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東京都の舛添都知事が政治資金の不正支出で辞任した。
内容としては自分のお財布代わりにしたものばかりで、本当に程度の低いものだが、それでもそのやり方自体が倫理に外れた、信任にそぐわない、もっと言えば裏切りに近いものだと思う。
しかしながら、それでもここ最近の報道に関しても辟易した。やれ、このコーヒー代はどうだの、サンドイッチ代はどうだの、はっきり言ってそこをいつまでもニュースで扱うべきかと思った。
確かに、詳細は明らかにしないといけない。しかしそれを一々最優先で報道することではなく、本当の『第三者』の検証チームがやるべきことで、報道としてはもっと根本的な法体系に及ぶところを扱うべきではないか。
また、舛添元知事の資質に関しても、どうしてこのような人物が選ばれたか、そこをもっと見るべきだと思う。悲しいことに、次の候補者に関しても、果たして都政を担えるのか、というところで選ばれるのではなく、やはり知名度=インパクトが優先されている。橋下元大阪市長や、東国原前衆議院議員等、何故この人が東京都政なのかと首をかしげる。首長経験を見て、という建前ではあるが、首長経験者で在野の人物は他にいくらでもいる。それなりに功なり名を挙げている人物もいるにも関わらず、こういった人物が報道でリードされるのは、明らかにインパクト、それも奇異的なものでしかない。
官僚出身者として名前が上がる櫻井俊前総務省事務次官に関しても、やはり『櫻井パパ』として名前を挙げられている。地方自治を管轄する総務省の事務次官であったことは『櫻井君のパパが都知事』という事実を作りたいマスコミのエクスキューズに陥ってしまっている。本来はこの理由こそが第一にこなければならないのに。
やはり、本質的に日本人の選挙に対する考え方の根本的なところに問題があるのだろう。果たして舛添元知事を選んだことを都民の無責任と責める巷間の人たちも同じ。当然、自分自身も反省すべきところがある。
自分は、今ある集まりの会計的な立場を任されているが、近々の会計を参考しようとすると、当時のトップの『他人に厳しく、己に甘い』、一歩間違えれば私的流用とみなされてもおかしくないような会計処理が多く出てくる。
では、それを皆が看過しているのかと言えば、そうではなく、つまり『興味が無い』、自分たちが出資して構成されている資金に関して、誰も興味を持たない、もっと言えばそのトップすらこれが『お金』であるという認識がないのだ。
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