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プラハのカレル橋は時間帯によって全く姿が変わります。 観光客向けの絵描きさんお土産屋さんや大袈裟な楽器を奏でるおじさんもいました。 モルダウ川には観光船も行きかっています。 気球も飛んでいますね!天気にも恵まれ、すばらしい光景でした。 ちなみにカレル橋の向こうには古きプラハ城へと続いています。 歴史を感じる道です。 |
→ウィーン&プラハ
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プラハ到着の翌朝、朝のお散歩に出かけました! プラハの朝は霧が立ち込める幻想的な朝でした。 ホテルを出て、かの有名なカレル橋へ。 ものすごい霧で全容が全く見えません。 5m先がもう真っ白なのです。 とはいえ、朝、昼、晩でその姿を変えるカレル橋。 早朝の霧のカレル橋は味わいがあってよかったです。 早起きしたかいがありました★ カレル橋はチェコ共和国の首都、プラハに流れるヴルタヴァ川(モルダウ)に架かっている橋である。 カレル橋チェコ語でKarlův most、英語ではCharles Bridgeと呼ばれる。ヨーロッパに現存する最古の石橋。神聖ローマ皇帝カール4世の治世下1357年に建設が始まり1400年に完成した。1841年までプラハ旧市街とその周囲をつなぐ唯一の橋であった。また、西欧と東欧の交易ルートとしてプラハが重要な地位を占めるようになった。最初は単に石橋、プラハ橋と呼ばれていたが1870年よりカレル橋と呼ばれるようになった。 橋の長さは516メートルで幅は10メートル。16連のアーチから構成されている。また橋を守るために3つの塔が建てられておりとくに旧市街側の塔はゴシック様式の建築として名高い。橋の欄干には15体ずつ、合計30体の彫刻が並んでいる。その多くはバロック様式である。カトリックの聖人ヤン・ネポムツキー像の基部にあるネポムツキーのレリーフに触れると幸運が訪れるといわれ多くの人に触られたためつるつるになっている。 |
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ハシェクの小説の主人公シュヴェイクという兵士がお店のトレードマークになっています。 お店は地下鉄C線のI.P.PALOVAという駅から近いです。 通りを歩いていくと看板が光っていてすぐにわかります。 お店に入って席に着くと、何も言わずにビールが出てきます。 女性は日本で言う中ジョッキよりやや大きめのグラス、そして男性は それよりも一回り大きい特大サイズのビールがやってきます! お店の中はメニューも壁も、グラスもコースターも全て兵士シュヴェイクだらけで とってもかわいいです。 が・・・、ビールの量とお料理の量はたくましい限りです。 お料理は白アスパラガスとポテトのサラダ、あひるの煮込みを頂きました。 ボリューム満点です! かなりの水分量ですが、しっかり平らげました! このお店はキャラクターが入ることもあり、結構観光客向けのお店のようです。 ビール1杯は60コルナ〜(1コルナ=約5円) 初日からプラハのビールをしっかい楽しむことができたぁっという 変な満足感に浸りながら宿に戻りました★ http://rcm-images.amazon.com/images/I/11sA4nGBXQL._SL75_.jpg TOKYOカフェgrown-up 極上のビールを飲もう! (エンターブレインムック) |
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プラハへついて間もなく、ホテルに荷物を置いてすぐに街に出かけました。 一番初めに出かけたのは、旧市街のほう。 これは市民会館です。 1911年に建設されたアールヌーボー様式のコンサートホールです。 ここでは、毎年あの有名な『プラハの春音楽祭』が開かれます。 ピルスナー・ウルケルのロゴが入った専用グラスで頂きます。 この黄金の輝き、透明感☆☆☆ 詳しい値段は忘れましたが1杯約200円〜300円くらいでしょうか。 日本と比べるとだいぶ安かったと記憶しています。 これがとってもおいしかったー この旅、いや人生で最も美味しかったビールかもしれません。 温度、状態ともベストで切れ味もよかったです。 これからのプラハ・ビールめぐりとスタートとしては最高一杯でした。 All Abouより ピルスナー・ウルケルが誕生したのは、1842年、チェコの首都プラハの南西約100kmに 位置するピルゼン(プルゼニュ)という町。 13世紀から15世紀に、ヨーロッパの都市と商業の発展とともに生まれた産業としてのビール醸造ですが、高品質のビールを大量生産するには、ビール醸造の知識や技術はもちろん、醸造のための設備も必要です。19世紀初め、ビールの品質はまだまだ粗悪なところが多く、高品質のビールを造ることは決して簡単なことではありませんでした。 それは、ピルゼンの町のビールも同様。ピルゼンのビール醸造職人たちは、自分たちの造るビールの品質の安定と向上を模索していました。彼らが考えたのは、新しい醸造所を建設すること。そのために、ビール醸造仲間の1人で、建築家でもある若き青年マーティン・ステルザー氏をビール醸造所建築について学ぶ旅に出します。 そして1840年、旅から戻ってきたマーティン氏により、ピルゼンに近代的な醸造所が建てられたのです。さらに、マーティン氏の旅にはもう1つ成果が。下面発酵ビール(ラガータイプ)の技術が開発されたドイツ・ミュンヘンから、ビール醸造の技術者を連れてきたのです。 1842年、ついに黄金色に輝くピルスナー・ウルケルが誕生。今でこそ、私達のビールのイメージは淡黄金色ですが、当時のビールは褐色や濃褐色だったため、黄金色に輝くビールを目にした当時の人々はとても驚嘆したそうです。 ○この土地で育つ大麦とホップが、非常に高品質であったこと。 ○ ピルゼンの水が、ヨーロッパでは珍しく、カルシウムの含有量やアルカリ度の低い軟水で、ラガー酵母との相性がぴったりだったこと。 この2つの要素が世紀の大発明につながったことは、後になって分かったことです。しかし、当時の時代背景を考えれば、これこそ、良いものをつくりたいという職人気質が生み出したビール。最高品質のピルスナー・ウルケルが誕生したのは、美味しいビールを造りたいというピルゼンのビール醸造職人たちの熱意の賜物です。 |
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市場を後にして、ウィーンから次の都市チェコのプラハへ移動です。 移動手段は列車。 ハンブルク行きの列車に乗ります。 到着はプラハ・ホエショビチェ駅へ。(東欧の地名は難しい・・・) 田園風景が続きます。 |




