最近、なぜか読書をする時間ができ、感謝しながら好きな本を読んでいる。
今、はまっているのは、「イエスという男」(田川建三著、1980年、写真
参照)である。この本を手に入れたのは、もう20年以上も前で、今まで何度
も読もうとトライしたのだが、その度に挫折してきたいきさつがある。しか
し、今回は今までとは違って、かなり読み進めている。全体が350頁余り
で、現在120頁ぐらいまで読むことが出来ている。どれほどその内容を把握
できているかはさておき、私としてはかなりよく読めている方だと思う。
今回、この「イエスという男」という本を読んで一番心引かれるのは、田川氏
の十分な歴史認識に基づくイエス像の再構築作業である。いったいこの本を書
くためにどれほどの研究をされたのだろうかと驚かされる。田川氏自身が書い
ておられるように、この本は足掛け8年のさいげつをかけて書き上げられたも
のだそうである。その最中に、アフリカの神学校で2年間の教鞭をとるという
経験もあったとある。
この本を読んでいると、今までの自分の聖書解釈がぼんぼんの青二才的なも
のに感じられる。何よりも、イエスが「歴史の中で生きられた一人の人間」と
してとらえられているのが私の心をうった。そして、そのイエスは宗教的な英
雄としてこの世に来られたのではなく、中下層の被支配階層として生きられ、
当時の支配階層であるユダヤ教指導者たちを鋭く批判していった人だった。そ
の結果、ユダヤ教指導者層から殺害へと追いやられていったのだ。「イエス様
は、私たちの罪のために十字架に架かって死んでくださった」という初代教会
の信仰告白に安易に行きつかず、イエスの生と死をよりリアルに(歴史的に)描
こうとする田川氏の姿勢に私は共感する。そして、現代の教会の教理的・倫理
的信仰理解を暗黙のうちに批判的に問うている所がまた痛快である。もちろ
ん、「君のイエス理解は本当にそれでいいのかい」と私の心に問いかけてくる田
川氏の声が幻聴のように聞こえてくるのもまた隠せない。
まだ読み終わるのにかなりかかりそうだが、読み進めば、きっともっと深い
信仰的問いかけと問題提起を与えられると思う。この続きを書ければ幸いであ
る。もし、この本を読み終えることができたら、次には、「聖書のイエスと現
代の人間〜田川建三「イエスという男」の触発による」(滝沢克己著、1981
年)を読みたいと思っている。これらの本の読後感想文をこのブログに載せら
れたらと願う。
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田川建三氏に出合われたようですね。この「イエスという男」は名著です。私のてもとにあるこの本はもうボロボロになりました。何回も読みました。私の座右の書の一冊です。この本から滲み出てくるイエスのリアリティは、おおよそ教会で語られるイエスとはことなりますね。彼の「宗教批判をめぐる」(上下)も魅力的な本です。キリスト教界は彼のようなマルキストの視点をしっかり捉えていく必要がありますね。滝沢克己氏や八木誠一氏の神学論争は田川氏とは異なった次元のものですね。それぞれに示唆に富むものがありますが・・。
2009/4/4(土) 午前 8:04 [ kabanotakara ]
カバ先生、本当にこの本は名著だと思います。私のような信仰者にもその歴史的イエスへの肉薄感はひしひしと伝わって来ます。最後まで読んでいないので今後の展開が期待ですが、イエスが歴史の中に突入してきた出来事から目をそらさずに読み進んでいきたいと思います。「神の言が肉体をとった」というヨハネ福音書と一致している聖書解釈が、田川氏のヨハネ福音書批判に反しているところが皮肉な点だと思います。
2009/4/4(土) 午後 1:20 [ 神様カンパニー ]
滝沢克己氏はバルトと西田幾多郎に強い影響を受けた人ですが、彼の言う「インマヌエル」(神われらとともに在す)が八木氏の「キリスト論」と長年の論争に発展しましたが、滝沢氏の神学は八木氏と異なって決して抽象論に終わらず九大の大學闘争でハンガーストライキの実践の「凄さ」に結びついている点に尊敬の念を感じています。
2009/4/8(水) 午前 10:00 [ kabanotakara ]
九大の学生紛争と滝沢氏は関わりがあったのですか?知らなかったです。私が学んでいた西南大学の神学部には、滝沢氏の弟子にあたる寺園善基先生という方がおられまして、バルト神学を研究し、教えておられました。私も、カール・バルトにはひかれるところがあり、E・ブッシュ著の「カール・バルトの生涯」という本を読んだことがあります。ただ、バルトの書いた教会教義学の和解論(日本語訳)を本棚にそろえはしたものの、なかなか読み進むことが出来ずにいます。いつか読んでみたいと願っています。
2009/4/10(金) 午後 10:59 [ 神様カンパニー ]
読みたくなりました。田川さんの名前は図書館で良く見かけますが、まだ読んだことはないと思います。歴史の中に来られたイエスというテーマが興味をそそります。
2009/10/7(水) 午後 9:24
実は、「イエスという男」はまだ完全には読み終えていないのです。ただ、途中まで読んでいて、その研究の緻密さ、また田川氏の独特な信仰理解に強く引かれるものがあります。「ラディカル」という言葉がふさわしい聖書学者だと思います。いつくしみさんも良かったら読んでみて下さい。でも、もしかしたら自分の信仰を問われるかもしれませんけれど…!
2009/10/8(木) 午後 10:00 [ 神様カンパニー ]
私も、30年近く前にこの本に出会い、キリスト教観ががらりと変わりました。それまでの、自分の信じていたものが、甘ちょろい偽善的な信仰であることに過ぎなかったことが分かってきました。
2009/12/25(金) 午前 4:03
えこマッキーさん、ご訪問ありがとうございます。その後、田川先生の本を読み進むことができず、別の本を読み始めてしましました。最近は、祈りに関する本を読んでいます。加藤常昭氏の「祈りへの道」という本が最近のお気に入りですね。
2009/12/26(土) 午後 2:02 [ 神様カンパニー ]