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台風一過のJR静岡駅前




とても空しい山旅のお話です。

 平成29年8月8日、遠い南の太平洋上を迷走してその後ついには日本列島を横断した台風5号の影響です。

 南アルプス荒川岳から赤石岳・聖岳・光岳を縦走しようという計画で、9:35am頃 静岡駅前のバス停で畑薙第一ダム行きのバスを待っていると、しずてつの社員の方が南アルプス線が運休になった、と伝えに来ました。
 予定していた乗客にはみんな電話をしたが、自分だけ連絡がつかなかったらしい。

 昨日、夜行バスで愛媛県西予市から新大阪まで来て、そこから静岡駅まで新幹線11000円、すべてが無駄となりました。
 静岡から畑薙第一ダムまで、道路が通行止めになっているという。そこから、椹島まで3カ所以上の土砂崩れがあって、送迎バスも通行止め。
 
 南アルプスアクセスパックも運休になったらしい。
 大井鉄道も運休で、送迎バスも動いていないから、タクシーなどで行っても仕方ない。どうしよう?

 今日、8/8の動ける範囲は限定的。
 白樺荘まで行って、開通を待つ手もある。しかし、そこから南アルプス麓の登山基地・椹島までいつ開通するか、当ては無い。
 そこまで話して、静鉄の社員とは別れる。

 その後、椹島ロッジに電話をしたら、「道路を点検してからで無いと、状況について何も言えない。」、と言われます。
 結局、道路の通行止めの開通の見通しは全く無いので、すぐに通れるようになるのかもしれないが、ここはリセットするのが賢明、と判断しました。

 今回、日本百名山4座登頂の予定を、2座に変更するという可能性も考えられますが、登山道にも被害が出ているかもしれないし、安全を確認してからもう一度計画を練り直すのが最良の案、と考えることにし、残念ですがここから四国まで引き替えすことに。

 静岡駅まで来ていて、かなり後ろ髪を引かれる思いでしたが、下山口の長野県の遠山タクシーに連絡すると、あちらも通行止めになっているらしい。
 昨日から、夜行バスで走ってきている内に、土砂崩れが起こったんだね。これから、山への気力が保てるか?などなどいろいろ考えましたが、これも経験か。

 百名山苦労話の一つとして、胸にしまっておくことにしました。







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8月7日夜、西予市宇和町の宇和島バス卯之町営業所へやってきました。台風も去ったことだし、南アルプスへの気持ちが高まります





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夜行バスの待合室には誰もいませんが、ここでバスに乗ると明日の朝には間違いなく新大阪まで連れて行ってもらいます





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新大阪には午前6時前には到着。新幹線も平常通り動いていて、静岡まで指定席に乗り込みました





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朝早いので、乗客は自分一人






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朝飯の弁当もあまり選択の余地は無く、バッテラをいただきます






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新大阪付近は、雲は厚いものの日が差していて、天気は回復傾向






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京都が近づくと、雲が厚くなってきます






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米原の手前では、琵琶湖に注ぐ川が氾濫しているように見えました






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関ヶ原にやってくると、今まで大雨が降っていた、という雰囲気






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濃尾平野では、結構濁流が川幅一杯に流れています






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大井川を渡る頃は、いつも細い川の流れが、もうこれ以上川幅の余地が無いくらい、一杯になって濁流と化しています。この上流にこれから行くんではなかったっけ?などとは、つゆとも考えず、新幹線の窓から気楽に眺めていました





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静岡に到着。天気は晴れています。これからの心配を吹き飛ばしてくれました






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8:38JR静岡駅到着。南アルプスの畑薙第一ダム行きのバスまでは、まだ1時間以上の余裕がありました





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前を歩く山ガールも、南アルプスを目指すのに違いない!!などと、変な確信を持ちます





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静岡駅前のバスターミナル






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JR静岡駅まで来ると、他にもリュックを背負った人がちらほら。みんなどこへ行くんだろう?などと、余計なことを考えたりします





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9:50発のしずてつバス乗り場も、真っ先に確認





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JR静岡駅





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まだ、バスの出発まで時間があるので、駅前の静岡市ミュージアムへ行って、時間を潰すことにします





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駅前には、徳川家康の子供の頃の銅像がありました






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静岡市美術館前には、やっぱり徳川家康の銅像があります。家紋も大きく飾ってあります





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いよいよバスの出発時間になって、駅前に戻ってくると、バスが運休になったと伝えられます。
正直、目の前が真っ暗、どころではありません。昨日から夜行バスと新幹線を乗り継いで静岡までやって来ているのですから。こんなことって、現実だろうか?と思ってしまいました。
結局、しずてつバスは畑薙第一ダムまでのバス代は払い戻しをします、と言いますが、こっちにとってはそれどころの損失ではないわけです。
それをしずてつの方に言っても始まらないし、どうしたらよいのか血迷ったあげく四国へ帰ることにしました。




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名古屋からの飛行機もとれなくて、新幹線で岡山まで帰って瀬戸大橋を渡り、西予市へ夜に帰ってきました。これも山登りかも










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三伏山から見た塩見岳3052m。
この「中俣を距てて仰ぎ見た塩見岳の素晴らしい姿は、(中略)天下一品である」と久弥は言っている




 平成28年10月10日(祝)、南アルプスの塩見岳に登りました。
 「お腹いっぱい」というのは、言葉のそのままで、山小屋に2泊しましたがどちらもおいしいご飯を食べさせてもらったので、元気モリモリで長い登山道を歩くことができたというわけです。

 この時期の南アルプス、小屋閉めが9月30日と公表されていたこともあり、もう山のシーズンは最後の雰囲気。今後はテントをしょって大きな荷物をもつ本格派の季節となり、ハイカーやいわゆる中高年、初心者をアルプスは拒絶する時期になります。そのため、今回山で出会った人たちは、結構強者ぞろいで、軟弱派やビギナーはいなかったような印象でした。
  自分の南アルプス南部の地図(塩見・赤石・聖)は、2009年版の山と高原地図なので7年間地図とにらめっこしながらいつこの領域の山に登れるだろうか、と思案していたということになります。


 今年はもっと積極的に山へ行きたかったのですが、週末が雨の時が多かったり台風が来たりでなかなか天気に恵まれず、結局3回の山行になりました。
 今回もずっとお盆の時期からいつ南アルプスに行くことができるか思案していましたが、いけるとしたら今日でしょ、という9日の朝、松山空港から中部国際空港へとやってきました。8日は夕方まで仕事の関係の講習会があったこともあって動けず、しかし、9日の午前中は雨だったため、日程的にはいいくらいだったのかもしれません。

 そのような事情から、中部国際空港をレンタカーで9日の午前10時半に出て中央道で鳥倉登山口を目指します。
 中央道を走るならば、やっぱり恵那峡SAで○やのひつまぶし。これを食べないと先へ進めません。山の上では栄養が不足するかも、などと勝手な言い訳を考えて元気の出るうなぎをいただきます。

 恵那山トンネルを越えると南アルプスが目に飛び込んできますが、雨と思っていた天気なのに稜線には雲がかからず山頂が見えていました。あれが塩見岳だろうか、などと想像しながら松川ICで下道へ。あとはかなり1本道に近くそのまま大鹿村まで運ばれました。
 それにしても、天気の回復が予報よりも早くて、これから2、3日は意外と期待できるかも、などという予感がしました。

 鳥倉林道への入口はちょっとわかりにくくて、よく見ていないと左へ曲がって山を登っていく道を間違えてしまいそうです。しかし、村の道なので何本もあるわけではなく、国道から左へ2回曲がればそのまま鳥倉登山口まで行くことができました。


 しかし、問題は時間。
 意外と鳥倉林道が長くて、ゲートに到着したのが午後2時を回ってしまい、歩き始めたのが2時半、鳥倉登山口から登り始めたのが3時前になり、これで午後5時からの夕食には間に合わないことが確定してしまいました。登山口からはコースタイム3時間ということで、日没ヘッドライトの山歩きを8/10から先余儀なくされ、心細くということはなかったけれども、明かりを頼りに小屋にたどり着いたのは午後6時前になってしまいました。

 歩いている途中、食事に遅れたことに対して、「山小屋に迷惑を掛けることになって申し訳ない」という思いが暗闇の中で頭の中を駆け巡りましたが、「遅れて山腹小屋について、夕食は食べられるんだろうか」という不安も同時に感じました。

 そんな思いの中、三伏小屋に着くと管理人さんに暖かく向かい入れていただき、スタッフの方にも荷物を置いて食事から食べて下さいと促され、とても安心して気が落ち着きました。そして、その管理人さんには、「朝四国を出てこの三伏峠まで来るという計画が無理。山麓で一泊するのが本当だ。」と言われ、それはその通りだと、納得しました。本当はそういう計画にしたかったんだけど、事情でできなかったとは口に出せません。

 また、その管理人さんは、NHKの日本百名山にも登場しており、ちょうどカレーライスを作っているところが放映されていたので、「あっ、あの時出ていた人だ!」と思ったけども、管理人のおじさんには言えず、食事をしながらスタッフの方と番組の話をしたときに笑いました。



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豪華版の三伏小屋の夕食




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塩見小屋付近から見た、三伏峠からの稜線。ここを延々と歩いてきた




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塩見岳と天狗岩と塩見小屋




 南アルプス南部は、自分にとって伏魔殿のような所で、御三家ならぬ御五家の塩見・赤石・悪沢・聖・光の五岳はとてもとても近寄りがたいところのように無意識のうちに思っていたのではないかという気がします。
 とにかく足が向かなかったというのか、登山口までのアプローチが悪く山頂までの距離が長い、また、日本百名山のガイドブックや解説書で、ベテランクラスの山にランクされていることなどが、遠ざけていた原因のようです。

 塩見小屋で食事の際に話した方々も、同じような山域を登っていなかったり、百名山の大概の山は登ったあとで終盤になって塩見岳にやって来た、という感じを受けました。
 また、ベテラン級の強者ばかりなので、南アルプスの事情にも詳しくて、今後の南アのアプローチに参考になる話も多々ありました。

 私の山と高原地図42塩見・赤石・聖岳は2009年版なのですが、この山域へ行こう、と思って7年間、その地図と睨めっこを続け、やっと今この山域へ足を踏み入れたということを改めて認識したところです。



 三伏峠小屋では、ゴージャスな夕食をいただき、これまで登ってきた疲れもすっかり取ることが出来ました。小屋閉めが10月10日の予定だったそうですが、10日の予約がないため山を降りるらしくて、最後の食事となったため豪華版だったそうです。光栄にも、今シーズンの最後の宿泊者となってしまいました。
 朝食もちょうど自分の好みのおかずと量で、おいしくいただきました。

 消灯は午後7時半。
 1階の大広間に10名程が寝ることになり、余裕綽々。毛布を3枚着て寝るスタイルだったので、寒くはなかったのですが、肩口がスースーして少し気になったかも。朝食は午前5時からでした。
 午前5時には、まだ外は真っ暗なのに半分くらいの人がすでに出ていっており、自分はボランティア関連の方々と一緒に朝食を摂り、宿泊者の中では遅出のスタートでした。


 
 10日、午前5時40分に三伏峠小屋を出発、6時に三伏山山頂まで来ると親子連れがご来光を待っていました。子供は小学校低学年の女の子でしたが、二日前から三伏峠でテントを張っている、とお父さんが話してくれました。そのような子供でも塩見岳へ行くのかあ、と感心したところですが、なかなかそれって大変だったんじゃないのかな、と思いました。
 午前6時5分日の出だったのですが、その親子連れと一緒に日の出を見て、シャッターを切ってもらって三伏山から一旦下って、本谷山との鞍部を目指して行きました。

 





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天狗岩を登っているときに見える奇岩。こっちが天狗のようにも見える



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塩見岳山頂に到着。まずは、西峰に出るが、こちらに三角点がある。右奥に見えるのが最高点東峰3052m



 三伏山から先は、ダラダラとした緩やかな下りで、森林限界の高い南アルプスの中を行くため展望はあまり開けず、黙々と歩きます。
 鞍部まで下りて本谷山へ登り返すところに「のぞき岩」があって、そこから三伏峠方面の歩いてきた稜線や山腹小屋などを遠望することができました。「ここまで随分歩いてきたのに、これから先もまだまだ長いなあ」という感じでした。

 そこから、15分程登り返した本谷山山頂。
 ここでやっと休憩です。真っ暗なうちから鳥倉登山口を出発して、あの三伏峠までの登りを歩き続けここまでやってきてという、ガッツ登山派のような方に追いつかれて、たまたま一緒になったので、コースの計画やら話をして、ここでもシャッターを切っていただきました。

 なんでも日帰りするのだということで、その体力と気力の素晴らしさに脱帽です。
 自分を基準にしたらいけないのですが、このルートを日帰りするなんてとうてい考えられないようなことを、いとも簡単に実現する人って意外と多いのに驚きます。日頃から鍛えているのでしょうが、1日中山を歩き続ける人もいたりして、個人差が大きいとつくづく感じてしまいます。

 このルートもヤマレコを見ていると、とても早い人がいますが、それは例外のようなもので自分にとっては全く挑戦できないようなタイムであったり、日程であったりするので、やっぱり自分は自分のペースで行かなければ大変だと思っているところです。



 本谷山から先は、南アルプスらしい広い稜線の森の中歩きという素晴らしい雰囲気で、やや下っていく感じで気持ちよくゴーロまで行くことができました。ゴーロからの急登も覚悟していたほどそんなに長くは続かず、ひょこっと稜線に出て塩見新道との分岐を過ぎるとやがてハイマツ帯となって、もう一登りの急登を過ぎると塩見小屋に午前10時前に到着。

 宿泊の手続きをして荷物を整理させてもらい、弁当を食べようかと思ったのですが、まだ時間が早いので塩見岳山頂まで行って昼飯にすることにしました。要らない荷物を小屋において10時半に小屋を出発。塩見岳山頂を目指しました。



 塩見小屋を出ると一旦ハイマツの中を下って天狗岩に向かい登り返しの道が続きます。小屋が2760mということで、あと登りは約300m。
 ここは頑張って登り続けるしかないのですが、岩場だからということで小屋にストックを置いてきたことを後悔、しかしもう取りに帰ることもできず、不安と反省の気持ちでゆっくりと登っていきました。

 天狗岩を回り込むところが危険だとわかっていたので、そこは慎重に岩場を越えて行きました。張り出した岩場を回り込んだら目の前に天狗のような岩が現れたので、それが天狗岩かと思うくらいでした。その手前を登り切ると第一の危険地帯は終了、天狗岩の山頂の岩峰の鞍部に下りて行きます。
 最後の岩の壁が目の前に迫ってきました。



 山頂部の岩登りは、もともと予想していなくて、登山道で素直に山頂に到着するものと思っていたのですが、意に反してしっかりとロッククライミングを約100m程させてもらいました。最後の最後に緊張を強いられることと、その時間が結構長いため、やっぱりこの塩見岳ルートはベテラン向きなのだろうなあと思いました。
 ロッククライミングが終わると、山頂部を少し緩やかに歩いて塩見岳西峰に到着。そこから、5分程先の最高点東峰まで行って、昼飯にしました。昼飯は三伏小屋で作っていただいたおにぎりです。








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東峰山頂にて。右後ろは、西農鳥岳3050mと農鳥岳3026m。




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塩見岳から見ると、間ノ岳が立派に見える。すぐ左に日本第2の高峰・北岳も頭を出しているのだが




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蝙蝠岳2865mとその向こうに富士山。
深田久弥は、
「わけてここから眺めた富士山は、どこの山から眺めるよりもすぐれている。」
と、日本百名山の中で述べている。



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東峰から見た、西峰3047m。東峰より5mほど低いことになる




 塩見岳山頂からの360度のパノラマは言葉にできないくらい素晴らしく、南アルプスの女王仙丈ヶ岳から甲斐駒ヶ岳・北岳に間ノ岳・農鳥岳・荒川岳・蝙蝠岳と遠くで主張している富士山など、登って来た疲れを癒やしてくれるものでした。

 南の太平洋辺りでは前線が停滞しているためか、雲の厚い塊があってやがってこっちへ向かってきそうだったし、南アルプス周辺の伊那谷や関東平野などは、山よりかかなり低い高さに雲海があって、ちょうど自分が居る塩見岳を中心に、ぽっかりと青空のエリアを神様が作ってくれているような空模様。満足のいく塩見岳となりました。




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槍の穂先に登るような、岩登りとなる最後の急登



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天狗岩というジャンダルム



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南方向には、荒川岳(悪沢岳)が大きな図体で主張している。左が東岳3141m、中央部が中岳3083mと前岳3068m




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塩見小屋が立つピーク。向こう側に小屋はある



 山頂では松本からやって来たという女性の方と東峰の狭い岩峰の上で昼食を摂りながら、今自分が目標の一つとしている飯豊山の話を聞くことができました。避難小屋はもう営業したないと思っていたのに、先月末でも管理人がいて食事などできたということを聞き、やっぱりネット情報を信じるのではなくて自分で電話して確認しなければならないな、と思いました。

 実際、三伏峠小屋も9月末まで営業とHPに出ていたのに、電話を掛けてみると10月10日までやっているとのこと。それで今回の塩見岳登山が実現したという経緯もあり、最後の確認というのはとても重要なのです。



 自分はすぐ下の塩見小屋に泊まるので、山頂でも随分とのんびりしていたのですが、みんな日帰りの人たちばかりでさっさと腹ごしらえをして下山していきました。
 たった一人で塩見岳山頂を独占。なんという一時か、という至福の時間がやってきました。しかも、登山中は何かと風が吹いていて、やや肌寒くて長袖を着ていなくてはいけないくらいだったのですが、この一時だけは不思議と風もなく、景色は良くてポカポカ陽気。いつまでもいたいくらいでした。

 思い存分、塩見岳からの景色を目に焼き付けて、12時半ころより下山開始。
 岩場の下りはあっという間で、登りの時のような恐怖感も感じず、岩場の足掛かりがよく見えていて、順調に小屋まで下りていきました。

 途中二人の男性に追い越されましたが、塩見小屋は予約がないと泊めてくれないというので登山口まで下りるんだ、などと話されていました。これから下りるとなると、登山口に着く頃には真っ暗になってしまうのではないかと余計な心配もしたくらいです。そして何よりも、それだけ歩き続ける体力があるのかどうか、自分がもしそうだったらとても不安になります。



 塩見小屋には午後2時前に到着。
 あとは荷物を整理して午後5時からの夕食を待ちます。水は購入しなくてはならなくて、2L 800円と500ml
 200円の天水をお願いしたところ、宿泊者は天水はサービスということで、翌日の行動用と残りは宿泊での必要水分として利用しました。

 ちょうどその頃、おばちゃま3人組が小屋に到着。荷物を置いて山頂を目指して行かれました。ガスが出てきていたので明日の方が良いですよ、と言ったのですが耳に届かなかったのか、行こうという勢いが勝っていたのか、そのまま出かけて行って、食事前に下りてこられました。

 それにしてもその3人組の体力って、凄いものだと感心。登山口を朝出発して、塩見小屋までやってきて、そのまま山頂へ行くなんて、やっぱり強者。食事の時には、もう百名山達成間近の方がその中にいて、北海道の幌尻岳の話などで盛り上がりました。

 その他、神奈川からの同年代の男性や塩尻から来たという女性の方などと、同じ価値観を共有しているなあと思いながら山談義ができて、夕食後の時間を楽しく過ごすことができました。

 消灯は午後7時。
 すぐに眠りに落ちてしまいましたが、午後10時過ぎには目が覚めて。。。このパターン、いつもこうなってしまいます。その後、なかなか眠れない。これにも最近慣れてきました。


 最終日、起床は午前4時。
 朝食は午前4時半からで、鮭など自分に合ったものだったのでありがたかったです。






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三伏峠小屋まで帰ってくると、もう小屋は閉まっていた




 早く起きてみんなは山頂でのご来光を目指したようですが、自分は午前5時10分に小屋を出発して一先ず三伏峠小屋を目指して下山します。

 帰りはとても順調に歩けて、自分としてはあまりないのですが、コースタイムよりはやや早めに三伏山まで帰ってきました。とても展望が良く、ここで大休息。塩見岳ともお別れです。鳥倉登山口まで下りたのは午前10時半過ぎになりました。


 あとはレンタカーで中部国際空港まで帰って、松山行きの最終便で帰宅。
 山を下りてみるとすっかり季節が進んでいて、秋の空気に入れ替わっていました。また、もともとはあまり期待できない天気で、ひょっとしたら雨の中を歩くことになるかもしれない、と覚悟はしていたのですが、雨もなくて青空の下、雲海の上の大展望で、お腹いっぱいになりました。











 
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薬師岳。でっかい山という印象だが、山頂は中央部のやや左、丸く高いところ



 平成28年8月10日(水)、富山県有峰口の折立から北アルプスへ入りました。
 このコースは、北アルプス縦走のダイヤモンドルートと言われており、とても眺望が良くて登山者憧れの雲の上の散歩道として有名です。

 10日は足慣らし程度で標高約2300mの太郎平小屋に宿泊、11日に薬師岳の山頂へ立ちました。さらに、その日は太郎平小屋に連泊、12日に黒部五郎岳山頂を目指し、北ノ俣岳・赤木岳・中俣乗越を経て黒部五郎岳山頂へ。

 さらに、黒部五郎岳の大カールの縁を一気に下って黒部五郎小舎に宿泊。小屋は満杯で寝るところがなく、食堂にふとん1枚で二人という状況で寝さされました。まあ、お盆の混雑時期に寝る場所があるだけましというところです。

 13日は休養日といった感じで、移動は双六小屋まで。笠ヶ岳山荘までは到底たどり着く自信がありません。そして、14日は笠ヶ岳山荘へ移動して、笠ヶ岳の山頂に立つことが出来ました。15日早朝から赤子も恐れるという程日本一急登九十九折りの笠新道を下山。昼前に新穂高温泉に到着しました。

 天気は14日までとても良くて、北アルプスの主役たちが素晴らしかったのですが、笠ヶ岳に着くころからガスがかかりはじめ、15日の下山時には最後の方で雨も降りました。しかし、ほとんどが晴れていたので、今回の縦走は「黒部の奥座敷」が自分を受け入れてくれたのだと、感謝です。



 これで、日本百名山は93座、あと7座を残します。





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折立登山口



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太郎兵衛平続く木道



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薬師岳2926m山頂に立つ



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薬師岳山頂から見た、これから行く黒部五郎岳と笠ヶ岳。その向こうは、乗鞍岳と御嶽山



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黒部五郎岳



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太郎兵衛平と薬師岳



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北ノ俣岳より。中央は御嶽山、左は乗鞍岳



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黒部五郎岳へ続く稜線



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12日、黒部五郎岳山頂に立つ。後は薬師岳。ここまで薬師岳から丸1日以上歩く



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13日、黒部五郎岳大カール。反対側へやってきた



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ここから二日歩いて、あの笠ヶ岳の天辺を目指す



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三俣蓮華岳山頂にて。後の谷は、黒部川の源流最初の一滴が始まるところ。右は鷲羽岳、中央やや左は水晶岳




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14日、笠ヶ岳山頂ゴール









 
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11月21日の御嶽山

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11000m上空から見た御嶽山。右上に乗鞍岳、さらにその上が北アルプス
 
 
 平成26年11月21日(金)午後1時前頃、羽田発松山行きの飛行機・名古屋上空手前から御嶽山が見えた。
 この日は西風が強く、噴煙は水平に近い感じで、東へ棚引いているような感じだったが、まだまだ噴火の勢いは止まっていない。
 
 高気圧が広く本州付近を覆っており、南アルプスもよく見えた。
 
 
 
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中央部から左下へ繋がっているのが、南アルプス主脈。中央やや上が、北岳・間ノ岳などの白峰三山。遙か彼方、左上の雪をかぶっているのが北アルプス
 
 
 
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中央部が間ノ岳、やや右上が北岳、さらにその上が甲斐駒ヶ岳。左は仙丈ヶ岳
 
 
 
 
 
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伊豆大島・三原山

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 10月29日の三原山
 
 
 平成26年10月30日(木)、早朝から伊豆大島の三原山に登ることになった。
 そもそも山の登る予定は全く無かったのだが、29日にジオポイントとして三原山を見に行ったときに、遠くからしか眺めることが出来なくて噴火口とか三原山中央部の様子はよくわからなかったため、改めて登山をして確認しておこうということになったからだ。
 
 山へ登る予定がないのでみんな服や靴など準備をしていないのだが、足下が舗装されているようで、その道が噴火口まで続いていると土産物売り場のおばさんが言っていたらしく、有志が朝早く起きて朝食までに帰ってくると言うので同行したのだった。
 
 しかし、こともあろうか、夜中に4回ほど地震があって、そのうち2回は気がついて目が覚めたのであるが、震源を調べてみると伊豆大島だった。つまり、三原山付近で噴火の兆候があるのかもしれない、とも考えられやや登山が不安になったのである。
 
 朝5時起床、5時半にホテルロビー集合ということで、6名が参加した。
 やや早めの行動で、三原山登山口の広い駐車場に5時45分頃到着、すぐに歩き始める。なんか、6名が競争のように早足で陥没したカルデラ内の噴火口平原を歩いて行く。
 
 
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早朝の三原山登山口前付近
 
 
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30日の三原山。剣が峰付近にガスがかかっている
 
 
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噴火平原を噴火口目指して歩く
 
 
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ところどころシェルターが設置してある
 
 
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しばらく行くと、三原山山頂の雲が焼けてきた。山頂からのご来光を期待して、心がワクワクする
 
 
 約1kmくらい歩くと、中央噴火口の登りとなり、それを10分ほど登ると噴火口外周の稜線に到達。
 三原山の噴火を鎮めるために建立されたという三原神社やその鳥居、ゴジラ岩、避難施設などがある。
 
 そこから一端噴火口への道を進み、三原山噴火口内部を見に行く。
 三原山は噴火口全体から水蒸気が出ており、それは1カ所の噴火口から出ているというよりもむしろ、火口壁や平らな部分などいたるところから不規則に白い湯気が出ていると言った方が正しいのではないかと思われる。
 
 
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三原神社の鳥居もシルエットに見える。その右の岩が、ゴジラ岩
 
 
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登山口方向を振り返る。ここまで1km以上歩いてきている
 
 
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近年の噴火で出たと思われる溶岩の流れ跡が、黒くなっていた。まだ、植物は生えていない
 
 
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下から見えていた三原神社の鳥居
 
 
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ゴジラ岩
 
 
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三原山噴火口
 
 
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噴火口展望台にて
 
 
 火口部分で記念写真を撮った後、外周道路に戻りお鉢回りをする。
 この辺りになると、登山道は普通の山道という感じで、登山靴を履いていない自分にとってはやや足下を気にしながらの山歩きとなった。
 何回も上り下りを繰り返し、たくさんの火山観測用機器が設置されている火口周辺を進んでいくのだが、残念ガスで展望がなかなか効かなかった。
 
 道はジャリジャリの火山噴出物で一向に足下は安定することはなかったが、剣が峰を過ぎて、ガスの中に割れ目噴火口なども見え、鞍部に下りていったらほぼお鉢を1周していた。
 後は三原神社をお参りして、ガスの中を登山口を目指し噴火口の外側の道を下りていった。
 
 下るに従って、ガスはどんどん取れていき、やっぱり山頂だけががすっていたのかと思った。
 ホテルには午前7時45分頃、到着。三原山が噴火しなくて良かった。
 
 
 
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道の先端が、噴火口展望台だった
 
 
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噴火口付近では、地面からも水蒸気を上げている
 
 
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火口内部は砂砂漠となっている
 
 
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大島周辺部の海。山頂から海までは、ほんのわずかの距離だ
 
 
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三原山には10カ所以上の観測機器が見られた
 
 
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剣が峰へと続く道
 
 
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剣が峰山頂
 
 
 
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 三原山剣が峰山頂にて
 
 
 
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 剣が峰山頂付近の様子。右側に阿蘇中岳のような噴火口が見えるはずだが、ガスのためまっしろになっていた
 
 
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噴火を知らせるスピーカーだろうか
 
 
 
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火口の砂砂漠の方へ下ってきた
 
 
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三原神社まで1周して帰ってきたところ
 
 
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三原神社
 
 
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無事、登山口まで帰る。右上の建物は、ジオパーク展を休日しているらしい。観光客が80万人から20万人に減少しているため、平日は閉館。
 
 
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みやげもの店だったとおもわれる。閉鎖していた
 
 
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登山口駐車場。ここのみやげもの店は、日中営業している
 
 
 
 
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