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平成28年10月30日(日)
朝4時半モーニングコール。
5時から朝食を食べ、5時45分にクスコのホテルを日の出と共に出発する。今日は移動日なので、一旦リマまで帰って国際線に乗り換えて、イグアスへ向かう。 それにしても、早朝からクスコの空港はひとゴミでごった返している。世界中から観光客が押し寄せていることの証なのだろう。 午後7時半クスコを出発予定のリマ行きのLN2010便は、エプロンを出発したものの30分くらい滑走路で待機して、やっと出発。まあ、次のクスコ行きの国際線の出発までは3時間以上の待ち時間があるため、焦ることはないかと思いながらペルーの首都、リマへと向かう。
リマ国際空港へは海側からランディング、前方出口から出てターミナル行きのバスへと乗り込む。
スチュワーデスもパイロットも同じバスに乗って、ターミナルまで移動。このバスの運転が日本と違って荒い。左右に倒れそうになったり、急ブレーキでぶっこけそうになる。
ターミナルを入って手荷物のターンテーブルで集合、今後のスケジュールのブリーフィングを受けて一旦到着ロビーへ出て、再び出発ロビーでトイレ休憩。その後、マックのアイスを食べたりして出国審査を受ける。
セキュリティーで時計やクレジットカードが引っかかったりするので神経を使うのだ。
出国して空港内の免税店などを見て30番搭乗口まで行くと、日本からの団体が5グループいた。
JTB,HIS,近畿日本ツーリスト、トラピクス2グループで7,80人くらいだろうか。それほど、、ペルー・イグアスコースは人気があるようである。
イグアスまでの飛行機は約4時間。
砂漠地帯の南米西海岸から、亜熱帯湿潤気候のブラジルイグアスへいよいよ足を踏み入れる。 クスコでの夜明け。日本だと富士山の8合目辺りから見るご来光、と言いたいところですが、クスコでは普通に朝日が昇りました
クスコでお世話になったホテル・マベイ。昨日、マチュピチュを出てオリャンタイタンボからアンデスを越え、夜遅くホテルには到着しました。夕食を食べて、寝ただけという感じ。
しかし、3400mを越える高地なので、やや体調不良です。軽い高山病の症状が感じられました。腹式呼吸、腹式呼吸、と言い聞かせ、思い出すように繰り返します。
クスコのホテル・マベイ前の街並み。中心部のアルマス広場辺りから見ると、郊外といった雰囲気でした
住宅街、という感じもあるし、レンガを壁に積んだビルもあります
ホテル・マベイ入口。さすがに、泊まるだけなので、ランクを落としてあるような感じでした。クスコにはこれくらいのホテルしかないのかもしれませんが。
町中の広場には、インカ王と思われる像があちこちに見られました
雨期に入っているとは言え、早朝の乾燥したイメージの町の中を空港へと向かいます
クスコ空港に到着しました
このバスに3日間お世話になりました
空港前の駐車場
空港の出発ロビーへ向かいます
1階の出発ロビーは、朝早くから移動をする観光客で満員状態
ランタム航空の搭乗ゲートは、しばしば変更があるとは聞いていましたが、やっぱりその通り直前になってゲートが変更されました
飛行機は、搭乗口の目の前に駐機していました
簡単なタラップから、前後ろに別れて搭乗
日本ではジェット機にこのようなザッとしたタラップで乗ることはないように思いますが、ペルーのお国柄か、簡単な設備で飛行機を運航したのが印象的です
リマ国際空港に到着。リマまでアンデスから下りてくると、体調はすっきりです。
こちらはバスで飛行機からターミナルまで移動
リマ空港に到着すると、ターミナルでイグアス行きの飛行機についてブリーフィングがあり、添乗員の保坂さんから搭乗券が配られました。その後、約3時間後の出発まで自由行動です
機内食は期待出来ないので、マクドナルドのフィレオフィッシュを食べようと思って買いに行きましたが、メニューは日本とは全く違っていてそれはありません。アイスを食べて、時間を過ごしました
セキュリティチェックを受けて、搭乗口へ向かいます
リマ国際空港は、お酒にしろお土産にしろ、なかなか魅力的なものがないようでした
いよいよブラジルのイグアス空港へ向かってリマを出発のため、バスに乗って移動します。
リマ国際空港にはあまりB777のような大型の飛行機はいないようで、大きくてもB767くらいのものまでしか見なかったような感じです。
メインは、B737やエアバスA320くらいの飛行機が多いようでした。なので、地方空港のような印象でした。
滑走路も1本しかないし
ランタム航空のA320がプッシュバックされています
イグアス行きもA320です
イグアスまでは、これから4時間のフライトとなります。やっぱり、南米大陸は広い!!
アンデスの山頂には、雪が残っていました
アンデスを越えて行っているところですが、山々は乾燥していて、険しい感じがします
アンデス付近は、水が流れたような跡もありますが、砂漠のようです。白いものは塩が現れてきているのでしょうか
日本の風景とは違って、緑はほとんどないようです。砂漠のような荒れた大地が続いていると行った感じで、人の生活の痕跡をなかなか見つけられないようなエリアでした
しばらくすると、富士山のような美しい雪をかぶった山が現れてきました
富士山のような山の左後方に、白っぽい湖のような感じがするエリアがありました
どうやら、その白っぽいところがウユニ塩湖のようです
拡大すると、白ぽいところが広がっています。霧が立ちこめているようにも見えますが、広い平原のようです
ウユニ塩湖には、周辺から塩を含んだ地下水が流れ込んでいて、塩がそこで析出すると聞いたことがあります。この辺り一帯から、ウユニに向かって水が流れ込んでいるのでしょうか?
広い平原の向こうに、もっと広い白い平原が広がっているようです
ウユニ塩湖は、空から見るととてつもない広い平原みたいです
しばらくイグアスに向かって南東方向へ飛んでいくと、はじめに見えたところよりも、もっと何倍も広い、白い平原が広がっていました
ウユニ塩湖はボリビアにあり、標高4000mくらいのところに都市はあるそうですが、この地に降り立ちたいと思いました。次にもし南米へ来るとしたら、ここだと思います
同じような写真ですが。。。
イグアス空港に到着です
もう夕方になっていて、ペルーのクスコから、一旦リマへ戻り、さらに国際線でブラジルまでやってきました。1日中、移動の日でした
小さなイグアス空港ターミナル
リマからここまで運んでくれた、ランタム航空のエアバスA320
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マチュピチュ・ナスカ・イグアス
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遺跡の見学を終えて、東側の段々畑の低いところから、マチュピチュ遺跡を振り返って見ているところ。角度によって、いろいろな見え方があります
マチュピチュ遺跡を観光している人はスケジュールが似たようなもので、天気が晴れている朝のうちに入場して、雲が出てくるお昼頃には下山する人が多い。そのため、帰りのバスは長い列ができていて、約30分くらい並ばなければならなかった。
午後1時頃マチュピチュ村まで帰ってきて、ホテルで昼食をとり午後3時50分まで自由行動。
午後4時20分マチュピチュ発のペルー レールのビスタドームでオリヤンタイタンボまで帰った。後は、来た道の反対で、バスで3400mのクスコまで帰り、フォルクローレを聴きながら夕食を午後8時頃いただき、高山の夜を迎えたのだった。
遺跡の中へ入って行くときに歩いた、見張り小屋から市街地付近を、今度は見上げています
市街地の中には、遺跡で唯一局面で出来ている、太陽の神殿。Pの字をしていましたが、今度は下から見上げているところです
段々畑の石垣には、らんの一種と言われる花が咲いていました
遺跡の東側エリア。ここから見ると、あんなに石ばかりという雰囲気ではないようです
市街地の太陽の神殿からインティワタナにかけての、遺跡の西側のエリア
陵墓、王の別荘、インティワタナにかけての、遺跡の神聖な部分
中央から左が、王女の宮殿
貯蔵庫まで段々畑を歩き、そこから坂を登って、マチュピチュ遺跡に入ってきたところに出ます
ゲートを出ると、バスに乗る大勢の人で賑わっていました
マチュピチュ遺跡の中には、トイレがないので、唯一のトイレがあるゲートでは、こちらも有料トイレに長い行列ができていました
さらば、ワイナピチュ!もし、今度来ることがあれば、山頂まで登るゾ!
眼下に見えるのは、渡ってきたウルバンバ川の橋、それに続くマチュピチュ村までの道と、その上に鉄道です。マチュピチュまでは、鉄道で来るのが一般的で、道路は不便なようです
ハイラム・ビンガム号。ポロイ駅からマチュピチュ駅まで、片道切符で約5万円するようです。切符のランクは3ランクあって、一番安いエクスペディションでも約1万円くらいします(ポロイから)
インカ道を歩いて、マチュピチュ遺跡から降りてきた人は、この橋を渡ってマチュピチュ村までいきます。意外と歩いている人も多かったように思います。日本ではあまり知られていませんが、欧州などからはトレッキングに来ている人もいました
遺跡からハイラム・ビンガム・ロードを下ってきたバス。このサイズのバスが多く使われていました
一端、宿泊していたホテル エル・マピまで帰ってきました。ここで、昼食をとって、村の中での自由行動となりました
マチュピチュを歩いてきて、ツアーの方と、無事下山を祝って乾杯!
夜はクスコまで帰りますが、クスコは標高が高いため、ビールを飲むことが出来ないので、マチュピチュ村で飲んでおきます。 マチュピチュ村は標高2千メートル、遺跡は2千4百メートルですが、クスコは3千4百メートル以上あります
マチュピチュ村から見たマチュピチュの山
マチュピチュ村を流れるアグアス・カリエンデス川
アグアス・カリエンデス川の下流方面。左には、民芸品マーケットが広がります
民芸品マーケット
原色が鮮やかに使われたマフラーのような布が多くありました。それに、Tシャツやコースターなども
チェスのようです。面白そうなので、買いたかったのですが、スーツケースも一杯なので諦めました
マチュピチュへ向かうバスのりば
トトズ・ハウス。ログハウス調のレストランで、昨日マチュピチュへやってきたときは、ペルーレールから、この辺りで降ろされたような気がします。ここは、駅ではないのに
いよいよマチュピチュ駅へ入っていきます
マチュピチュ駅の駅舎
ペルーレールは、一見するとブルートレインのような印象を受けます
この列車に乗り込むのですが、1両ずつにスタッフがいてコーヒーなどのサービスをしてくれました。車内販売も1両単位でおこなわれていました。トイレも1両ずつで、車両の行き来は不可、全席指定です
車両の上部がガラス張りになっているビスタドームと呼ばれる車両でした。景色がパノラマで見えました
オリヤンタイタンボまで列車で帰ってきて、そこからはバスで2時間掛けてアンデス越えをします。夜は、クスコのホテルでフォルクローレショーを見ながらの食事です。アルコール類は高度障害が起きるため、御法度でした
順番に食事会場を回って、数曲演奏しCDを販売するという仕組みです。1枚10ドルだったので、お土産に1枚購入してみました。
これで、マチュピチュは終了です。イグアスへ続きます。
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遺跡の南側・マチュピチュ山の麓に整備された段々畑
マチュピチュ遺跡を南から北へと向かう。
時計回りに、遺跡の西側のメイン通路を通って、市街地から神官の館・主神殿と巡って、ひときは高く際立って目立っているインティワタナへ登る。
インティワタナとは、日時計のことであり、そこには、上に突き出した岩があった。遺跡全体を見渡すことが出来、暦を読むための日時計としての役割があったそうだ。
そこから急な石段を下って、芝葺きのメイン広場へ降りる。
事前に見ていたテレビの映像では、すぐ下に深い谷間が見えていたのだが、今回行ってみるとそこには手摺りが取り付けてあった。
メイン広場を通り、農業試験場の前からワイナピチュ入口のある、聖なる石まで行く。ここが、今回行くことが出来るマチュピチュ遺跡の一番奥となる。それより先は、朝早くから並んで、ワイナピチュ登山を決行しないと、入って行くことが出来ないエリア。
しばらく聖なる石付近でマチュピチュに関する説明を受けて、今度は東側の遺跡の中を通って、コンドルの神殿を目指す。遺跡の中で聞いた説明は、だいたい忘れてしまうくらい、濃厚。やっぱり、現地で聞かないと、”なるほど”と思えないかも。
主神殿から、正面広場とマチュピチュ山方面。石切場全体を見ることが出来、これだけの石があれば遺跡の建築も可能だったのではないかと、確信が持てます
主神殿には人が集まり、大勢がインカ時代の祭りについての話を聞いています
主神殿の横に真南を向いて置かれた石があり、そこに方位磁石を置いて、証明するガイドさんがいました
主神殿の横から、インティワタナを登っていきます
西側の段々畑とその遙か下に、川が流れています
遺跡の南に聳えるマチュピチュ山。ここにも登れる、なんてことは知りませんでした。しかし、世界中からやって来た人は、中にはよく知った人がいるんですね
もうすぐインティワタナ頂上です
インティワタナ頂上部。やっぱり、ここにも石造りの建造物があったようです
インティワタナからマチュピチュ遺跡の南半分を見ています。南側から見たマチュピチュ遺跡とは全く違った印象で、石切場が目立っていました
段々畑は、マチュピチュ山のかなり下まで築き上げられていました。そこから山頂まで約2時間だそうですが、見た感じでは1時間もあれば登れそうな気がしました。しかし、ツアーで訪れると、そのような時間はないので、ワイナピチュやマチュピチュ山へ登るのであれば、たっぷりと時間をとった日程にしなければ、行くことはできないみたいです
インティワタナから見下ろすと、主神殿は見えなくて、その向こうの、神官の館、が眼下に飛び込みます
この辺りが、マチュピチュで最も重要な場所だった辺りかと思われました。巨石の向こうには、太陽の神殿などがあります
マチュピチュ遺跡観光では、左のところから低木の中を登っていって、見張り小屋のもっと上の段々畑の中を左から右へと移動して、市街地に下りてきました
3つの入口の家、辺りですが、どこがその遺跡なのかちょっと不明です。マチュピチュ遺跡は、「3つの入口の家」とか、「技術者の居住区」のような誰が付けたかわからない通称のような呼び方で、それぞれのエリアが呼ばれています
インティワタナ(西側)から見た、メイン広場を隔てた東側の遺跡
3つの入口、があるはずなのですが、どこだか見つけられませんでした
インティワタナ入口
インティワタナ(日時計)
太陽暦を使っていたインカ人が、暦を読むための日時計として利用していたものです
ここが小高く見えていた、インティワタナ。
角柱の角は、東西南北を向いています。
ワイナラ、と言われる遺跡奥の準備室にあたる建物へ向かって降りて行きます
インティワタナを反対側から見たところです
最近取り付けられた手摺りがありました
手摺りの下は、遙か下界にウルバンバ川が流れています
農業試験場。
農作物の品種改良をしていたとされる段々畑。低地でしか育たないコカの木などを、マチュピチュでも育つように品種改良していたそうです
インティワタナも、メイン広場から見ると段々畑の頂上にあるように見えました
遺跡の一番北に位置する、ワイナピチュ山の登山口。1日400人の限定なので、突然行っても登ることはできないそうです
メイン広場から、南の段々畑を見たところ
聖なる石
マチュピチュ遺跡・東側のメインエリアに入っていきます
技術者の居住区、から、2階建ての家へ進んでいきます。
ガイドのノエリさん、かないアメリカに対して憎悪が強いらしく、マチュピチュ遺跡の発見者ハイラム・ビンガムのことを、子供に案内されてきたので、初めてマチュピチュへやって来た観光客だ、と言っていました。つまり、発見者ではない、という主張です
かなりの主要エリアと思われますが、ガイドさんがアメリカとスペインのことばかり話すものだから、遺跡がどうなっているのか、聞き逃しています。
むしろ、もうマチュピチュ遺跡へ入ってから2時間程過ぎていったため、疲れてきて早く帰りたいと思い始めた頃でもありました
東側のハイラム・ビンガム・ロードが見える所へ出てきました
2階建ての家
マチュピチュの石積みは、クスコのカミソリの歯も通さない、と言われる石積みとはちょっと違っているように見えました。普通の石垣みたいな感じもします
マチュピチュ山と段々畑の貯蔵庫
東側エリアのメインストリート。位の高い人以外は、この辺りに居住していたそうです
コンドルの神殿へ下ります
迷路のような道を下りて、コンドルの神殿へ入っていきます
この岩がコンドルらしい
コンドルの嘴
思ったよりも狭い空間なので、コンドル自体を捉えることができません
狭いコンドルの神殿から、脱出してきました
いよいよ、マチュピチュ遺跡とお別れになります。続く
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一生に一度は行ってみたい、といわれるだけの空中都市の全貌がよく理解出来た。これから、その中へ入って行く
マチュピチュ遺跡では、まずはじめにマチュピチュ山へ向かって段々畑の一番高いところを目指して、水平移動。見張り小屋の上から第2番目の展望台に到着する。
ここからの見晴らしも抜群で、マチュピチュ遺跡の西面が見渡せるようになる。
マチュピチュ遺跡は、ワイナピチュという正面の尖塔状の山が北、南にあるマチュピチュ山との稜線に遺跡があるという位置関係となっている。まずはじめに南からマチュピチュ遺跡を見ているわけだ。
十分に全体の状況をつかんで、ガイドさんの話を聞いて、それから山を下って市街地の入口と称する門から遺跡の中へ入って行った。
山頂にも、次々に人が立っていました。まだ、途中までの人も、急斜面で樹木がないので、よくわかります
遺跡中心部のメインの部分
西側の段々畑と主神殿
石切場と南の段々畑
くどいですが、脇役のウチュイワイナピチュを従えた、ワイナピチュ山
この石段を延々と下って行きます
だんだんと高度が下がってきて、遺跡が近づいてきます。ウルバンバ川は、遙か下に流れています
正面のエリアは、左上が市街地、中央部が太陽の神殿などがあるところです
遺跡を横切る幹線の石段通路。メインの通りのようです
メインの通りから、市街地に入って行きます
かつては、ここに入口の扉があったそうです
市街地エリアの内側
このまぐさの石の上の、穴の空いたところに扉が吊るされていました
東斜面を見ると、段々畑が下の方まで続いています
市街地、の中の中央ストリート
市街地を抜けると、石切場に出てきます。ここらで、この遺跡の石は切り出されました
石切場を下って、太陽の神殿を目指します
遺跡の中へ入ると、自分がどこにいるのやら、よくわかりません
ワイナピチュだけが、いつも北の方向で、自分を主張していました
南を見ると、マチュピチュ山と見張り小屋が聳えています
三つの入口の家、があるエリア。聞いていても、どこがそうなのかわかりません
石造りの家の間を通って、太陽の神殿、へ向かっていっているみたいです。太陽の神殿、がどこなのか、何なのかもよく理解出来ずに歩いていました
どうやら、このP字型の石積みが、太陽の神殿、だったようです
太陽の神殿は、重要ポイントで、唯一のカーブを描いた石積みとなっています。中には、聖なる石、があります
石積みには、クスコと同じように、台形の穴がたくさんありました
まだ、半分くらいしか探索はすすんでいませんが、みんな疲れてきているようです
遺跡から見た南方向。石切場の上には、多くの人がいます
神官の館、前の広場
土が乱れるのを押し固めて、手入れがされていました
コカの木。コカコーラにも、コカインにもなるそうです。混ぜるものによるのですが
主神殿。ここにお供え物などが供えられました
三つの窓の神殿
主神殿祭壇
主神殿付近から見た石切場とマチュピチュ山
見張り小屋は、結構高台にあって、確かに見晴らしはよさそうです
マチュピチュ山の山頂には人の姿も確認出来ました
探索は続きます。。。
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マチュピチュ山とは、有名な遺跡があるところではなく、後ろ側の高い、石を切り出していたところの名前らしく、遺跡の向こうはワイナピィチュという山が聳え、そこへ登ってマチュピチュ遺跡を見下ろすこともできるようだ。
往復3時間ほどかかるようだが、今回はそこまでの時間をかけることができないので、午前8時半からお昼頃まで遺跡の中をじっくりと見て回った。
まず、目に飛び込んでくる一番目立つ石積みの遺跡、この辺りが市街地だそうです。この中には、作業小屋などがあるようです
この辺りもメインの街区で、「3つの入口の家」や「2階建ての家」、「技術者の居住区」などと呼ばれる部分
中央部に「太陽の神殿」、中央部の芝生の広場は、「メイン広場」
太陽の神殿
コンドルの神殿
コンドルの神殿の向こうには、「天体観測の石」が置かれている建物がありました。中央やや左の一番大きな四角い建物がそれです。この辺りの遺跡も、結構しっかりと作られていて、かつては「市街地」とともに賑わっていたのではと思われました
遺跡の段々畑の一番下には、不要な石が放置してあります
ワイナピチュ山全景。右の谷底から山頂までは、700m程あるようです
インティワタナと呼ばれる日時計がある丘。その手前には、主神殿・神聖な広場などがあります
ワイナピチュ山
コンドルの神殿の左上、写真中央部あたりには、「二重の扉」や「一枚岩の階段」などがありました
マチュピチュ遺跡の見学は、左の太陽の神殿から奥の主神殿へと進み、ワイナピチュの登り口から右の住居エリアをコンドルの神殿を通り、手前右下へと帰ってきました。真ん中のメイン広場へも立ち寄りたかった気がしますが、あまり観光客もそこにはいないようです
メイン広場の奥は、農業試験場。コカの木などを品種改良したそうです。右上に尖っている山は、ウチュイワイナピチュ
第一展望台とでも言うべき、はじめて遺跡全体を俯瞰出来る場所です
メイン広場は、様々なイベントや儀式が行われたそうで、右の住居エリアには観客席の跡もあるみたいです
ここまでが、マチュピチュ遺跡を初めて見て、あちこち写真を撮ったところです。ここから、さらにインカ道を登って、段々畑の上部まで行きます
マチュピチュ山。マチュピチュ遺跡から見て、ワイナピチュと反対側にあります。このインカ道を真っ直ぐに登ると、インティプンクというマチュピチュ遺跡の展望台のような山へ登ることができます。マチュピチュ山へ登るには、リャマの先を右に曲がります
右に曲がったところですが、ここから先は低木の中を進むようです。ここから段々畑の高い部分を水平移動して、もう一つのマチュピチュ遺跡の展望台、見張り小屋の方へ行きます
この広場の先端部に見張り小屋は建てられていました
リャマが十頭くらいいましたが、これはCM撮影にチリの会社が連れてきたものが、居着いたそうです。雑草を食べてくれるので、重宝しているみたいでした
マチュピチュの天気は、行ってみないとわからないと言われていましたが、幸運にもよい天気に恵まれ、周囲の山々も見渡すことが出来ました。日が照らないと寒いくらいらしいですが、この日は太陽が燦々と降り注いだので、日陰があれば入りたいという感じでした
一番高いところから、マチュピチュ遺跡を俯瞰して、イヤホンガイドで説明を聞きます。首から提げている緑の日もが、無線の受信機になっています
見張り小屋
見張り小屋は、マチュピチュ遺跡の南の一段高いところにあるため、眼下に広がる段々畑やマチュピチュ全容が一望出来るようです
ワイナピチュの山頂へは、多くの人が登っているようです。1日400人限定で、かなり人気があるので朝早くからならんで、順番を確保しなければ登れないとのことでした
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