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巷間では昨日の参院選挙の投開票の結果に話題が割かれている。
けれども、今日は大分以前の話になってしまったが、イギリスのEU離脱について書きたい。
というのも、日頃より自分の頭を整理するためにこういった記述も必要かなと思う反面、やれ自分のことを右翼だー、右翼だーと言う人間に対して、違うという事を示したい、それならば相手にどう伝えられるか、ということへのトレーニングにしたい。
この相手、以前憲法記念日に参加したタウンミーティングで自分が『憲法に自衛隊の存在を明記すべき=憲法改正すべき』という一言だけを切り取って、軍を持ちたがる右翼だとレッテルを貼ってきた。
自分の本位は現行憲法では武力を有さないとしているにも関わらず、明らかな武力である自衛隊の存在を論議するのは水掛け論だ、それならば一度、きっちりと明記してから論じなければ進展がない、と言うことだったが、どうやらこの人物の頭の中は『憲法改正=右翼』らしい、右翼だ、右翼だと囃し立てられてしまった。
そこから、調子に乗ったのか、その人物、地元新居浜の祭りが大好きなのだが、領土侵害を祭の喧嘩に例えて、
『例えばですね、祭りで喧嘩したからと言って、太鼓台を獲られたとかそんなことはないんですね。祭りの時だけであって、それが終わったら仲良く酒を飲むんですね。だからいくら相手が領土入ってきたからと言って、そこが獲られるということではないんですね』
と言っていたのには閉口した。どこぞで聞いた、『ISISの皆さん、酒でも飲みかわして語り合いましょーよ!』とSNSにアップして、『イスラム教徒は酒を飲まない』と返された話を思い出した。
しかし、そういった相手にも分かり易く話が出来ることには越したことはない。
というわけで、この人物が好きな祭りにかけて、自分の所感を書こうと思う。
例えば、愛媛の祭りを皆で盛り上げようとする。新居浜太鼓台祭りは盛況だ。一方、お隣の西条のだんじり祭りはイマイチ集客が悪く、だんじりが減っていく。(西条の方、仮に見たらごめんなさい。例えで、現実は全然そんなことないです)
そこで、新居浜に『西条を手伝ってください』と依頼がある。西条のだんじりと一緒に祭りして下さいと。そうしたら、西条でも太鼓台担げて盛り上がりますよ、お客さんもたくさん集まりますよ、と。
最初は盛り上がるや!と承諾して西条のだんじりと一緒に祭りをしていたが、段々『西条さんのために日程を合わせてあげてください」、『西条さんのだんじりを修理するお金がないらしいので、新居浜さん肩代わりしてあげてください』、『担き夫があまっているので新居浜の太鼓かかせてあげて下さい』となってくる。
結果、自分達が本来するはずの日程で祭りが出来なくなり、負担したお金で直すはずだった太鼓台は後回し、西条から担き夫を入れたために、新居浜の人が太鼓をかけなくなってしまった。
しかもよくよく考えると、これらを言ってきてる松山の人間は自分の祭りだけはしっかりと守ってる、みたいな感じでしょうか。
走り書きなので、イマイチですが、今度会った時に『EU離脱する意味わからんけん!』とか言ってたら教えてあげましょうかね。
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日記
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東京都の舛添都知事が政治資金の不正支出で辞任した。
内容としては自分のお財布代わりにしたものばかりで、本当に程度の低いものだが、それでもそのやり方自体が倫理に外れた、信任にそぐわない、もっと言えば裏切りに近いものだと思う。
しかしながら、それでもここ最近の報道に関しても辟易した。やれ、このコーヒー代はどうだの、サンドイッチ代はどうだの、はっきり言ってそこをいつまでもニュースで扱うべきかと思った。
確かに、詳細は明らかにしないといけない。しかしそれを一々最優先で報道することではなく、本当の『第三者』の検証チームがやるべきことで、報道としてはもっと根本的な法体系に及ぶところを扱うべきではないか。
また、舛添元知事の資質に関しても、どうしてこのような人物が選ばれたか、そこをもっと見るべきだと思う。悲しいことに、次の候補者に関しても、果たして都政を担えるのか、というところで選ばれるのではなく、やはり知名度=インパクトが優先されている。橋下元大阪市長や、東国原前衆議院議員等、何故この人が東京都政なのかと首をかしげる。首長経験を見て、という建前ではあるが、首長経験者で在野の人物は他にいくらでもいる。それなりに功なり名を挙げている人物もいるにも関わらず、こういった人物が報道でリードされるのは、明らかにインパクト、それも奇異的なものでしかない。
官僚出身者として名前が上がる櫻井俊前総務省事務次官に関しても、やはり『櫻井パパ』として名前を挙げられている。地方自治を管轄する総務省の事務次官であったことは『櫻井君のパパが都知事』という事実を作りたいマスコミのエクスキューズに陥ってしまっている。本来はこの理由こそが第一にこなければならないのに。
やはり、本質的に日本人の選挙に対する考え方の根本的なところに問題があるのだろう。果たして舛添元知事を選んだことを都民の無責任と責める巷間の人たちも同じ。当然、自分自身も反省すべきところがある。
自分は、今ある集まりの会計的な立場を任されているが、近々の会計を参考しようとすると、当時のトップの『他人に厳しく、己に甘い』、一歩間違えれば私的流用とみなされてもおかしくないような会計処理が多く出てくる。
では、それを皆が看過しているのかと言えば、そうではなく、つまり『興味が無い』、自分たちが出資して構成されている資金に関して、誰も興味を持たない、もっと言えばそのトップすらこれが『お金』であるという認識がないのだ。
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新年が明け、仕事も始まった。
自分なりに心機一転し、活発な行動を興そうとと心がけ走り始めたつもりだ。
しかし、心は暗澹たる気分が少しずつ染み入っている。
本来幸福であろうことが、重責となって肩に重くのしかかる。
決心をしたはずだ。これまでに起きたこと、そしてこれからも起こることに心根を変え、泰然と向かうことを。
だが、外ではやはり気を張り詰め、身を粉にして働き、家に帰り安寧の気持ちをいくらかにでも得たいと思うのに、そこでも待っているのは気を張り詰めなければならない空間だ。
自らが築き上げ、哀しげな面持ちで、こちらの微細な挙動にすら不快感を示し、張り詰めた空気に耐え切れぬ嘆息を狂乱のもとに罵倒する。
自分は人間ではないのだろうか、どのような対象として見られているのだろうか、寄り添うことが足りないというのだろうか、仕事という切り離せないものを削ってでも寄り添おうとしているのに、何か一欠けらでも欠けると全てを否定してくる。
鉄面皮となり、終始歩調を合わせ、相手の都合に何もかも合わせ、これ以上の持つものを失えというのか、気が付けば守ろうとしているものすら失ってしまう恐ろしさがそこにはあるのに、短絡な考えしか感じられない。理解を求め、理解をしない。
幸福であるはず場所は幸福ではない。
何もかもが嫌になってくる。気力は湧き出ない。それでも歩いて行かなければならない。時に逆らいながらも。
いついかなる時も身を削っている気分だ。
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思ったことを書きなぐり。 |

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このブログもかなり放置していまい、気付けば軽く5年を経過。 |

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