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バウハウス資料館
デッサウからドイツ鉄道でベルリンへ向かいます。
最後のミッションは、ベルリンにあるバウハウス資料館に行くこと。バウハウス−アーカイブというですが、バウハウス記念館とかやバウハウス展示館と訳しているガイドブックもありました。 ベルリンのバウハウス記念館は、バウハウスが姿を1933年に消してから後に、1979年にグロピウスの設計に基づき建てられたもので、中にはクレー、カンディンスキー、シュレンマー、モホリ・ナギの絵画や彫刻、建築模型などが展示されているそうです。バルセロナ博覧会に建てたミース・ファンデル・ローエのガラス張りの住宅の模型もあるというので是非とも見たかったのですが、事前情報で長期閉鎖をして新しい建物に生まれ変わるということで、それならば今のうちに外観だけでも見ておこう、ということで行きました。 カフェとミュージアムショップは辛うじて営業をしていましたが、かなり人影はなくて寂しい感じがしました。2019年がバウハウス100周年なので新たに生まれ変わるバウハウス−アーカイブを楽しみにしておくことにしましょう! いろいろバウハウスを見てきた結論としては、来年百周年を迎えてからもう一度来てみないといけないということでした。 デッサウ駅。
午前中、バウハウスとマイスターハウスを見学してきたので、昼過ぎの列車でここからベルリンへと向かいます。 デッサウには高速列車ICEが通ってないので、ローカル線でヴィッテンベルグまで出て、そこでICE1512に乗り換えベルリンを目指します
デッサウ12:10発のRB51は、お昼前にホームに上がってきた時にはすでに入線していました
RB51の顔
ローカル線RB51の2等シート。1等とあまり変わらないような気がします
1等のシート。レザーになったくらいの違いかも
今回は、ICEが1等なのでローカル線も1等となったようです。日本で取る早割のチケットだと、全部で数百円のアップです。こちらだと、あまり人が入ってこないので落ち着いていられるくらいの差でしょうか。
ローカルの利用者はあまり利用していないようでした ヴィッテンベルグにRB51が到着したときには、同時にICE1512にも入線してきました。ここでの乗り換え時間は5分。
到着ホーム6番線から地下道に下りて、急いで3番線に上がっていきました。そしたら、なんとそこに停車していたのはICE1712。面食らってしまい、それに乗るわけにも行きません。そんな焦った状況で、ICEが出発するホイスルがなったため、やむを得ず飛び乗りました。 37号車と書いてあっても訳が分かりません。
乗客に2回くらい、この列車はベルリンへ行きますか?と尋ねると、”行く”という答えが返ってきて一安心ではありますが、自分の1等の席がありません。もちろん、違う列車に乗っているわけで、席があるはずも無く、列車の一番後の車掌室まで行って聞いたら、このICEは二つの列車が連結してあって、自分の指定席に行くことはできない、というのです。 それで、空いている席に座れ、というので、長い列車の中を大きなスーツケースを押して行ったり来たりという羽目になってしまいました。 デッサウからヴィッテンベルグまではローカル線で33分、そこからベルリンまではICEで41?囲の所要時間。
空いている1等席を見つけて座ることができ、ベルリン中央駅まで予定通りいくことができました。午後1時半頃ベルリンに到着して列車を降りてみると、上の写真のようになっていて、ICE1512も連結されていました。これは、ヴィッテンベルグ駅の案内が不親切ではないでしょうか ベルリン中央駅では、ICE1512は地下ホームに到着。エスカレーターで地上会へと上っていきます
地上1階。この上にもホームがあります
ここで自分が乗る列車がどこなのか、全く情報がありません。
この辺りの案内所で、Sバーンはどっちかと聞くと馬鹿にされたような感じで、あっち、とだけ答えられたような雰囲気でした つまり、それは地上2階にあるホームを指していたみたいです。
しかし、地上2階へ上がっても、ホームはたくさんあるし、どの列車に乗れば良いのか全く検討がつきません。 とりあえず、駅員さんを見つけて、行き先の駅を言って、OKという合図をいただきます。そして、切符の買い方も尋ねて、何とか列車に乗る準備ができました 地上2階の向こう側のホームからは、ICEが出ていました。ちょっと、初めてではここで戸惑う可能性大です
メリアホテルにスーツケースを置いて、ベルリンの街歩きです。
目指すはバウハウス資料館なので、バスに乗っていくことに挑戦です。まずは、ベルリン国立歌劇場前のバス停からバスに乗ることにしましょう ちょうど前には、フンボルト大学があります
ベルリン国立歌劇場
フンボルト大学まえのベベル広場
バス停でバスを待っていましたが、随分待っても100番とか200番の路線バスが来ません。どうやら休業しているようでした。
バスを諦めてタクシーを拾います。日本と同じやり方で手を上げているうちに、ベンツのタクシーが止まってくれました。女性の運転手さんでした タクシーの運転手さんはドイツ語しか話せないらしく、会話は全くできません。バウハウス−アーカイブまでというと、それは通じたようです。
ユダヤ人犠牲者記念館の無数のコンクリートの直方体が並ぶところを通って行きます バウハウス−アーカイブ ミュージアムに到着。人影は少なく寂しい感じ。運転手さんも本当にここでいいの?という表情でした
建物の左側の通路から入っていきますが、こちらが裏口のような感じです
この看板が正式名称を表していて、ここにバウハウスがあったというのではなくて、バウハウス関連の資料や文献、模型などが保管してあるというような位置付けだと思います。
バウハウスは、1931年から33年までの2年間、ここベルリンで活動してきたわけですが、最後はナチスによって解体されたような結果になってしまいました この半円形の天窓が独特のインパクトを与えていました
グロピウスの設計に基づいているそうですが、シンプルなのかどうか
カフェの前のスロープから上って、建物中心部を抜けていくような動線になっています
ショップの入口にはバウハウスの顔、という人たちが並んでいました
右側がカフェで、真ん中のくぼんだ部分がスロープを上った通路にあたるところ。右下が建物の入口っぽい
バウハウスショップで売られているものは、ちょっとマニアックで、お土産になりそうもないような
バウハウスデザイン関係のものの販売かと思いますが、多岐にわたっていました
この器のパンチの効いた色の配置がバウハウスらしい
ショップの隣には、カフェがあります
カフェには、バウハウスデザインの椅子。デッサウの校舎のカフェにもあったやつです
バウハウス資料館の入口
バウハウス資料館の入口から入ってきて、この中庭のようなエリアにでてくる、そこにショップとカフェが並んでいた、ということです
上の広場からスロープを上っていきます
スロープを上ると、建物の中心部を抜けていくようになっています
スロープから、ショップや資料館の入口を見たところ
スロープの横には、レインボーカラーのポールが立てられています。シンボルでしょうか
先程のR屋根の間を抜けると、広い1階屋上へ出ました
長い通路の向こうの出口に、やっぱりレインボーカラーのポールが見えます
通路を出口まで歩いて、建物を振り返りました。今度はRの屋根が、逆になってみえます。左が北方向なのでしょう
こちら側の入口には、ガラス張りのショップがありますが、オープンしてないようでした
この形がバウハウス-アーカイブのシンボルです。
建築的に素晴らしとかよりも、このような設計を許してもらえない、させてもらえないという気がするのですが、それを乗り越えることができるところがグロピウスの偉大さなのかもしれません グロピウスのデザインは、白っぽい建物に黒い窓枠、と思っていましたが、その名残を感じることが出来ました
この文字からすると、これから大規模な改修工事をするのだろう、と思わされます
ベルリンには他にもバウハウス関連の見るべき歴史的建築はありますが、今回はこれでミッション修了。
残りの時間は、ベルリン観光をします |
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マイスターハウスのヴァルター・グロピウスの家
バウハウス見学の途中に、グロピウス大通りを北に10分程歩いて行ったところにあるマイスターハウスを訪ねました。
3月のこの時期は、公開時間が午前11時からということで、ちょっと遅め。実際にその建物のは使われている感じで、観光客のために一部のプライベート空間を公開しているように思いました。 マイスターハウスは通りに沿った木立の中に4棟あって、グロピウスの家、クルト・ヴァイルの家、マッハ/シュリーマーの家、カンデンスキー/クリーの家と並んでいます。グロピウスの家以外は2世帯が1棟にあるタウンハウス形式で、現在その一部は改修中でもありました。 クルト・ヴァイルはデッサウ出身の音楽家で、バウハウスでフェスタが開かれていた人物です。マイスターだったわけですね。そんな人もここで暮らしていたかと思うと、建築家や芸術家、そして音楽家などなどが一緒に活躍していたわけで、その時代のロマンのようなものを感じます。 マイスターハウスの内部まで見学していると丸1日くらいデッサウで時間をとっておく必要があるのですが、ベルリンまでたどり着かなければならなかったためこちらは外観のみとして、もっとバウハウスをゆっくり味わって帰ることにしました。バウハウスは、あの有名な縦にサインの入った壁は茶色い色とイメージしていたのですが、実際にはグレー。バウハウス百周年を前に塗り替えたのでしょうか? また、バウハウスの見学は6ユーロで午前10時からだったのですが、その入館料を支払わなくてもあの模型の展示室さえ見なければ館内は自由に見れそうな気がします。ワークショップで買い物しても入館料は関係ないようです。ただ、日本語のオーディオガイドを借りるとなると入館料が必要となります。これは、結構詳しく説明してくれるので、借りることをお勧めします。その際、パスポートも預けなければならないのですが、私はホテルに置いたままにしていたので、携帯電話を預けるというイレギュラーな方法を提案して、音声ガイドを借りることができました。 グロピウス大通りを北へと歩いて行きます。とてもきれいな町並みです
工事現場もあり、こんなふうに町をリニューアルしているのかあ、と思いながら歩きます
ちょっと目を引く建物ですが、アパートメントのようです
入口もシンプルで、日本でも見かけるような庇に思えましたが。
ガラス製品でした。カーテンウォールと一体化したデザインになっています
グロピウス大通りの終点。交差点になっていて、その先にマイスターハウスが並んでいました
交差点の手前に、またまた気になるお店を発見。バウアートとあります
バウハウスデザイン、のような絵がショーウィンドゥを飾る
デッサウ駅からの道とグロピウス大通りは、結局この交差点で交わります
交差点からこれまで歩いてきたグロピウス大通りを振り返る。この先がデッサウ駅に通じる
その交差点の反対側の一角にマイスターハウスは並んでいます
上の写真の右側を回り込んだところの通り。交差点の白い壁の裏側の通り
マイスターハウスが並ぶ木立の通りは、車道は2車線ですがその右には自転車専用道路、さらに歩道が整備されていました
まず、グロピウスの家があります。こちらは、チケット売り場にもなっていました
このグロピウスの家は、窓がグレーなので、どういうことかと疑問に思いました。スクリーンのようなものを取り付けているのか、とも考えましたが、きちんと復元されていないため仮設的に窓を覆っているみたいです
解説はすべてドイツ語なので、全く理解できません。財団とかそのような連合で管理されている、というように解釈したのですが
グロピウスは、第一次世界大戦終了後1919年、ドイツ全土の建築家や工芸家をワイマールに集めて、造形大学を作りました。それが、バウハウスの誕生です。
さらに、1924年に政治的理由でデッサウに移転し、その設計を行った実績があるのですが、マイスターハウスもその時に作られたものです 実験住宅などもまた別の所にあって、このようなマイスターハウスの建築によってグロピウスは、近代建築のあり方を模索して行ったと思われました
表の通りから見たグロピウスの家
グロピウスの家の隣は、作曲家クルト・ヴァイルの家
クルト・ヴァイルの家の窓もグレーのスクリーンのようなもので覆われていました
半分くらい足場が掛けられています
表通りから見た、クルト・ヴァイルの家。カーテンウォールも閉鎖中
3軒目は、ムッシュとシュリーマーの家。
ムッシュとシュリーマーが住んだ家、と行った方が正確でしょうか。それを、Muche/Schlemmer と表記されています。 こちらの家は生活感があり、煙突からは煙が出ていました
ぐるりと建物の周りを一回り
この建物のどこがどうだ、ということはわかれりませんでしたが、今からおよそ百年前にグロピウスがこのような家を設計して、実際に建てて現在でも使われている、ということが建築の歴史のように思えたのでした
このガラスのカーテンウォール、建物の顔になっています。
この部分を見ていると、もう半世紀くらい前に建った我が家にやや似ている気がしましたが、設計者はこのイメージを取り込んだのか、と思ったりもしました この縦のカーテンウォール、他にあまり見ないデザインです。ここは、ちょっと内部を見たかったところです。
このようなタウンハウスが2棟続きます このような家があるため、世界中の芸術家がバウハウスに集まってきて、グロピウスの家はバウハウスで創造的活動をした芸術家の展示場のようなものになっている、というような意味でしょうか。ちょっと、大ざっぱ過ぎ
4軒目。カンデンスキーとクリーの家
通りから見た感じは、3軒目とよく似ています
右回りで、4軒目の家の周囲を回ってみます
こちらには、足場のようなものはかかっていませんが、現在整備中でした
現代の鉄筋コンクリート住宅のお手本のようなものかな、と思います
手摺りなどが鉄製なのと、ちょっと部材が細い感じ以外は、100年近く前の建物であるということを感じさせないだけの斬新さが感じられました
グロピウスは、バウハウスやマイスターハウスの設計を通して、ガラスカーテンウォールを近代建築の象徴として取り入れて行きたかったのでしょう
このガラスカーテンウォールは階段室になっています
このカーテンウォールの性能は別として、これまでのドイツの石造りの建築から大きく脱皮し、工業化に挑戦してきたグロピウスの精神がここに伝えられているようでした
4軒目の建物は、大通り側に2つの玄関があります
正面カーテンウォールの真ん中が、二つの家の境界のようです
この同じサイズのガラス窓を繰り返して使うことによって、建物の設計をシンプル化していったわけです
とても簡単な鉄製の窓ですが、それが建築史的に残した功績と革命があって、それらを肌で感じるために世界中から今でも建築に関わる仕事をしている人たちがここを訪ねてきているのでした
4軒目のカンデンスキーとクリーの家は、リノベーション中なので公開していません、3軒目を見よという表示がドアに張ってありました
こちらはマイスターハウスに続いて、木立の中に並ぶおうち
マイスターハウスの前に建つ、バウハウスデザインぽい住宅
バウハウスとマイスターハウスの見学を終え、デッサウ駅の地下道を通ってホテルに預けてあったスーツケースを取りに行きます
正面がプラットホームが並ぶ軌道ですが、そこへ通じる地下道は一般の通行用として使われていて、改札はありません
改札が無くて、直接プラットホームに出て列車に乗る、というのが日本人にとっては違和感を覚えます
デッサウ駅舎内部
ベルリンへ行くため、列車の時刻の確認。
日本でネット予約したチケットは、RB51 12:10発5番乗り場です。この日本での予約、とても不安でしたが、それですべてちゃんと列車に乗れたのには驚きでした。 バウハウスから帰って、一旦駅を出て反対側にあるホテルに向かいます。荷物を持って、再び駅まで帰ってきました
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