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↑ 佐世保バーガーだよ〜ん!
最近、不思議な体験をした。それは私が通っている教会の祈り会での出来事だった。不思議と言って
も、超自然的なことではなく、それまで抱え込んでいた私の心の痛み(私のブログ参照)の一番苦しかっ
た部分をそこに集っていた皆さんの前で、告白したことによって起こったことだった。その時は、自分の
最も恥ずかしい部分をさらけ出すことになったので、かなり苦しく嫌な思いもした。しかし、翌日になっ
てみると、自分のすべてをされけだしたためか、かえって心はすっきりし、解放感を感じることができる
に至ったのである。その日以来、今まで過とらわれていた自分より学歴的・地位的に優れた人に対する
コンプレックスがあまり気にならなくなり、私は自分に与えられている務めをコツコツとこなしていけば
いいんだ、と思えるようになった。それと共に、また不思議なことに、私に与えらる仕事も多くなってき
た。今は、その仕事をこなさなければというプレッシャーを感ずるほどで、毎日、祈りつつ歩んでいる次
第である。神様のなさることは私たち人間の理解を超えているけれど、時にかなって美しい。
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まさしくそうですね。これは大変示唆に富む「証し」です。自分をさらけ出すことは、受け止めてくれる人がいれば人は「自由」を勝ち取れますね。いかにこの世の中が「さらけだす」ことに対して困難な社会か、そのことを感じます。
2007/7/14(土) 午後 9:31 [ kabanotakara ]
久しぶりです。kaba先生のところでお元気なったことを読んでやって来ました。主の祝福を祈ります。
2007/7/14(土) 午後 11:35
ハレルーヤ!主に感謝します。
主はタラントの分の仕事を求めていますから、背伸びすると苦しみます。
自分に求められている使命に忠実であれば、主に忠実であろうとすれば祝福されるでしょう。
主は心を見ておられ、結果でなく過程を、心構えを見ておられる様に感じます。
職分は主が与えるものであり、こちらが求めるものではありません。
主が愛した羊を、主を愛する者に飼わせるのが牧師が誕生する時です。牧師を目指して信仰生活するとかはないのです。
神が職分を与えられます。感謝します。
2007/7/15(日) 午前 5:07 [ TERU-HIDE@初日 ]