば端的にはカレーで、とても日本のものと比べると食べれたものではなかった。チキンカレーに野菜カレー、豆カレーにほうれん草カレーと様々あったが、野菜カレーが一番カレーらしいと思った。豆カレーなどはカレーの味が全くしなくて、みんな殆ど手を付けず不人気だった。ビールは1本約700円。 デリーの街を昼食のためレストランへ向かう
午後の予定はジャイプールへの移動。
約6時間かかるらしい。インドの高速道路は日本のものと比べものにならず、ガードレールもなくお店が建ち並ぶような道路が有料の高速道路となっていた。走るバイクはヘルメットを被っていなかったり、逆行する車も頻繁にあったり、何より驚いたのは高速道路に牛がたくさん歩いていたり休んでいたりという状況があることだ。バスには屋根の上まで人が乗っていたり、そこをトラクターが走っていたりもする。そのような未整備の高速を延々とジャイプールを目指して走ったのだ。 屋根の上にも人が乗る
高速道路の脇は、牛が残飯を食べていたりする
日本の高速道路とは全く違っていた
ジャイプールではオイルマッサージをすることになった。70$というのはちょっと高いのではないかと思ったが、みんなで一緒に経験するというのだ。チョウハンさんが俄然商売気をだして勧めるので、その勢いに押されたような所もあった。
民芸品売り場へ連れて行かれた
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インド
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平成27年11月18日(水)成田17:15発NH287便でインドのデリーへ向かう。
日本の天気は通過する前線の影響で雲が横たわっており、雨模様。成田空港でも飛行機に搭乗する際には雨脚が激しくなった。B767-300ERが使用機材ということで、飛行機までは59Aゲートからバスで移動した。 激しい雨の中、成田空港でタラップから飛行機に乗り込んだ
機内はほぼ満席状態で、日本のエアラインらしく日本人とインド人がほとんどなのではないかと思われた。インドへは何便も1日に飛行機が飛ぶのにこれ程混み合うとは意外だ。最近は人の行き来が盛んになっているようだ。
今日はお昼の便で松山から羽田へ。その後、リムジンバスで成田まで移動してきた。結構そのような無駄とも思える時間が必要なのだが、それも旅の一部だと思い納得する。チェックインの後、円をルピーに両替しようと思っていたが、「日本ではルピーを扱うところは現在の所ない」と言われ、インドと日本のの経済交流はこれから発展していくということだろう。
飛行機はやや定刻より遅れて成田空港をテイクオフ。
雨模様なのですぐに雲の中へ入り、窓からは何も見えない。さらに、わずかの揺れが続き、大気が安定しないようだ。結局は、松山から羽田へフライトしてきたルートを折り返しなぞって西に向かって飛んでいることになる。出発して1時間以上飛んだのだが、未だに松山沖上空を飛行しているという、それが現実ということだ。、このまま西へと進路を取り釜山を経て黄海を横断し、中国大陸を合肥・武漢・昆明へと向かう計画となっている。 日本列島に停滞する前線が強烈なせいか、長い時間ピッチングのような揺れが続いた。漆黒の闇の中を飛行機はデリーを目指すが、中国の昆明辺りまで来ると天気が回復したようで、地上の明かりがきれいに見えるところもあった。普通はナトリウム灯で道路を照らしているところが多いためオレンジ色の筋のように道路が見えるが、武漢辺りは水銀灯であるためか道路が白く網の目のようになって見えていた。
機内食は全日空ということもあり、かなり期待していた。
まず、アミューズとしてクルミや干し柿、チーズの盛り合わせなどが出てきて白ワイン。メインは近江牛のハンバーグ、デザートは上品なプリン。外国のエアラインのように食べれない、なんてことはない。ワインも次々と持ってきてもらうので、厳選されたテイストを味わう。珈琲を最後にいただいてお約束の仮眠に入る。到着時刻は現地時間で深夜0時15分、日本時間だと朝4時15分といったところなので、ここで海外旅行の厳しさを知ることになるだろう。 昆明を過ぎるといよいよインド上空のエリアへ入っていったのか、町の明かりは消え再び漆黒の世界が窓の外に広がった。目的地のデリーまでは残すところ全行程の3分の1くらいと思われる。 機内食のアミューズと白ワイン。白2種類、赤2種類が用意されていた
インディラー・ガンジー国際空港に到着
空港の入国審査
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