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平成28年10月29日(土)
朝7時半にマチュピチュのホテルを出発。徒歩でバス乗り場まで行く。といっても5分くらい。バスは乗客が満員になり次第、出発する。
定員は20人くらいのマイクロバスで、30台でピストン輸送をしているらしく、ペルーレールのマチュピチュ駅から約30分猛スピードで13回くらいのヘアピンカーブのつづら折りを走って、遺跡の入り口に着く。 マチュピチュの中にはトイレがなくて、もし行きたくなれば一旦ゲートをでなければならないので、これまた30分くらいの行列に並んで0.5$を支払いトイレを済ませ、ゲートから入場する。それから先はあまり混んでいることはなく、数分歩くとあの絶景が目に飛び込んでくる。
朝、目が覚めてホテルの窓を開けてみると、周りは急峻な山ばかり。その中にポツンと村がある感じです。村の建物は、やっぱりレンガ造りのようでした。一番奥の山の後に、マチュピチュ遺跡のあるワイナピチュ山があるはずです
細い通りを抜けて、バスの発車する通りへ向かいます。この橋を渡ると、マチュピチュ駅へ行くことができます
通りまで出ると、マチュピチュへ向かう人が列を作っていました。この通りでうろうろしている人はみんなマチュピチュ遺跡が目的です
マチュピチュ村の周りの山は、垂直の断崖絶壁です
バスは川に沿ってどんどん下流方向へ下って行きます
正面の尖った山の右麓から、バスで登ってきました
バスの終着点が、マチュピチュ遺跡の入口で唯一のホテル、ベルモント・サンクチュアリ・ロッジ。食事も、ここでのみできるようでした
20分くらい並んで、トイレを済ませます。遺跡の中にはトイレはない、ということなので。有料トイレで、入口に番台があって、そこで料金を徴収されます。おつりもくれます
いよいよ遺跡入口のゲートへと向かいます
ゲートを抜けたところで、ここから遺跡エリアになります。この先は、もう日陰はありません
おお、ワイナピチュが見えてきました
眼下には、マチュピチュ村から流れてくるウルバンバ川が。それに平行して、バスで走ってきた道と、鉄道も平行して敷かれているのがわかります。ただ、鉄道はマチュピチュ駅から先は、廃線となっているようでした
少しづつ遺跡が見え始めました
プトゥクシ山が正面に見えます。素晴らしい!
ついに、あの有名な風景とのご対面。感動しました、の一言に尽きます
遺跡の見学に続きます
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マチュピチュ・ナスカ・イグアス
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クスコからマチュピチュ村を目指します。
クスコからはバスは延々と山を登っていき、標高4千メートル付近の峠を越えて、そこからおよそ二千メートル山道を下る。山道と言っても、日本のように木が生えているわけではなく、森林限界を超えたエリアなので、草原の中を行く、という雰囲気だ。
途中、アンデスの山並みを見ることが出来て、その連続した厳しい表情を見せる高嶺からはやはり異国のでっかい山脈であることを思い知らされる。
マチュピチュ村への列車の始発駅、オリャンタイタンボは祭りの最中のためバスが駅までは入れず、街中を迂回して遠回りして駅に近づいていったので、列車が発車するぎりぎりに駅に着いた。ここの渋滞は凄まじいもので、この田舎の中でマチュピチュへ向かうため、夜に多くの人が押し寄せてきていた。
列車では観光客用の車両に乗り込み、約2時間かけてマチュピチュに午後9時前に到着。バイキングの夕食を食べて、マチュピチュ観光に備えた。
途中で踏切を渡ります。メインではありませんが、列車でクスコからマチュピチュ村へ行けるようです。しかし、時間がかかるそうで、短縮をするためには、アンデスの谷底の駅、オリャンタイタンボまでバスで行くのが普通です
7階建ての建物でも、レンガ式壁構造となっています。柱と床部分はかろうじてコンクリートですが、壁にはレンガが積まれていて、耐震性はあまり考えられてないような気がします
さらに、レンガ造りの山の斜面に広がる住宅街の中を、九十九折りの道にしたがって、上へ上へと登り高度を上げていきます
この辺りがクスコからかなり登り切ったところあたりで、海抜4千メートルに近い感じがしますが、人々の営みが続けられているようでした
遠くまで標高5千メートルを超えるような山々が続いていました
山の山頂は、ノコギリの歯のように、岩がゴツゴツしていました
谷底の町を、ズームアップしてみました
たとえ高地とはいえ、かなり工作されているようです
標高が下がるに連れ、耕されている畑が増えてきます
峠から三百メートルくらい高度が下がると、家の屋根が増えてきたり、遠くには湖が見えたりします
さらに下って行きますが、木々が見え始めたものの、まだまだ山が樹林に覆われると言えるほどのものではありません
ここからはまだ見ることが出来ない、深い谷を川下にずう〜と行ったところに、ペルーレイルの駅オリャンタイタンボがあるのです
いよいよあの山の麓へと落ちていきます
山肌にも、いたるところに文字が。。。何かを主張しているようです
谷底には、たくさんの建物が建ち、インカの時代からの繁栄を伺わせます。オリャンタイタンボはマチュピチュまでの鉄道に乗るため立ち寄るのですが、ここにもその時代の遺跡があって、一見の価値はあります
列車は一番後が、C号車で、前にB,A号車とあって、さらにその前に一般客車があります。そして、その前をこの機関車が引っ張っていました
ペルーレイルの機関車。今日は、標高2845mのオリャンタイタンボ駅から、標高2000mのマチュピチュ駅まで、下りのルートでした。一方、明日はその分帰りは登りとなります
一般車両
宿泊のホテルは、エルマピ。最近、改修されたということで期待が持てそうです。ツアー参加者の中には、今回のホテルを確認した上で、この日程に参加した、という強者もいました。よっぽどツアーを研究しているんでしょうね
食事は、ホテルに着いてからになりました。午後9時半くらいでしょうか。これがなかなか食べることが出来ません。お肉の料理なのですが、牛があるわけありません。きっと、リャマです。日本で言えば、ジビエシチュー掛けというところでしょうか。ビールも明日のマチュピチュ遺跡観光を考え、控えておきます
続く
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ここから細い通りを抜けて行きますが、石積みが目立つようになります。道路も石敷きです
その後、市内ではカミソリも入らないという石積みの町並を歩き、さらに、12角形の石を見てカテドラルへ。インカの石積みの技術が如何に高度であったかなど案内されて、市内観光は終了。
ペルーレールでマチュピチュ村へ行くため、バスで4000mの峠越えを2時間かけて走り、オリヤンタイタンボ駅へ行く。
この通りに面するのは、観光客に人気のレストランなどです。観光客も、ここに集中して集まってきているようでした
車がぎりぎりの幅でやってきます。よく見ると、車が通るところの真ん中には溝のような凹みがあります。雨水を流すためなのでしょうか。それにしても、なんでここをヒュンダイの車が走ってるんだろう?
狭い通りの交差点に出ました。東京で言えば、渋谷のスクランブル交差点のようなところですが、ここでは車が1台通る幅しかなく、しかも、一方通行となっています
12角の石、も発見!
12角の石、以外も、カミソリの刃が入らないくらい、きれいに積んでありました
石積みだけインカ時代のもので、その上はスペイン植民地時代のものだそうです。石積みに比べると、ざっとしているようにも見えました
この長い下り坂の両サイドにも、インカ時代の石積みは続きます
石積みの所々に、木製のドアが埋め込まれています
狭い通りが終わると、かつては、インカ帝国の太陽の神殿だったと言われる、サント・ドミンゴ教会に出ました
サント・ドミンゴ教会の中庭へ入ると、スペイン風のアーチがきれいです
しかし、部屋の中へ入ると、インカの石積みが残されています
ここには、世界で最も小さい石積みの石、がありました。1cm角くらいでしょうか
ずっと、同じ壁の位置に開けられている、ということを自慢しているのです。実は、この時高山病で頭がすっきりせず、ガイドさんの説明をしっかりと聞く気になれないような状況でした
ガイドのノエリさん。この石は。。。
ガイドのノエリさんの説明は、この教会や中身についてよりも、過去のスペインの征服に対しての怒りのようなものが結構多くて、肝心なサント・ドミンゴ教会の詳細などが少なかったようです。ただ、自分の体調がベストではなかったため、あまり説明を真面目に聞くことも出来なかったのですが。。。
教会の庭園のような、広場。コンドル、蛇、ピューマが描かれている
インカ時代の宇宙観を表現したレプリカ。本物は金だったそうだが、スペイン人が持ち去ったようです
太陽や星、月などが表現されていました
星空を眺める、感じだと思うのですが...
教会下の広場
歩行者用信号。あと青が何秒か、表示されています
赤の待ち時間も表示されます
バスはやや教会から遠いところに駐まっていたので、町中を歩いて駐車場所まで行きます
サント・ドミンゴ教会を見たあとは、アンデス越えです。クスコの町をバスで登って行きますが、歩道は階段になってきます
もっと、まともな道はないのか、と思いますが、かなり狭くて急勾配な道をどんどん山の上の方へバスは進んでいきました。マチュピチュ村行きの列車が出る、オリャンタイタンボ駅までは、アンデスを越えて、2時間バスで走ります。
続く
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結局、リマ空港11:10出発、クスコ12:15到着。現地ガイドさんはノエリさんという日本の滞在経験があるクスコ人。非常にクスコやインカに対するプライドを持っている人だな、と感じた。
飛行機には前後の扉に簡単なタラップが取り付けられ、自分の席が後方席だったため手荷物を持って後ろからエプロンに降りていった。クスコではポーターがスーツケースをホテルまで持って行ってくれるらしく、清掃中のトイレで用を済ませてからバスに乗り込み、市内のレストランでの昼食へと向かう。
レストランではフォルクローレの演奏が流れる中、バイキングを食べて、その後アルマス広場から観光を始めた。
スペイン人がマチュピチュをはじめとするクスコやインカの文明を滅ぼし、自分たちのキリスト教を原住民に押しつけていった歴史や、そのためにインカの遺ま跡を破壊して町を作っていったことなど、クスコ人に積もりに積もったスペインに対する恨みなどを念入りに聞かされた。
いよいよクスコ空港を出て、バスでクスコの中心アルマス広場を目指します。そこにレストランやカテドラルなどが集中しています
リマでは雨は滅多に降らない、と言われていたので、ペルーはどこも雨が降らないのかと思っていましたが、クスコまで来てアンデス山麓ともなると、11月からは雨季に入るらしく、場合によってはスコールもあるそうです。空模様が気になる。。。
途中の広場には皇帝の像がありましたが、これもインカの皇帝でしょうか。クスコではスペインからの独立の英雄として、いたるところに広場があって、像が建てられていました
カラフルな家並みもありますが、スペイン風の印象を受けます
クスコの中心部へ向かう道には、車が溢れていました
インカ帝国は、車輪の文化がなかったため道幅は極めて狭い造りとなっており、車社会の今でも、インカ時代のままの道がそのまま使われているため、かなり無理があります
クスコの街並みには、バルコニーやアーチが多く見られました。特に、白い壁にブルーのバルコニー、というのが印象的です
バスを降りて、アルマス広場のレストランまで、徒歩で行きます。中心部は、車両進入禁止になっていました
クスコ・中心部のブティック。白い壁と青い窓が、やっぱり気になりました
この通りを右に行けばクスコの中心・アルマス広場なんですが、車は右に行ってはいけない、という標識のようです
この通りの右奥にあるのが、ラ・メルセー教会・修道院。キリスト教関係の建物がいっぱいありました。スペイン人が太陽神を崇めるインカの人々を強引に改宗させようとした名残が色濃く感じられます
レゴシホ広場に面する建物ですが、これらは完全にスペイン様式で建てられたものです
レゴシホ広場から細い通りを抜けて、その向こうのアルマス広場を目指します。クスコの標高が3400mを越えるため、体調や感覚が違っているのを感じながらゆっくり歩いて行きました。ガイドさんからは、何度も腹式呼吸をするように言われます
アルマス広場に出てきました。ここに面している部分は、スペイン人が作ったもののようで、インカの流れを感じることが出来ません。一方、その後の建物は、一部しか見えていませんが、全く均整のとれ方が違っていて、文化の違いを感じます
左のアーチの建物の一部が、昼食をとるレストラン”Tunupa”となっていました
レストランは2階にありました。ここから2階へあがっていきます。
ペルー式バイキングでした。ペルーへ来て3日目、いつも同じようなものを食べているような錯覚を起こして、もうあまり食が進みません。いや、アンデスの高地にいるせいか。
これからクスコの中心部を観光して歩くので、頑張ってこれくらい食べます。ビールを飲みたい、というところですが、高地に慣れるためアルコールも控えました
ペルーの音楽と言えば、フォルクローレ。食事のたびに、演奏があって、そのミュージシャンのCDを販売していました。やっぱり、「コンドルは飛んでいく」がクスコには似合っているようでした
アルマス広場に面する、結構広いレストランでした
レストランを出ると、正面にはカテドラルが聳えています
カテドラルをインカの皇帝パチャクティの像が見ています。カテドラルはスペインの象徴みたいなもののようで、それを皇帝が睨み付けているのでしょうか。
アルマス広場、レストラン付近にて
カテドラルの裏斜面の街並み。ずっと傾斜地が続くため、山の上の方まで家が密集していました
カテドラルの塔の横の屋根の上には、アーチがあって聖人が広場を見つめています
2階から跳ね出したバルコニー、これはリマでももっと大規模なものを見かけました。グレードが高い建物には、このようなバルコニーが着いています
これからアルマス広場へと出かける私たちツアーの一行
ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会。かつては、インカ皇帝の宮殿だったところに、スペイン人が教会を作ったそうだ
二つの鐘楼が美しい教会でした
アルマス広場周辺のレストラン街
カテドラル
インカ帝国パチャクティ皇帝の噴水像
インカ帝国パチャクティ皇帝
アルマス広場を取り囲む建物。アルマス広場の周りは、スペインの雰囲気と言っても過言ではなさそうでした
カテドラルの側壁
ここのアーチの中にも、誰かいるようです。隣は空き家になってました
アルマス広場周辺の建物については、看板などの色が制限されており、原色のカラーなどは自由に使えないそうです。なので、どこがレストランか、土産物店かなどわかりにくい感じがしました
アルマス広場から、12角の石がある宗教美術博物館の方へ、またまた細い通りを入って行きます
続く
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10月28日(金)
朝6時にモーニングコールが鳴り、目が覚める。 今日は、リマからクスコの観光をして、マチュピチュ村までの移動なので、出発は遅め。6時半からバイキングの朝食を食べ、出発の準備をする。7時までにスーツケースを部屋の外へ出しておくことになっていた。
ダイニングで同じツアーの人たちと挨拶をしながら、果物中心に朝食を取る。クスコの標高が3400mということで、内臓の消化機能が低下するため食事は控えめにするようガイドさんから言われていた。なので、お粥と果物、ヨーグルトなどで済ませる。
普通の生活なら食事後用を足したいところだが、なかなか出ない。体内時計はまだ日本時間に合わせて動いているようだ。
ランタム航空は、チリのフラッグシップでもあり、南米でも有数の規模を誇るみたい
ランタム航空クスコ行き2021便クスコ行き。
マチュピチュ村行きの列車にはスーツケースを持ち込めないんで1日分だけの荷物を用意して小さいスーツケースに入れたのだが、結構ギュウギュウ詰めになってしまったので、それを手荷物で預けて、機内へは小さなリュックサックだけ持ち込むようにしようと考えた。 朝荷物の入れ替えをして、ポーターに運んでもらおうと思ったら、荷物につけるタグがないとのことで、機内へ持っては行って欲しいとガイドさんから言われる。折角準備したのに、と思いながら泣く泣くリュックと小さなスーツケースとウエストポーチが手荷物になってクスコ行きの飛行機に乗り込む。
クスコ行きは、午前10時30分搭乗のLAN航空A320型機。1時間少々の飛行のようだ。いよいよアンデスの高地に足を踏み入れる。
滑走路が1本しかない、というリマ空港をテイクオフ。リマの街並みも霞んで見えます
テイクオフ直後のリマの街並み
機内サービスでは、インカコーラとチップスを頼む
山の尾根の切れ目を狙って、180°千回して方向転換をし、滑走路を目指します
順調に飛行を続けた後、クスコに近づくと次第に山岳地帯の谷の隙間を高度を下げはじめた飛行機は、これまたアクロバットのように左旋回してクスコの谷間の真ん中にあろうかと思われる飛行場へ着陸態勢に入るやいなや、両サイドの窓からクスコの住宅が広がる中、着陸した。
クスコ空港には、軍用ヘリのようなものも見えます
いよいよクスコに降り立ちます。少し感激
目の前を飛行機がエプロンから押し出されて、滑走路へと移動していきます
飛行機の羽根の下に立ち入り禁止のロープが張られ、その脇を通って移動します。結構、ザッとしています
乗客は、バラバラでターミナルビルへと向かっていきます
普段、飛行機の主翼の下などへ立ち入ることはないですので、ちょっと珍しかった感じです
タラップも、人力タラップで、日本では考えられません。4人くらいで、よいこらしょ、というふうに力を合わせて押して飛行機まで移動してきます
手荷物を取るのも、かなり混雑している上、どこから出てくるのやら、混乱していました。おまけに、トイレが清掃中で使用禁止、などなど、南米の先進国ペルーと言え、驚きます
やっとクスコ空港の外へ出ました
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