氣癒会のご案内
氣癒会のご案内養生気功は気(生命エネルギー)を蘇らせます。
「心の免疫力」をアップし「体の免疫力」を高めます。
養生気功のアンチエイジング法で健康寿命を伸ばし、 医療・介護現場でお悩みの方を支援、 共に生涯活き活き現役ライフを目指してまいります。 私は幼い頃より身に起こる不思議を感じていました。
青春まっただ中、
21歳の5月5日交通事故に遭遇します。
2度目の闘病生活・・・・いや3度目です。
1回目は、この世に仮死状態で誕生した時期。
2回目は、7歳の春、医療ミスで小児結核で自宅療養の時期。
女性の最初の厄18歳までの命とささやかれながら育ちます。
1度目は、顕在意識の記憶はありません。
長女、次女が自家中毒で夭折したせいか、
食生活に厳しく育ちますが、天真爛漫の幼児期を過ごします。
≪食養生:医食同源の食生活を強いられて・・・≫
小学2年生の春から「命」を意識しながら闘病生活を送りますが、
比較的軽くてすみましたので、二学期から養護学校の寮生活となりました。
この時期から私は健康オタクになって行きます。
また、この時期からスピリチュアルな感覚が顕著なってきます。
人の心が表情から、しぐさからその人の心の動きが読みっとれるようになって行ったのです。
サイキック、予知感覚、想いが現実となる現象を
しばしば体験する ことになります。
三年生に進学すると、体育授業は木陰で、運動会はテントの中で見学です。
楽しいはずの遠足は、いつも養護の先生と一緒です。
目的地まで歩かず、途中、養護の先生と二人だけでお弁当を食べ、そのまま引き返します。
30分もしない内に、同級生に抜かれて・・・・・今でも惨めな私を思い出します。
6年生になるころには、
生きてやる!18歳以上生きてやる!反骨精神が芽生えます。
結核は国民病といわれた時代のことです。
女の厄18歳も無事過ぎさりますが、身体と心がソグワズ
想うように生きられない日々を悶々と過ごしていて・・・・・・
母親は私を生んで闘病生活で35の若さで他界≪私が小学1年の秋≫します。
商家の常か父は不在がち、姉は病弱、
継母と異母姉妹との成さぬ仲・・・・・
店のお兄ちゃんお姉ちゃんたちが唯一の慰め・・・・・
親からも親戚からも、
婿を取って跡継ぎを期待される重圧に押しつぶされながらの日々・・・・・
尼寺に行こうか?修道女になろうかとしていた時期に
交通事故に遇ったのです。
5月5日祭日の昼さがり、
出稽古の帰宅途中のことです。
軽い坂道に差し掛かった時、
自転車の少年が前方で歩道に沿ってはいるものの
時折、蛇行しながら走行しています。
私はアクセルがら右足を離して減速します。
と、彼が大きく蛇行して車道に出てきたではありませんか!
私はトッサに前のめりにブレイキを強く踏み込みます。
車が止まり、
彼はハンドルをもって片足を着いたまま後ろを振り返ります・・・・・
ホッとしたのもつかの間、
後ろから強い衝撃を受け!
私は、ブレイキをかけるのも忘れ車外にでます・・・・・
突然意識がモウロウとして来て、
車が徐々に左斜めに動きはじめています・・・・・
気が付いたときは、
ベットを斜めにして首を吊られていました。
![]() この3度目の闘病生活で、この世の不条理を感じました。
商家の跡取りとして重宝がられていた私。
私がいなくとも家庭は、世の中は、何事もなく営まれている事実!
病室から眺める夕日は、やけに明るく私を照らします。
治療法はけん引とアリナミンだけの闘病生活から
西洋医学の限界を知り東洋医学:気功と出会うことになります。
気功との出会いで、三度の闘病生活は、命までは取られず
今ココに命を繋いでいます。
それら、通るべくして起こった出来事で・・・・・
もろもろの不条理は、この世での学習だったのだと気づくのは・・・・・
半世紀余りを生きてきて要約理解できるものですね?
誰にも相談することなく・・・・・
大勢の人の中に居て
孤独を感じている人に支援するのが氣癒会(キユウカイ)の目的です。
訪れる方の心を癒す場であることを願って運営しております。
お気軽にお越しくださいネ。
ご訪問をお待ちしております。合掌
あなたの体が目覚める「癒しのリズム功」
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2012/11 第20回日本慢性期医療学会福井大会 優秀賞受賞
『“心の緩和ケア”に対する積極的な癒しを求めて』
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