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 アウディ マックスはガラス張りの近代的な建物。イベントなどが行われているような感じ





 建物に張り出してある写真のようなもの。建築家なのかなあ、と思っていましたが、デッサウ出身のドイツの有名な作曲家クルト・ヴァイル




エキスポ・ワーム。直訳すると、万博いも虫、といったところでしょうか




 エキスポ・ワームは、アンハルト大学の施設なので、建築関係の実験住宅であるようです




 エキスポ・ワームの椅子。コンクリート製のように見えますが、こんなに薄くて大丈夫かと思ってしまう





 簡素な基礎




 イメージは芋虫ですね





 この中で、最小限の暮らしをする実験住宅だということを聞いたような気がするのですが、内部には入れなくて、確認できませんでした






 のぼりの旗が上がっていたので、何かイベントでもあるのかと期待したのですが、作曲家のクルト・ヴァイル フェスタのことのようでした





 このアウディ マックスも結構大きな低層の建物で、バウハウスの隣に位置していて、デッサウらしさを主張していました




 建物をガラス箱でつなぎ合わせたような造りです





 このファサードは、バウハウスのカーテンウォールを意識しているのではないか、と思ってしまいます




 この通りは、建物に小さくその名前が書いてありますが、とても上品で景観重視という感じです。この看板がなければ、大学だとは気付きません。
 ワイマールもそうでしたが、大学キャンパスが塀に囲まれているというのではないため、どこからどこまでが大学で、どこから町並みなのか、全く意識されない感じでした




 アンハルト大学、という控えめな看板




 バウハウス通りの終点。
 ゼミナール広場から二百メートルくらいで終点となり、ここから先がバウハウス
















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グロピウス設計によるバウハウス・デッサウ校舎



 2018年3月9日の夕方、ワイマールからDBを乗り継いでデッサウに到着。デッサウは大都市ではないものの、美しい町並みでした。

 バウハウスは1919年にワイマールで設立されたものの政治的な圧力や弾圧などがあって1925年にデッサウへ移転して活動をすることになりました。その際、デッサウ市から校舎の設計をグロピウスが任されたこともあって、この町が近代建築の聖地として後生にまでその名を残す歴史となったわけです。

 近代建築を学ぶ学生にとってバウハウスは必ず通るマイルストーンでもあり、その後工業化建築や芸術との融合においてバウハウスが目指したものが広く世界に浸透していきました。それは、ナチスによってバウハウスが迫害を受け1932年には閉校となりますが、それによってバウハウスの講師陣やその教育を受けた建築家が世界各地でバウハウスの建築ポリシーを広げていったという結果に繋がりました。





 夕方、無事デッサウ駅に到着しました。この列車がローカル列車です
 夕方、無事デッサウ駅に到着しました。この列車がローカル列車です





 ホームから地下通路に下りてきました。この地下通路、DBでは改札がないため一般の人の駅の通り抜け用にも利用されています




 駅舎の地下通路へ下りていくところにある掲示板。日本のように、”上り””下り””はありません




 バウハウス・デッサウ校の影響なのか、駅舎の壁には工業デザインを象徴するようなアート





 駅前はだだっ広い空間で、広場になっています。日本ならいろいろなお店がひしめいている所でしょうが、ゆったりとした雰囲気




 トラムが入ってきているだけでした。ぐるりと回って郊外へ出て行きます




 この日の宿は、デッサウ駅前の街区にあるラディソン・ブルー・フュルスト・レオポルトというホテル。
 どうも3階建てっぽいですね。お値段は日本のネット予約で○横インくらいだったので、どんなところかちょっぴり不安を感じながらだったのですが、杞憂でした




 全く素晴らしい印象。
 デッサウでは、あと1軒のホテルがネット検索で出てくるくらいで、あまり選択の余地はありません。レストランもあって、安心して泊まれます




 予定変更はキャンセル料がかかりますが、早期予約ではかなりお得でした




 水回りもとてもきれいです。
 ここでは朝食付だったので、レストランで午前6時から食事をして出発の準備をします


 朝出発するときのホテル前。
 ドイツ車ばかりだあ、と一瞬思ってしまいましたが、当たり前でした。
 チェックアウトが正午なので、それまでに観光から帰ってくるつもりで、午前7時前から荷物をホテルにおいてバウハウスへ向かいます




  ホテルの横を、デッサウ中央駅行きのトラムが走っていました。近くなので乗る必要も無いのですが、デッサウ市庁舎などを見るとなると利用価値があります




 デッサウ駅から南東方向にある、市庁舎方向。
 グロピウスがバウハウスをデッサウへ移転したからこそ、こうやってこの町を訪れるのですが、それに興味がある人以外の見るべきスポットがあまりないためかガイドブックにもバウハウス以外あまり取り上げられていなくて、事前情報が殆どありません。
 もちろん、バウハウスを見るためにやってきたので文句はないのですが、町並みもきれいでもっともっと違うところも見てみたい気がする町でした




 ホテル横からデッサウ駅を見る。とても近い!!
 この建物の2階の窓が見えますが、その辺りが夕べの宿泊した部屋でした




 駅前のトラムのロータリーの軌道。その右側の一角のビルの中にホテルはありました。
 しかし、看板などが殆ど無いのと案内板も見つけられず、なんとかすぐにホテルは見つかるだろう、と高をくくっていましたが、駅のすぐ近くの割にはうろうろしてやっと見つかったという感じでした




 デッサウ中央駅




 今回は、この駅の地下道を使わせていただき、駅の裏側(西側)へ出るためにやってきました




 地下通路を抜けて、デッサウ中央駅の西側出口を出たところです




  確かに、デッサウ中央駅という看板は上がっていますが、正面口と比べると随分と質素




 ドイツ人はやたらと落書きをしたがる人がいるのでしょうか?落書きはあちこちにあるのが残念でした




 デッサウ中央駅裏(西側)のラーテナウ通り




 ラーテナウ通りの先にある職業センター(職安か?)




 なんとなくバウハウスデザインのポリシーを引き継いでいる感じの職業センター




 職安と言うより、職業学校なのでしょうか




 ゼミナール広場にあるアンハルト大学の施設。ドイツらしい建物です。
 リジウム、というらしい。こちら側は裏のようです




 ゼミナール広場からバウハウス通りを通って、バウハウスを目指します




 リジウム、の側面ファサード
 ここは、デザイン関連の校舎。ただ美しい建物というわけではなく、大学キャンパスの一翼を担っていたのでした




 ゼミナール広場から、アンハルト大学の校舎があるエリアに放射状に道が延びていました




 リヒター・ハウス、というアンハルト大学の校舎。




 リヒター・ハウスの右がバウハウス通り




 リヒターハウスも中世の美しい建物が残されている、というわけではなく、木工芸・写真・グラフィック研究所などの大学機能がある建物でした




 ゼミナール広場の北側は、職業センター




 ゼミナール広場の西側は、アンハルト大学デッサウ校舎の講義棟。通りで、バウハウスデザインを踏襲するような近代的な建物が並んでいるわけです




 ゼミナール広場からバウハウス通りは始まります




 バウハウス通りにもリヒターハウスは面しています




 リヒターハウスは、結構大きな建物なので、バウハウス通りの3分の1くらいを占めているかもしれません




 リヒターハウスとバウハウス通りを挟んで、アンハルト大学の講義棟





 大学の講義棟エリア。
 要するに、デッサウの裏口(西側)はバウハウスまでの間、大まかにはアンハルト大学キャンパスとなっていました。それに隣接して、職業センターなどのような公共建物が配置されていたのでした。




 バウハウス通りの突き当たりには、バウハウスの建物が見えてきました。というか、すぐそこがバウハウスのようです




 ビル・ハウス。
 講義棟、ということですが、セミナースペース、スタジオなどがあるということです




 ビル・ハウス側面ファサード




 ビル・ハウスは、同じアンハルト大学のキャンパスでありながらリヒターハウスとはちがって、バウハウスと目指す工業化建築を表しているようで、芸術と建築の融合を象徴しているのか、問いかけられているような気がします




 ビルハウスからバウハウスへと続く、アンハルト大学の施設




 このバウハウス通りを歩いていたときには、ここがアンハルト大学の校舎だとはわからなかったので(帰国してから知った)、なんでこのような建物がデッサウにあるのか、民間企業ではありえないような贅沢な配置とデザインなので、不思議な気持ちでした




 ひょっとしたら、バウハウスとその関連施設群が世界遺産になったので、それを保存するための施設かと思ったりしましたが、このエリア一帯がとてもよく整備されて理想的な目を引く建物が続いていました




 さらに、バウハウスへ向かって進みます




 アルテ・ハウス。
 大学の主な校舎としては紹介されていませんが、これもきっと大学施設の一部でしょう。




 バウハウス通りを歩いて行って、”ああ、ついにバウハウスへやってきたかあ”としみじみ思い、感慨無量。




 学生寮も見えてきました




アウディ マックス、という建築関係の施設。セミナーホールやスタジオなどがあるそう。まさか、車のアウディが関係している?のかなあ、と思ったり




 アウディ マックスはガラス張りの近代的な建物。イベントなどが行われているような感じ






===>前ページより(容量制限により、分割されました)



 ビッテルフィールド駅を発車するICE。これにエアフルトから乗ってきました





 ビッテルフィールド17:45発の列車に乗る、ということだけを考えてホームに来ましたが、これも偶然隣にいたドイツ人の女性の人に教えてもらって、反対行きに乗ろうとしている!!ことに気付かされ、正しいホームへ移動します




 なんと同じ時間に発車する列車があったというわけです。
 ビッテルフィールドからデッサウまでは一駅でした。ドイツの一駅は各停でも17分走るので、とても長いです




 ドイツのローカル線でも1等席があります。旅行者が利用するのが多いようです。私の場合は、ICEの格安切符の1等席におまけで付いてきたようなものでした




 客席のテーブルも折りたたみ式。これもドイツらしく思ってしまいます。





 いよいよ一番来たかったデッサウです。
 この日はデッサウ駅前の一角にあるホテルに宿泊。朝からバウハウスを見て回るための下調べをして、早めに就寝しました。













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イメージ 1






 バウハウス大学、アンナ・アマーリア大公妃図書館、大公家の墓所など世界遺産に登録されているワイマールの遺跡郡を観ることができたので、ちょっとゆとりをもってワイマール中央駅へと向かいました。

 途中、大学図書館の前にはとんでもなく大きな椅子があったり、国民広場のアイス・カフェではワッフルとスイーツで昼食をいただいたりした、ワイマールを満喫することができました。今回は時間が限られていたため、目標とした以上の成果が得られたと思います。

 もし、許されればもう一度ゆっくりと訪れたいと思いました。






 バウハウス大学を出て、駅に向かうため、まずはゲーテ広場を目指します
 バウハウス大学を出て、駅に向かうため、まずはゲーテ広場を目指します





 チューリンゲン先史博物館。
 時間があれば立ち寄ってみたいところですが、ここはパスしました。ガイドブックにも解説がないし、細かく見学しようとするとガイドさんをお願いしないと。。。しかし、個人旅行の場合ワイマールではガイドさんもなかなか見つけられませんでした。もちろん、日本語で解説してもらわないといけなこともあって。





 まだバウハウス博物館にも立ち寄りたいので、急いでバウハウス大学から北へ向かって歩いています




 なんか見覚えのある建物がある広場へ出てきました。さっき、ゲーテの家へ行くときにうろうろしたところでした




 ワイランド広場まで戻ってきました。写真の中央に、この町並みに似つかわしくない建物を発見!




 なんと、歴史景観地区のようなところにガラス張りの建物でした




 「大学図書館」という表示




 バウハウス大学の付属図書館でした。別の大学があるのかと思いましたが、ワイマールで目にしたのはバウハウス大学だけだった




 図書館と並んで、奥にはデータセンターがあります。やっぱり、ガイドさんに案内して欲しいところです




 ここらの建物もバウハウスデザインを継承しているような印象です




 そして、これは何ということでしょう!バウハウスの工芸品!?
 面白い作品です




 ゲーテの家の前の広場に面する建物




 裏道を通ったりしながら、国民広場まで行きますが、それでもこのファサードの美しさ。ワイマールは品格のある町でした




 途中、フンメル通りにはかなり傷んだ建物も見かけます。修復がこれからなされるのでしょうが、古い景観を守るための悩みを感じます



 バウハウス博物館




 現在は、ちょうど閉鎖中で見学できませんでした




 2019年4月に、新しい博物館として生まれ変わるそうです。バウハウスは、1919年に設立されたので来年で100周年。そのための準備が進められているようでした




 このバウハウス博物館、一番最初にやって来たゲーテとシーラの像の前にありました。それに気付かないとは。。。アンナ・アマーリア大公妃図書館にばかり気を取られていたせいです



 バウハウス博物館の裏側に回ってみました。観光客は一気に少なくなって落書きなども見られます。落書きはなんとかならないものでしょうかねぇ




 バウハウス博物館から見ると、正面が国民劇場とゲーテ・シーラ像。国民広場の正面にあったわけです




 国民広場に面したバウハウス博物館の横辺りにカフェを発見




 国民劇場とゲーテ・シーラ像を見ながら、お昼をいただくことにします。暖かそうですが、あまり人で混雑しているようでもありません。看板にはアイス・カフェとありました




 疲れているのであまいものが昼食には丁度いい感じです




 ワッフルと。。。




 スイーツを食べました。もちろん、美味しかったです。何を食べようか、と考えながらあちこち見ていましたが、バウハウス大学の学生さんもワッフルを食べていたので、これがいいと思ったわけです




 世界遺産がどれにあたるのかという説明が劇場広場にありました。
 ワイマール古典主義の都、とデッサウとワイマールのバウハウスとその関連遺産群が世界遺産として登録してあるようです。
 なので、いくつかの建物が世界遺産になっているということです




 ポストバンクファイナンシャルセンターという建物です。が、郵便局でしょうか?





 ゲーテ広場から、教会の塔が見えたので寄ってみます




 美しい教会のようです。中に入ってみます




 グラブプラッテ ルーカス クラナッハ。何のことやらわかりません




 教会はそこそこにして、ワイマール駅を目指して路地を北上




 フリーデンス通り。すごく立派な建物ですが、何かわかりません。後で、この裏側を見ると、さらに立派であることが分かりました




 カール=リープクネヒト通り




ガウ広場。さっきの立派な建物の裏側は、とても広い広場でした




同じように見える建物が、広場を挟んで向かい合って建っています。スケールがでかい!




 広場の前は、州政府事務所




 州政府事務所の正面入口









 ガウ広場の北にある、ワイマール新美術館。ここも入ってみたかったところの一つ。次回。。。というわけにはいかないかもしれませんが




 新美術館の左を道なりに進んで、北にあるワイマール駅を目指して歩いて行きます





 知らない間に道を間違えて、駅から300mくらい西へと向かっていました。メイン通りを進むとこうなっちゃうんですね。本当は、美術館を回り込んで、裏の道を北上すべきでした





 木立の向こうの赤い屋根がワイマール駅。目的より、西に逸れていました。時間に余裕があったので慌てずに済みました




 ワイマールに来たときに乗った、連結したバス




 ワイマール駅は、中心部からかなり離れて北にあるので、駅前が賑やかではない感じです。
 バスはこの道を奥へと進んで、右折するのがゲーテ広場へのコースです




 ワイマール駅をバックに




 ワイマール駅正面の通り。この道を歩いてくるつもりだったのに。。。




 エアフルト行きに乗ります。あと25分くらい。
 エアフルトまで引き返して、ICEでビッテルフィールドへ行って、そこで再び乗り換えという、3本の列車に乗らなければ次の目的地デッサウへはたどり着きません




 このコインロッカーにはお世話になりました




 エアフルトへ行くローカル列車。ここから一駅です。
 ここで予想外のことが起こります。
 16:09ワイマール発の列車に乗る予定だったのですが、1本前の15:55発がたまたま待っていたホームに入ってきたので、それに飛び乗りました。ホームで14分後の列車を待っても仕方ない、と思ったからです。
 その結果、エアフルトまでは行くことができたのですが、なんとその列車がエアフルトを事故のため発車できず、ということになってしまい、後続の本来の列車がエアフルトに到着できなくなったのです。
 もし、あのままホームで待っていたら予約していたICEに乗ることができない、という大変なことに見舞われたわけですが、偶然エアフルトに着いていたので助かりました




 車窓からの風景。風力発電がドイツらしくたくさん建っているのをよく見かけます





 ビッテルフィールドに到着。もう一回、乗り換えが必要です。

 話はエアフルトに戻りますが、ビッテルフィールド行きのICEをホームのベンチに腰掛けて待っていました。すると、女性の方が何か必死に話しかけてくるのですが、自分も警戒心もあってか話の内容をはじめのうちは理解しかねていました。
 何を言っていたかというと、事故のためローカル線がエアフルトを発車できないため、私が乗る予定のICEの発車ホームが変わった、と教えてくれているのでした。
 やっとそれを理解できて、変更されたホームに行った途端にICEは入ってきました。もし教えてもらえなかったら、エアフルトに取り残されていたかもしれません。そんないろんなことを乗り越えて、奇跡的に定刻通りビッテルフィールドへとやってきたわけです




===>容量制限のため、続きは次ページへ
イメージ 1
バウハウス本館。100周年に向けて整備の真っ直中のようです




 ゲーテの家とゲーテ国立博物館の見学を終えて、バウハウス大学へ向かいます。
 今回の旅の中では、バウハウス大学へ行くということはワイマールの最大のミッションであり、1919年にバウハウスがグロピウスによって設立された歴史に触れるため、以前から一度訪れてみたいと思っていました。

 このワイマールは小さな町だけれども、ゲーテやシーラ、リストなど多くの芸術家・音楽家・文化人・政治家たちが活躍してきたという歴史があり、アンナ・アマーリア大公妃図書館など世界遺産もあって魅力的な町であることは間違い有りません。

 しかし、それよりも第一次世界大戦終了後ドイツの工芸家や芸術家を集めてバウハウスを作ったということが、ドイツが工業国として世界をリードして、特にデザイン面においては手本となってきたことも、バウハウスによるところが多大です。

 そして、特に建築においては近代建築を学ぶまず第一歩がバウハウスを学ぶことであり、大学の建築学の専門課程でも近代建築の基礎として最初にグロピウスやミース・ファンデル・ローエの偉業について教えられます。バウハウスは近代建築の聖地、といっても過言ではないでしょう。そんな思いがあって、ワイマールのバウハウス大学を訪ねたのでした。





 ワイランド交差点からマリーエン通りを南下していくとすぐにバウハウス大学のキャンパスが両サイドに現れてきます
 ワイランド交差点からマリーエン通りを南下していくとすぐにバウハウス大学のキャンパスが両サイドに現れてきます





 この建物が一般のものか大学の校舎か一見わかりませんが、学生が出入りしているようなのでキャンパスかなと思い、中を覗いてみます





 この門から入っていきますが、良いのか悪いのかわかりません。マリーエン通りの東側にあたります




 この看板によると、土木工学のキャンパスだとわかります





 シンプルな入口をくぐると、中庭のような広場がありました





 学生の自転車があり、校舎と校舎がピロティ式のブリッジで連結された空間





 土木工学部がここに集約されていました





 マリーエン通りを渡ってバウハウス大学本学へ入っていきます





バウハウス本館





 本館と向かい合うように建築学教室の講座がありました





 この表示によると、構造設計や意匠設計、建設などの建築関連の研究室や教室などがあることがわかります





 さらにキャンパスの中庭には、バウハウススタジオ&カフェ





 これが有名なグロピウス設計のバウハウス本館。1919年創設当時のままを今に伝えています。
 何度も大学の授業で見たような気がします





 建築学講座のエリアでは、学生たちが測量の研修をしていました。自分の学生時代を思い出します。いずこも同じ。。。





 バウハウス大学の校舎内は、結構フリーになっていて一般の人や旅行者が自由に入ることを拒みません。
 街区一帯が大学キャンパスでした。塀や壁などない、普通のヨーロッパの町並みという印象





 この全面ガラス張り風の建物ですが、一瞬ドキッとしました。
 この建物は見たことがあります。雑誌でですが、今から20年くらい前でしょうか、こんなガラス張りの建物造ってどう使うんだ?と強烈に思った記憶があります。バウハウス大学の校舎だった、というのがまたまた驚きでした。






 このガラス張りの校舎はメディアセンター(メディアプールと言っている)で、バウハウスの4本の柱の一つ。
 バウハウスはそもそも造形大学だと思っていましたが、教育の4つの分野は土木工学、建築学、芸術&デザイン、メディアで、その原点は全ての芸術は建築に繋がるというもの。それらが時代と友のに発展していって現在の大学があるのです。
 建築の工業化という進化の行き着く果ての答えがこのメディアセンターだった、と世界に発信したわけです。





 建物の北面は全面ガラス張りで、中の人が何をしているのかまでよく見えています。夜は特に丸見えになります。





 この扉は、床から2階の床近くまである大きなもので、建物の部材をシンプル化してこうなったと思います。機能的には不便だと思いますが、デザインでしょう!





 一方、南面に行くと、日差しを遮るための窓の工夫がなされています。そうそう、こんな建物が世界の何処かにあったはず、と思っていましたが、ここでした。



























デジタル・バウハウス研究所(北面)





メディアセンター(コンピュータープール)と同じデザインの建物です





デジタル・バウハウス研究所(南面)





デジタル・バウハウス研究所に隣接して、現代資料館がありました





資料館には、研究室などが併設されているようです























木質コンクリート構造研究室南面。お題目とファサードがあまりにも違っていて。。。





学部長室らしい





 大公家の墓所は、バウハウスの隣に位置していました





 大公家の墓所入り口から、バウハウスキャンパスに入ってみます





 大公家の墓所からキャンパスに入ると、正面にバウハウス本館側面が見えてきます





 その北側に、ヴァン・デ・ヴェルデ館があります





 ヴァン・デ・ヴェルデ館






 芸術&デザイン学部の建物のようです






 バウハウス本館北面。
 南免とは全く違ったデザインで、さっきのメディアセンターもそうだったように北側に窓を大きくとって、北側の光を存分に取り入れた建物になっていました





 バウハウス本館の北面の大きな窓
 ここには、学長室などがあります





 北面の最上部の窓は、上の方が丸みを帯びて空からの光も取り入れる設計





 一部には、北面の屋根にまで窓がありました





 バウハウス大学本部





 大学本部は、ヴァン・デ・ヴェルデ館と並んでいました





 本館前にある道標





 左にピアニスト・リストの家が見えていました





 ”学生の家”校舎側裏面
 学生寮には見えなかったので、学生会館といったところでしょう。中に入ってみる勇気があれば良かった





 ”学生の家”正面マリーエン通り側





 バウハウス大学について、ガイドブックなどにあまり詳しい情報が無かったので、図々しく内部まで観ることができませんでした。
 これまで、学生の頃から気になっていたバウハウスを体験したので、ワイマール駅へ向かってこれから帰って行きます。













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