上高地から無事帰り、いつも私のブログを見に来てくれる、
ままさんのブログを見に行くと、とても素敵な記事に出会うことができました。
それは、ままさんのお友だちのあーちゃさんが記事に載せていたもの。
"感動FLASH「Walking tour」"
私は、とても感動しました。
やっぱり、父のことを思い出して。。
でも、"あぁ、きっと、こんな風に、私のこと、見ていてくれてるんだなぁ・・・。"
と思いました。
少し、嬉しくなりました。
小さい頃は、人が亡くなるということが、よくわかっていなかった。
まずは、おばあちゃん(父の方の)。
でもこの時は、あまり、悲しいという感情が、なかったね。
ごめんね、おばあちゃん。
もっと、おばあちゃんと一緒の時間を過ごせたら、
きっと、沢山の思い出を、作れたのかもしれないけど。。
あんまり、一緒に過ごせなかったね。
この時私は、小学生4年生。
次は、お姉ちゃんのお友だちの、お兄ちゃん。
小さい頃、よく一緒に遊んでもらっていたみたい。
あまり、よくは覚えていないのだけれど。
19歳、だったかな。。とても若くして、亡くなってしまった。
聞いた時には、信じられなくて。。
でも、お葬式に行って、そのお兄ちゃんの写真が前に置かれていた時には、
それが現実だということが、少し、わかった。
でも、その時は、まだ、よくわからなくて、
帰りの車の中で、涙が、ぽろぽろぽろぽろ溢れてきた。
その時、お父さんが、運転をしながら隣で言ったんだ。
「○(私)とお姉ちゃんは、ずっと、仲良しでいるんだよ。」って。
その言葉に、私はよけい、涙が止まらなかった。
この時私は中学2年生。
そして、最後に、お父さんだった。
だいたい、2年半前のこと。
お父さんは、亡くなる10年前から病気で、
私が小学1年生の時に、大きな手術を受けた。
定期的に病院へは通っていたけれど、
何事もなく、過ごしてきた。
でも、とうとう、足を止める時がきたんだね。
この時私は、高校3年生。
でも、私は、必死だった。
もうこの頃には、体調を崩していたから、
一つ一つの式を、娘としての役割を果たすのが、精一杯だった。
本当は、もっと、もっと、悲しんで、送ってあげられたら、
よかったんだけど、私は、自分のことで、いっぱいいっぱいだったよ。
いつ、悲しんだんだろう。。
いつ、涙を流したんだろう。。
それも、あまり覚えていない。
でも、心の傷としては、残ってる。
お父さんはそんな残され方、嫌だと思うけど、
私の心には、しっかり、残っているんだよ。
この傷がいつか、傷から、何かに変わるといいね。
きっと、お父さんは見ていてくれるはず。
あーちゃさんの "感動FLASH「Walking tour」" を見て、そう思った。
亡くなった人の世界なんて、わからない。
でも、きっと、こんな感じ。
きっと、応援してくれてるんだ、と、思えた。
だから、 "ありがとう。" ありがとう。
この記事を見て、私と同じように心が救われる人がいるといいな。
また明日、上高地での記事を、書きますね(^-^)
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