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北京首都空港ターミナル3に並ぶ中国と日本のキャリア
2018年のGWに訪れた中国西域の新疆ウイグル自治区、シルクロードを巡る旅の報告はこれでおしましです。最後までご覧下さりましてありがとうございました。
チベットや新疆ウイグル自治区では、これまでに反政府勢力による暴動が起きているため、完全に解放されているわけではなくある制限の元でそのエリアに入ることが出来る閉鎖された地域です。そのようなことは、”そこへ行ったら帰れなくなるぞ!”などと言われる言葉が意味するように、国の監視が厳しいところであるだろうと日本人が無意識に感じていることからも、満更現実とあまり違ってないことがわかりました。 それは歴史的に東トルキスタンを中国が征服して現在があるわけですが、少数民族が国土の5分の2に住んでおり、その領土や資源を原住民から取り上げようとしているため、彼らが自分たちの先祖からの土地を守るため独立運動をずっとしてきており、それを弾圧するため検問や少数民族の拘束を国が強化しているということです。 そこに独立を煽る、あるいは、賛同する外国人運動家などが入ってくるのを極端に警戒しているため至る所で検問をして外国人を監視し、「公安施設の写真がデジカメ内に写っている」などという理由でパスポートを検問所で返却せず、そのまま数ヶ月拘束して帰国できない、ということもあるらしい、それはスパイたということにされる、と聞きました。 そのようなウソかホントかわからない情報のもとで旅をしなければならないということは、一種の不安でもあるし、外国人の団体観光客は全くみかけず、本当に中国西域に興味があって勇気をもって訪れている外国人個人旅行客のみがこのエリアを観光しているわけです。かといって、観光客は中国人、特に漢民族だけでもとてもたくさんいるため、それらの人たちは大声で喧嘩をするくらいの騒ぎをしながら、観光施設に存在していました。 また、特徴的なのは、まだまだ観光業のベースが整備されていないため、トイレは青空の下で済まさねばならず、男性はまだ良いとしても若い女性には覚悟がないと難しいかもと。そんな現実もありました。 タクラマカン砂漠という砂の海の中の世界ですが、シルクロードという歴史や文化、その謎などまだまだ魅力を秘めた地域であることは間違いありません。 5月3日深夜、カシュガルからウルムチ経由で北京首都空港まで帰ってきました。朝8時25分発のANA便で北京を出発するため、その3時間前には手続きをしないといけないので、午前5時起床
今回は、北京首都空港ターミナル3の二階にある「時間貸し休息室」で1泊しました。ビジネスホテルよりも質素でしたが、起きて入口を出るとターミナル内であるというのは、すごい利用価値がありました
ANAの搭乗手続きは、ターミナル3の4階。エスカレーターで上がっていきます。空港では最上階フロアが出発ロビーであるような作りになっているところが多い
節電のためなのか、ターミナル内は最小限の照明で、とても暗い感じ
どこのカウンターで搭乗手続きを行うことが出来るのか、まず確認
帰りはエコノミークラスですが、スターアライアンス・ゴールドメンバーの,
こちらの優先レーンから搭乗手続きをします。 ここで荷物を預けてしまえば、中国脱出。肩の荷も軽くなりました
ANA羽田行きの搭乗ゲートへはシャトルで移動するため、乗り場へ向かいます
ターミナル3の天井は、一面白い板が張ってあるのが特徴
出発ロビーの4Fからホームがある2Fへ下っていきます
滑走路に向かって出っ張っているターミナル3の国際線ゲートへやって来ました。滑走路脇に管制塔は独立して建っています
ターミナル3は独特のデザインで、平面的にも湾曲していますが正目のガラスカーテンウォールも傾いています。それに、でっかい!
時間貸し休息所で仮眠を取ったため、朝食はついてないので、中国国際航空ラウンジで腹ごしらえ
水餃子と卵料理くらいで、お腹の足しになりました
ANAの機体を目にすれば、さらに安堵の雰囲気
羽田行き以外にも、北京首都空港にANAの機体が見られます
帰りの席は後方ですが、空いていて楽ちん
北京まで帰ってくると、中国東方航空の機体も目にするようになります
ターミナル3には、世界へ向かって朝飛び立つ飛行機がスタンバイ中
いよいよ離陸します
北京首都空港のターミナル3と管制塔
機内食は、鮭弁当。さすが、日本のキャリア
ハーゲンダッツまでデザートに付くとは、ありがたい
韓国上空を通過
エコノミークラスの椅子の下を見てみると、パソコン用の電源が各席に取り付けられていました。これも、ありがたい
知多半島と中部セントレア空港
渥美半島
渥美半島上空を、中部セントレア空港から離陸した飛行機が飛んでいます
伊豆半島先端部
伊豆半島の島々。
手前から、利島 鵜渡根島 新島 武根島 神津島 房総半島を越えて、九十九里浜が見えてきました
旋回して羽田へ向かいます。
幕張メッセと話題のZOZOスタジアム 東京ディズニーリゾートを右手に
東京ベイホテルなど
東京ベイブリッジ
木場とスカイツリー
お台場と東京タワー
大井埠頭
無事羽田空港にランディング
さらに、松山空港目指してテイクオフ
河口湖上空を飛んで
南アルプス鳳凰三山辺りが見えます
赤石岳山頂付近も顔を見せてくれました
岡山空港の横を飛んで
広島空港に着陸態勢に入った飛行機を見下ろしながら
広島空港辺りから松山空港に向かって降下を開始します
とびしま海道を眼下に見て
陸側から松山空港にランディング。
おしまい。 |
シルクロード
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カシュガルからは、天山山脈を越えてウルムチへと向かいます
短いようで長かった新疆ウイグル自治区の旅、日本へ帰ると思うとホッとしました。カシュガルで飛行機に乗り込んでしまえば、もう現地警察に拘束されて日本へ帰れなくなるという不安が払拭され、安堵の気持ちです。
カシュガル空港はなかなかザッとしていたし、混雑していてお土産など買う時間も場所も見当たらなくて、ちょっと残念。もっと早めからお土産は買っておかないといけませんね。 カシュガルからの飛行機は、北京直行ではなくてウルムチ経由でした。 席は同じで替わらなかったけれども、一旦ウルムチ空港で機内から降ろされました。 席は14Lという番号で窓側でしたが、B737のため3人掛けで、隣にはウイグル人の女性が乗り込んできました。この方、飛行機に乗って座席に腰を下ろすと、すぐに靴下を脱ぎはじめます。何だか、嫌な予感がしましたが、次の瞬間から殺される程臭い足の香りが席一体を埋め尽くしました。息が出来なくなるかと思ったくらいです。 飛行中トイレに行くので通して欲しい、と言うと、この方、なんと素足のままで座席の上に立ち上がられたのです。一瞬お国の違いというか民族の違いを感じましたが、耐えられない香りでおかしくなりそうだったのは忘れることができません。きっと普段から靴下をはかない暮らしをされていたのでしょう。もともと遊牧民ですから。 通路側には可愛らしいフランス人のお嬢さんが座っていて、私が窓から外の景色をカメラで撮影していると、何やらウイグル人の婦人越しに”自分のスマホでも外の景色を撮ってくれ!”とTシャツの袖を引っ張りながら頼んでくるのです。もちろん、何枚か撮影してあげましたが、さらに2,3回撮影要望がありました。その写真を見ながら彼女はたいそう喜んでいて、なんとなく微笑ましくも思えたのですが、ウルムチで一旦飛行機から降りて再び同じ席に北京に向けて乗ってきたときには、もうその彼女はいなくて足の臭いが極めて濃厚なウイグル人の婦人だけが隣の席にやってきて、思わず苦笑いでした。 日本で飛行機をネット予約した際には、そのCA1478便は席がガラガラでどの席でも予約できたので、これは楽に乗れると期待していましたが、実際には座席が決まってないだけで、当日は満席で驚きました。 カシュガルを午後4時に出たのに、北京に到着した頃はもう日が変わる頃でした。 ボーディングブリッジの隣には、ウルムチからホータンまで利用した中国南方航空のボーイング737が到着。松山空港へは中国東方航空がやってきていますが、カシュガルやウルムチでは中国南方航空が圧倒的存在です
これからウルムチまで搭乗する、中国国際航空のB737,CA1478便
いよいよ離陸。しかし、視界が非常によくない
砂漠のためか、かなりの砂塵の影響があるみたい
カシュガルは、このとき町全体が砂嵐のようなものに覆われているかのようでした
カシュガルを離れると、すっきりとした風景が広がりました。何しろ、カシュガルはタクラマカン砂漠の端っこに位置するので、ちょっと想像できないような気候でした
カシュガルからウルムチまではタクラマカン砂漠と天山山脈を横断するため、樹木の生えている景色がほとんどみられません
延々と人間の手の届かないような砂漠が続きます。砂漠と行っても、平坦な砂の連続ではなくて、山々に何も生えなていなくて地肌がむき出しになって、さらに浸食されているようなところです
砂漠といえど、山の山頂付近には雪が残っています。
今回の旅では、やや寒いかと思って結構長袖の服を持って行きましたが、大概はこのGWの時期、半袖のTシャツの方が必要でした。ただ、カラクリ湖だけは涼しいくらい ウルムチに近づくと、この高嶺が見えてきます。天山山脈の一部かと思われます。また、北京に行くときも目にします
やっと大地に緑の部分が見え始めたと思ったら、ウルムチ近郊でした
手前に、桃が割れたような建物が見られました。色々な建物や町が次々に眼下に現れます
砂漠の中にも、ダムのようなところがあります。水のあるところに町と人々の暮らしがありました
山に向かって異様な道が真っ直ぐに伸びています
拡大すると、お釈迦様の大仏像と想像しましたが、ここはイスラム教なのでそれに関係した像である可能性もあります
ウルムチの町の上空を飛んで、空港へ侵入。この砂漠の真ん中に、こんなにも大都市があるなんて、やってくるまでわかりません
カシュガルと比べると、ウルムチの方が都市機能の整備がかなり進んでいます
ウルムチ空港にランディング
4日前に、ここからホータンへ中国南方航空で飛び立ちました
このウルムチ空港ターミナルは大阪空港くらいの規模はあります。一方、カシュガルは松山空港くらいかな
目的地は北京ですが、一旦ここで乗客は全員降ろされて、新たなお客と共に搭乗し直しです
ウルムチ空港の出発ロビーで次の北京行きの出発時刻を待っています
北京までの便もウルムチまでと同じCA1478便のままで、当然ですが機材も同じ。自分の席も14Lのままでした。
中国国際航空はスターアライアンスなので優先搭乗できました
この中国国際航空のB737は、翼端が上にも曲がり下にも折れていて、A320のようでもあり、これまでに見たことが無いタイプ。新型かも
搭乗チケットはちょっと古いタイプ。一杯いろいろなスタンプが押されました
やっとウルムチを出発。アウェイなので春秋航空などブイブイ言わせて闊歩してました
さらば、ウルムチ!もう訪れることは無いような気がする
新疆ウイグル自治区の首府ウルムチを離れるに当たって、ウイグル族をはじめとする少数民族がこの広い砂漠で大きな問題を抱えて暮らしているのだということを再認識しました。独立したいという思いも強く、歴史的にも東トルキスタンから新疆ウイグル自治区へと中国に取り込まれたことがこの地域にとって仕合わせだったのか、答えはわかりません
発展するウルムチの町は、そもそもウイグル人のものだったのに近年漢民族が2割くらいの比率になるくらい、増加してきているらしい。政府はこの地域の少数民族が持つ資源や土地を漢民族の物にしたい、という方針らしく、それについての反発がかなりある、ような気がしました。としか、言いようがない
砂漠の中には、人の暮らしがあるところの近くに水源が整備されています
飛行機が雲の上にでると、ブロッケン現象が見られます
先程、ウルムチ空港に到着前に見られて天山山脈の山々
北京に向かって飛行中ですが、低い山脈はいくつもあって、それぞれにまだ雪を被っていました。砂漠と行っても、山あり谷ありです
タクラマカン砂漠と一言で言っても、広い荒れた土地だったり山だったりオアシスだったり、いろいろな表情があることを今回の旅で知りました
北京の町が近づいてくると、遠くからでも巨大な明かりが見えてきます
低空の水平飛行で、北京の周りを回り込むように飛行しています
ひときは明るいエリアがありますが、それが北京首都空港のようです
道路が街灯の光で網のようにきれいな模様になっています
左上に滑走路の明かりは見えていますが、着陸しません。
この時、北京首都空港上空を飛んでいる飛行機が15機ほどいて、それが順番に降りていくため、ゆっくりとこの辺りを飛行して時間調整している模様 北京首都空港の夜景
北京首都空港を一旦通り過ぎて、向こうから着陸態勢に入ります
どんどん高度を下げてきて、旋回
道路の街灯が光の線のようになっているのを通り越して着陸しました
もう日付が変わる頃、北京首都空港に到着。
これから移動してホテルに行くのは、明日早朝の便で日本へ帰国するのにホテル代がもったいないということもあり、空港内の休息室をウルムチに行くときに予約していました ビジネスホテルよりも質素な作りですが、空港にあると言うことで強気な料金設定。しかし、シャワーを浴びれるし、少しでも余計に眠ることができるので、疲れた体には助かりました
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ユスフ・ハズ・ジャジェブ墓。川の近くにあったが、氾濫のため街中へ移動してきたらしい
いよいよ今回の旅の最後のミッション。残すところユスフ・ハズ・ジャジェブ墓の見学と国際バザールへ行ってのお土産の買い物です。
エイティガール寺院に続いて、市内の小学校の敷地内に有るというユスフ・ハズ・ジャジェブ墓へ行きました。やっぱり、イスラム色濃厚のお墓、という建造物。タージ・マハルのミニ版のようでした。その後、国際バザールの中をうろついて買い物をし、近くで昼食をとってカシュガル空港へ向かいました。 エイティガール寺院に続いて、カシュガル市第十二小学校の敷地内に有るイスラム教のお墓”ユスフ・ハズ・ジャジェブ墓”を訪ねます。
入口は、門が閉じられていて、慎重に管理されています このユスフ・ハズ・ジャジェブの陵墓は、カシュガル市内の街中にあり、車を駐める場所もままならないようなところ
新疆ウイグル自治区の観光も終わりに近づきますが、どこへ行っても観光客の姿は中国の他の地域と比べて極めて疎らで、あまり観光客を見かけない、というのが特徴かと思われます。
それだけ、このエリアを開放してないという印象を受け、観光のための体勢が整っていない印象 隣接する小学校では、大きな音楽を流して体操の練習をしていました
この入口から塀の中へ入っていきました
塀の中へ入ると、尖塔がいくつもあるイスラム建築様式の建物が目の中に飛び込みます
外壁のタイルに青が使われていて、中央アジアらしさを感じます
ユスフ・ハズ・ジャジェブは、カラハン朝のベラサグン生まれのウイグル人で、11世紀後半に、「グタドゥグ・ビリク(幸福になるために必要な知識)」という書物を著し、主君の守るべき道徳的心得を説いた。これは、世界で初めてアラビア文字を用いて、トルコ語を標記したことで有名になった
内部には、タイルで覆われた墓標が真ん中に置かれています
この中に亡骸が入っているのではなく、地下に遺体が埋められている、というのがイスラム教のお墓の特徴
天井は高く、ドームになっています
お墓の入口
ユスフ・ハズ・ジャジェブの肖像
まわりには回廊があって、この陵墓がかなり格式が高いことが伺えます
後のファサード
お墓の外へ出てきました。前庭にあたります。塀の内側
移動して、バザールへやってきました
ここはこれまでの観光地と違って、入口にバイクがビッシリ
門のような所で、身分証明書・パスポートを確認して内部へ入りました
国際バザールは常設のためお店など整然としていました
衣類やお土産やさんなど、平面的に広がっています。国内やローカルの観光客なども多くいました
絨毯のお店に入ってみました。大きな絨毯は、数十万円を軽く越えるので、お土産用の小さなものを購入
バザールで観光は終了、昼食を食べに市内のレストランへ行きました
”コーヒー”と書いてあるので、カフェのようなところかもと思って入りましたが、結構内部は本格レストランでした
食事もなかなかおいしそうなものが出てきました
日本の焼きぞばのようなものかと思いましたが、やっぱり無理。根本的な味のベースが民族によって違うのでしょう。美味しくいただけたのは、今回の旅を振り返ってシシカバブだけだったように思います。後の料理は、どんな味か戦々恐々でした
レストラン内部
昼食を終えて、カシュガル空港へ向かいます
これでカシュガルの風景は見納め
空港入口も、厳重に警備されています。ここまで国からの監視が厳しいというのがこの地域の現実
空港ターミナルは、デザインも近代的で、屋根など曲線的な開けた造り
内部はちょっと殺風景かも
一番左に軍関係者と優先レーンがあったので、そっちでチェックイン
2階の出発ロビー
カシュガル空港のラウンジなるところへ行ってみました。食べ物は無く、コーヒーがある程度。国内線向けなのか
出発ゲートがあっちへ行ったりこっちへ行ったり変更されましたが、予定通り飛行機は飛ぶようです
中国の西の果てまでやってきて、スターアライアンスの優先搭乗がありましたので、そちらで搭乗口を通過
ボーディングブリッジへ入ると、長かった中国西域の旅もフィナーレ。あとは、松山までの空の旅を楽しむだけ
来るときはホータンまで中国南方航空でしたが、帰りはカシュガルからウルムチ経由北京まではナショナルフラッグの中国国際航空
空の旅に続きます |
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エイティガール寺院
いよいよ西域カシュガルでの最終日となりました。
今日は夕方の北京行きの飛行機の時間までカシュガルの市内観光が主な予定です。今回の旅はANAの特典航空券利用であるため、帰りの航空券はカシュガル−北京で予約しましたが、実際には中国国際航空のカシュガル−ウルムチ、ウルムチ−北京と乗り継ぎ便でした。しかし、このようなシステムがあるだけでもありがたく、カシュガルまでやってこれたわけです。 また、東西に広い国を飛行機で移動すると、ローカルタイムでカシュガルでは動くこともあって北京に着くのは日が変わる頃になります。ちょっと、日本とはスケール感が違いました。 というわけで、まずはアパク・ホージャ墓とも呼ばれる香紀墓と、昨日すでに閉館していて見れなかったエイティガール寺院へ向かいます。 昨日、カラクリ湖へ行き、帰りに市内の旧市街区観光をしたのですが、ホテルは皇家酒店というところで連泊でした。中国西域にあってはなかなか良いホテルでしたが、カシュガルにはさらに高級なホテルが数多あって、地球の歩き方にも紹介されないクラスです。
朝食は世界スタンダードレベルなので、ちょっと楽しみ 朝8時朝食、と言っても、ローカルタイムでは午前6時になるのでまだ世の中が動き出してない雰囲気で、お客も疎ら。
実際には朝食の準備も、開店と同時というかそれから本格的に行うというくらいです このようなメニューになりますが、中国ではオレンジジュースをホットで飲むところが多い
朝早いロビーにガイドさんが迎えに来てくれます。
ヘルメットを被った公安と話をしてますが、どこも公安とか警察の服を着せられた警備員がいて、一応手荷物検査などをしているふりをしていました。本気でやっているわけではないようで、パフォーマンス的なところが多かったように思います この日はカシュガルを離れるのでチェックアウトして、スーツケースを車に詰め込んで出発します。
何故か車がワゴンから乗用車に変更になっていました。 昨日カラクリ湖へ行くときは荷物も無かったので、乗用車だったら速度制限に引っかからず、もっと早く行ってこれたのにと矛盾を感じます 香紀墓はカシュガル市内でエイティガール寺院に次ぐ観光地のようで、結構遠くに車を駐めさせられて商店街のような所を15分くらい歩いて行きます。
距離が割とあるので、三輪タクシーが待ち構えていて、乗らないかと誘われました。 ついでですが、これまで新疆ウイグル自治区を移動する度に検問所があって長く時間を取られ、国のウイグル弾圧だなどと感じてきましたが、カシュガル市内を観光する場合はそのようなこともなく、地域間の移動に関しての監視が厳しいということを思いました 香紀墓の開場は午前10時。
といっても、これは北京時間での話なので、ローカルタイムでは午前8時ということになります。しかし、中国は国内時差がないのでややこしい。 カシュガルの朝一番は、午前10時ということになるのでしょうか。そのため、まだ準備中で、誰も来ていません 北京時間で午前10時になるまで、香紀墓の周辺の公園をぶらぶら
香紀墓の入口で記念写真を撮ったりしながら、正面の門から入場
金属探知機の箱を通って入りますが、これって本物かなと思ってしまいます。取りあえず形式上入場チェックをしました、というためだけのような感じもします
入口横には冬のモスクと呼ばれる、小さなモスクがありました。中には、大きなモスクがあって、冬以外はそちらでお祈りを捧げるのだそうです
冬のモスクの奥には、夏のモスクがあります。こちらは、柱の装飾などが伝統的でした
ここには、アパク・ホージャ以外の墓も併設されていました
アパク・ホージャ墓(香紀墓)。
16世紀末の新疆イスラム教白帽派の著名な指導者アパク・ホージャとその家族(5代72人)の墓で、別名は尊者の墓。 また、乾降帝のウイグル人妃子であった香紀(容紀)がここに葬られたと誤伝されたため、香紀墓とも呼ばれているそうです。中には52の墓標があります インドのタージ・マハルを思い起こされるようなファサード
この墓は、四隅にミナレット(尖塔)があり、イスラム教のモスクかとも思いましたが、中に入ると墓標が一面に並んでいました
タージ・マハルも妃のための大きな墓ですが、こちらもそれよりはやや小さい墓と言えます
これだけの墓を作るということは、昔から新疆地域はかなりの力をもっていたと感じさせられます
香紀墓の4面ともタイルなどで美しく装飾されていて、建築的にもかなり価値があるのではないかと思いました
隣の敷地にある一般の人のお墓。完全に仕上がっておらず、土が崩れかかっています
隣にはお墓が所狭しと並んでいました。この横たわっているのは墓標で、その下の土中に亡骸は埋められているそうです。
その後、子孫などが亡くなると一旦掘り起こしてお骨は隅に寄せて、新たに死者を葬り墓標を作る、ということでした 隣接するモスク
大勢がお祈りをするため、広いスペースが確保されている
モスクと言っても、ご本尊などがあるわけではなくて、柱と屋根があって、壁が1枚あるだけのような、簡単な造り
香紀墓の見学を午前11時頃終えて帰る頃、やっとお土産屋さんなどが店開き。お土産を買う機会はあまりないので、このようなところで勇気を出して購入しておくのがいいと思います
元来た道を帰ります。
こちらは、昨日散策した職人街や旧市街区とは明らかに町並みが違っていて、華やかな造りに変化してきている感じがします ラクダが街の中を歩いていましたが、観光用のお仕事でもするのでしょうか
建築中のお店。砂やミキサーが置いてあるので、壁にはモルタルを塗りつけるのかもしれません
香紀墓の見学を終えて、旧市街へ帰ってきました。町の色が違います
旧市街は高台になっていて、夜間はライトアップされていましたが、特にこの辺りは美しい景観でした
解放北路と環状線の交差点まで帰ってきました。これよりエイティガール寺院へいくので、左折して解放北路へ入って行きます
その交差点を、うさぎを籠に入れた人が渡ったりしています
昨日に続いて、エイティガール寺院前の広場へやってきました
昨日は閉場が午後8時ということだったのですが、それまでに来たのに中に入れてもらえませんでした。今日こそは。。。
正面入口から入場していきます。昨日ですが、午後8時閉場ということは、ローカルタイムでは午後6時に閉まった、みたいなものです。それが、時間通りで無くやや早めに閉めたのかもしれません。
そこが日本と違ってきっちり時間通りに動いていない社会で、もう人が来なくなったから閉門しよう、くらいの感覚だったのでしょう。 しかし、この赤い看板には違和感を感じます。イスラム教徒を利用して、中華思想を植え付けようとしているのかと
モスクへ行こうとすると、中央のメインの通りにこのカメラの列。顔認識機能も想像以上に進化している上、これまで検問で何回も写真を撮られてきているので、情報処理してどこをどう移動したのか、外国人は監視されている、というような思いもしてきます
一番奥に、でっかいモスクがありました
普通の観光の時間ですが、観光客は誰もいません。不思議なくらい
お祈りをするためか、絨毯が一面に敷き詰められています
モスクの中に入れない人が、こんなにたくさんいるのかと思わされます。かなり広いスペースが、いわゆる軒下エリア
軒下エリアに比べると、モスクの中はやや狭い感じがしますが、だだピロイだけとも言います
壁にはペルシャ絨毯なのか、ホータン絨毯なのか。宝物だそうです
この椅子と机に、声を出してお祈りをリードする人や身分の高い人が座ります
寄贈された絨毯も壁に掛けられていました。値段を聞きましたが、数百万円ではない、くらいだそうで、絨毯の価値がこのエリアではかなりあるのだということです
お祈りの中心となる壁。聖地エルサレムを向いています
床の絨毯をめくってみると、その下に本物の絨毯が敷かれています。上に見えるのはカバーだそうで、お祈りをするときのみカバーをのけて、絨毯の上で祈ります。そのためもあって、モスク内部でお祈りができるのは、それなりの階級の人だそうです
モスクに隣接するトイレに行きました。
体をきれいに清めてお祈りをするため、洗い場がたくさんあります |





