|
私は、一人っ子なので、兄弟喧嘩をしたことがない。父と母は、「一人っ子は人間関係が希薄だから、
いかん」とよく私に言ったものだ。物心ついてからは、その父と母に、「じゃあ、どうしてもう少し頑張
って、兄弟を作ってくれなかったの」と問いかえしていた。
が、やはり一人っ子は喧嘩下手で、人との関わり方が上手くないというのは当たっているかもしれない
が、しかし、これは運命だからしかたないとおもうしかない。
私は、子供の頃からかなり背が高く、いつも後ろから2番目の位置にいた。でも、必ず私よりも大きな
奴が一人いたのも事実だ。
中学3年の頃、スポーツも割りとでき、勉強もまあまあできて、学級委員などもさせてもらった。そん
な時だった。きっと他人から見たら小生意気だったんだろうが、学年でドスの聞いた連中に呼び出され、
囲まれた。「おまえ、おおちゃくいぞー!お前のせいでクラスが息苦しいんじゃ」とかいちゃもんをつけ
られた。その時私は、「別に悪気があるわけじゃやないし、気にさわっているなら謝るよ」と言って、そ
の場を逃れた。
次にからまれたのは、高校1年生の伊豆旅行の時だった。西南高校の私の学年には、あの有名な陣内孝
則君がいた。彼は、高校の頃から目立っていて、文化祭やいろいろな音楽祭でボーカリストとして歌って
いた。伊豆旅行の時も、各クラス対抗の出し物があって、陣内君も歌った。しかし、運悪く、その直前に
私も違うクラス代表で友達のギター伴奏で歌ったのだ。会が終わり、就寝の時間になり、それぞれの部屋
に分かれてしばらくした時だった。
「おい、この部屋に、Yはおるか?」と隣のクラスの一人が声をかけてきた。私は悪びれず、「ここ
におるよ」と答えてしまった。すると相手は、「ちょっと俺たちの部屋まで来てくれへんか」と言ってき
た。その時、これはやばいと気がつけばよかったのに、私はのこのことそいつについていってしまった。
ある部屋のドアが開いたかと思うと、突然中から一人の男が力任せに私の腕を引っ張り、部屋の中に引
き釣りこんだ。そして、間髪をいれず、パンチやキックを浴びせてくるのである。そんなに殴る蹴るの暴
行を受けたわけではないが、相手のどこかに私の唇が当たり、そこから出血してしまった。相手は、その
血を見て動揺したのか、一瞬動作が止まった。その時、その部屋の中を眺めてみると、7〜8人の男たち
がいたのがわかった。もし、反撃されたら助けに入ろうとでも考えていたのだろう。
その後、最初に殴りかかってきた奴が、「立て」と再び挑発してきたので、「俺は喧嘩はせん」と言っ
て座ったままでいたら、他のもう一人が、「あとくされがないようにせいよ」と言った。そして、その部
屋から出ることを許されたが、自分の部屋に帰ってから、悔しいやら情けないやらで、その夜はあまり眠
れなかったのを覚えている。
しかし、この私に襲いかかった連中の顔ぶれを考えると、私も大きな反省をさせられる。それは、彼ら
に対して、日頃から、「なんやこの不良らめ」といったネガテイブな見方をし、彼らを見下していたとい
う内面的な事実がある。きっと彼らはその私の心を見抜いていたのだと思う。彼らは俗に言う「不良」的
に見えたかもしれないが、その生活の中で、どれほど苦労していたかを察することができなかった自分の
幼さを感ずる。
|