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めざせ愛書家

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この数年、読書量が激減していたのだが、ちょっとしたきっかけがあり、少し前からけっこう読んでいる。

読み始めてみると…、やっぱり、いいですね。ホンはホントにいいものだ。
ところで、読書の習慣をもう一度、ということになって、私はひとつ、思いついたことがあった。

かつての私は、本というものを非常に乱雑に扱っていた。これは、ここにも何度か書いたことがある。恥ずかしながら、なんて前置きをしておいて、むしろ自慢げに書いていたようなところもあったかもしれない。今となっては、そっちの方がよっぽどお恥ずかしいのだが。やはり、そこはそれ、若かったというか青かったというか、そんなところだろう。

んで、今回、読むにあたって、私は
「ひとつ、この本を丁重に扱ってみようじゃないか」
と思ったのである。腰巻も取らない。カバーも取らない。落書きをしない。ページを折らない。テーブルや机に、読みかけの本を伏せて置かない。飲食の際は遠ざける。

なんだそんなこと、基本ではないか!なんていう声が聞こえてきそうだが、上記のすべて、私はことごとく破ってきたのだ。罪悪感すら感じたことはなかった。

ちょっとだけ弁明させていただくと…というか、これは本当にここまで書いて気がついたのだが、私がもうひとつ、頻繁に扱ってきた紙類に、「楽譜」というものがあった。
これはもう、音楽をちょっとでもかじったことのある方ならお分かりのように、ともかく「演奏する」ために見るものなのである。当然、譜面台に立てっぱなしでもページが固定できるよう、曲が進む傍から逆関節技を決めたり背表紙を横に折ったりして痛めつける。演奏しながら素早く譜めくりをするためにページの端を折る。書き込みなんか当然だし、…あ、飲食物に近づけない、くらいはやっていたかな。

まあこんなのは本当に下手な言い訳に過ぎなくて、だって私は、楽譜はお風呂に持ち込んだことはないけど、文庫本とは平気で一緒に入浴していたからなあ。ともかく、読めりゃいいんだと、開き直っていたのだと思う。

ということで、腰巻もカバーもつけたままの文庫本を、こわれものでも扱うようにそーっと(笑)読み始めたのだが、やっぱり、カバーが邪魔である。どうやってこれを外さないで最後まで読めるんだ?!

外側にもう一枚、何かを被せればいい!!

これに気づいたときには、天才じゃないかと思いました。すごいぞ私。
気に入って、絵だけ取っておいた古いカレンダーで作りました。読むたびに、本の内容はもちろんのこと、ああやっぱり本はいいなあ、このカバー大成功、やっぱり私って天才だ、と、何重もの喜びに浸っている私。本を大事にしようがしまいが、お目出度いことには何の変わりもない。
ついさっき、田辺聖子さんの訃報を知りました。

私が田辺さんの本を読んだのは、多分、佐藤愛子さんのエッセイがきっかけです。
そういえば、いくつか前に、クイーンの記事を書きましたが、その中に佐藤愛子さんの話が出てきています。なんだか、そんなことにも因縁を感じてしまいます。それくらい、私の中で、田辺さんと佐藤さんは、セットになっていました。それぞれのエッセイでの抱腹絶倒のやりあいや、たしか対談の本もあったと思いますね。山藤章二さんの似顔絵つきで。


田辺聖子さんは、非常にレパートリーの多い作家さんでした。
現代小説はもちろん、エッセイ、時代もの、歴史小説、古典文学評論など…。


ですから、著作の中から、これだ!という一冊を選ぶっていうのはとっても難しいのですが、でも私が圧倒的に好きなのは
「新源氏物語」
です。すべてのジャンルの中でもこれです。この小説は、まさに「新」源氏物語。

紫式部の源氏物語。

あまりにも偉大すぎる、長い長いお話。書かれたのも大昔。当然、古文です。
タイトルはもちろん、あらすじとか、冒頭くらいは誰でも知っているけれど、だからどうしてそれが面白いの?!読むの面倒だし、入試の知識だけでいいや。…なんて、もちろん私もそう思っていた。
でも、それを、現代の私たちに、「普通の小説」として差し出してくれた、それが、田辺聖子さんの「新源氏物語」です。

なにも、難しいもんを、丁寧に紐解きながら読まなくたっていいのよ、そういうことは専門家に任せて、ただただ、物語を読む楽しみを味わって下さいな。

そんな、田辺さんの、読者への優しいお気持ちが伝わってきます。(たしか、あとがきに、そのようなことを書かれていたと思います。それを読み、いっそう感動したのを覚えています)
物語は、めんどくさい桐壷、藤壺あたりをすっとばして、空蝉あたりから始まっていたように思います。源氏物語っていうのは、ともかく女性がいっぱい出てくるんですが、その個性を、原作をゆがめることなく、でも私たちにも伝わるように生き生きと表現されている。ストーリーのテンポもいいので、ほんとうにすんなりとその世界に入っていけるような物語になっています。

そして私は、同じ平安時代の、紫式部のライバルといわれている清少納言のことを書いた「むかし・あけぼの」もすごく好きです。


そういう心細やかな、麗しい描写をする一方で、カモカのおっちゃんとの下ネタ話をあけすけに語るエッセイ。こっちも大好きでした。中学時代、親には内緒で何冊も何冊も読んだものです。


惜しくて惜しくてなりません。心から、ご冥福をお祈りいたします。
本当にありがとうございました。

また、昭和が遠くなってしまいました…。

ブログ終活

私がブログを始めたのは、2005年の始めだった。

えーと、今年は?

2019年だとっ??うわーーーー、14年も経っていたのか…。

この14年。私自身、ずっとブログに係わってきていたわけではない。何年もほったらかしにした事も何度もあった。でも、開設以来、このページ自体を削除したいと思ったことは一度もない。
それどころか、ここでお知り合いになれた方たちにいつも支えられてきたのだ、という気持ちは常に私の中にあり、更新しなくても、心のどこかでこのブログを拠り所にしていたのである。この気持ちは、私自身がスマホを持ってしても変わらなかった。

14年の間に、スマホの驚異的な普及はいうまでもなく、ツイッターにFacebook、インスタグラム、と「SNS」のいろんな形態は進化するばかり。Lineをはじめ、個人でやりとりするツールも増え続けた。
それに呼応するように、個人のホームページやブログは減っていったのかもしれない。

だから、もう、このブログを読んで下さる方もいらっしゃらないかもしれないのだが、
やっぱり、もう終わりになるんだ、と分かってしまうと、皆さまにお礼を言いたくなってしまう。



ということで、ブログ終活。第一回目は、チャミママ様へ。

チャミママさん、
長いお付き合い、本当にありがとうございました。

私、実は、ブログを始めた頃って、
「自分が合唱をやっていた」
ってことを、ちょっと忘れかけていたのですよ。不思議でしょ?中学生の頃には全国優勝までしてたのに…。

実は私、大学に進学してからは、「何か変わらなきゃ!」って…、自分の中学校時代のそういう記憶を無理に封印しなければいけないんだって、思っていたような気がします。なーにが合唱部で全国優勝だよ、そんなの自分の音楽人生には何の役にも立たない、って、思いこまなければならない。無意識にそんな感じだったんですね。今から思うと自分でも不思議ですけど、若い頃は本当に「過去の栄光にすがる」みたいなことをしたくない、って頑なに思ってたのでしょう。まあ、音大とか二期会とか、個人で勝負する世界ではそれもある意味事実なんですけど、人に自慢するとかでなく、心の中で自信に繋げられるように自分の中で役立てる方法はいくらでもあったのになあ。

そんな私の妙な思い込みを、チャミママさんは一掃して下さった。
チャミママさんが、合唱指導の記事を上げて下さる度、私はどんどん、楽しかった合唱部を思い出し、合唱曲を思い出し、矢も楯もたまらず一人で歌ったり伴奏弾いたりして、
そして、何か、ほのかな自信だとか、自分の音楽だとかも、チャミママさんのお蔭で取り戻させていただいていたような気がします。

折しも、ここ数年ですが、
当時の合唱部の仲間もまた歌に目覚め、
帰省の都度、一緒に歌ったり、時にはステージなんかもやってます!!
お揃いのドレスを作ってみたりね。(笑)
合唱はやっぱり楽しい!



チャミくんともるつ、天国で仲良くしているといいな。

チャミママさん、本当に、ありがとう。
ボヘミアン・ラプソディ


いい映画を観た。
まさか、何年ぶりかの記事が映画とは。人生何があるかわからんものだ。

リアルタイムでクイーンのファンだったわけではない。私がクイーンの曲に嵌ったのは、彼らの人気が最盛期を過ぎてからで、しかも聴いていたのは有名どころの「キラークイーン」や「ボヘミアン・ラプソディ」等、往年の世界的ヒット曲だった。つまり、かなり遅れてクイーンの音楽に出会い、流行とか関係なく好きになり、その後もずっと聴いているという感じなのである。


けど、けどね、すごく面白いのは、私、実はクイーンというバンド、音楽に全く関係ないところでちょっと縁があったのだ。


中学生のころ。
ピアノを習い、合唱部にいた私は、でもやっぱりカッコイイ音楽にもあこがれたものだ。
しかし、洋楽ってだけでもう、なんだか背伸びしてるような気がして、積極的に近づくことはしなかった。
カーペンターズ、ビリージョエル、ビートルズのぎりぎり後期。そういうのが精いっぱい。

という時期に、私は、佐藤愛子氏の
「娘と私の部屋」
というエッセイ集を読んだのだった。これが、ものすごく面白かった。中学生〜高校生くらいの一人娘と暮らす、今でいうシンママの佐藤愛子さんが、まさに私から見れば等身大(と当時の私は思った)の娘との生活を、愛情たっぷりに、でもユーモアと皮肉と自虐がないまぜになった複雑な感情を交えつつ、なんとも軽妙な語り口で描いた名著だと思う。


その中に、クイーンの話があったのである。


佐藤愛子さんのお嬢様(以下、響子さん)が、クイーンの熱烈なファンだったのだ。
私より上の世代の方なので、まさにリアルタイムで夢中になり、来日公演にも行っちゃうくらいの入れ込みようだったらしい。
もうもう、その熱狂っぷりに、母親の愛子さんは呆れかえるわけだが、その描写がめちゃくちゃ面白いのだ。「娘と私の部屋」はもう私の手元にはないので、抜粋はできないが、記憶の中ではこんな感じ。


響子さん:見て、ママ!これが私のブライアンなのよ!ヨコちゃんはロジャーが好きなんだけど、彼は結婚してるの。これがフレディ。フレディはホモなのよ。
愛子さん独白:と言いつつ、娘はポスターを抱きしめる。してみると、妻子持ちやホモのおっさんも一緒に抱きしめているわけだ。

響子さん:ねえママ、今ごろブライアンは何してると思う?
愛子さん(適当な返事): んー、ごはんでも食べてるんじゃないかな。
響子さん:そう…、オカズは何?
愛子さん独白:知るかいな、ブライアンのオカズなんか。


他にもいっぱい思い出せる、…ということは、まあ私がそれだけ何度も何度も繰り返し読んだということだろう。これを読んだ中学生の私は、まだクイーンを知らなかった。でも、ほらほらほら、メンバーの基本情報(?)は、すでにしっかり刷り込まれていたわけである。


映画本体の話を全くしてないが、素晴らしかったのは言うまでもない。私はボヘミアン・ラプソディのレコーディングのシーンですでに泣いていた。映画もすごいがやはりクイーンの音楽がいいからいい映画になったのだ。映画において、音楽というものがものすごいアドバンスになるということを、嫌というほど思い知った。なんかいろいろ受賞したようで、おめでとうございます!!

それにしても、映画の感想を書こうとしていたのに、何十年も前に読んだ一冊の本が記事のほとんどを占めてしまうとは思わなかった。冒頭に戻るようだが、人生何があるかわからんものだ。

一筆啓上

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昨年末、ちょっとしたコンサートに出演させていただいた。
その場を与えてくれた友人が、コンサートを撮影してくれて、それをDVDにして私にくれた。


高校以来の友人で、器用だしセンスはあるし頭いいし、おまけに気配りも抜群、という、およそ私とは正反対の女である。さすがそんな彼女、DVDに印刷された細やかな演出に、そんなのを貰えるとも全く思っていなかった私は非常に感動した。共演者の分もちゃんと用意してくれていたのも流石である。

そして、私が何より、すごいな、と思ったのが、そのDVDに添えられていた一言カード。
これが、郵送されてきたなら話は別だ。手紙代わりというわけだ。けど、手渡しなんだなこれが。会って渡すモノに、そういうものを添えてくるっていうところに、私はなぜかグッときたのである。
最近、そういうことしてないな、なんとなく少なくなったなあ、としみじみしてしまった。

そして蛇足の私事。先日、秋田の母と叔母に、ちょっとした物を送ったのだが、その時にも私、ちらっとこのことを思い出したのだ。ようし、何か気の利いた一言を手書きで添えて送ってやろう、と。江戸の敵を長崎で…、って大げさ過ぎる上にそもそも使い方間違ってるが、そんな気持ちで送る物を選んだり買ったりしていたわけである。しかし、いざ送る段になったら面倒臭くなってしまって、ひどくぞんざいな梱包をし、一言のメッセージも書かずにそのまま送った。いい話の直後にこのザマだ。

写真の鉢植えのアイビーも、同じ友人に貰ったものである。
せめてもの感謝の気持ち、と、こうして一緒に写した写真を、ラインでその友人に送ったりしている。
同い年の友人に、この先、私は少しでも追いついていけるだろうか。

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