めたるdeスカイ

飛行機と船と汽車、旅好きのブログ

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最初にその話を聞いた時は冗談だろー!っと思ってたんですが。。。
本当の話でしたね(^0^)
本日からツインオッターが、第一航空の翼として日本の空に帰ってきました。

デ・ハビランド・カナダ(正確にはボンバルディア)から販売権を取得したバイキング・エア
が製造するグラスコクピットのDHC−6−400の新しい姿となって!
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Pratt & Whitney Aircraft of Canada PT6A-34
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ピカリャ〜などのキャラクターをペイントした、これよりもカラフルな姿となって飛んでいます。
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那覇〜粟国を手始めに、波照間等の路線にも就航していくとか!
末長いご活躍をファンの一人として機体します!
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ウエストエプロンに行ったら宜しくです!
いよいよ、日本の空からツイン・オッターが姿を消す日も近くなった2005年のこと
ネットをググっていたら。。。
なんと!! エアー北海道 がハンガーで"Fan感謝Day"を開催するとの案内が!!

もちろん直ぐに申込みました。
抽選で落とされてしまうかもと思っていましたが。。。幸運にも無事に案内が送られてきました。

この時は大阪から函館行きの便がどうしても押さえられず、青森までMD−90で
青森〜函館はJRで移動しました。

幸運にもこのチャンスに恵まれたファンの方々は、ハンガーの中で普段見る事の出来ない
ツインオッターの姿ををじっくりと見れて皆さん大満足でした。
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チャリティーオークションやグッズ販売に懇親会も開かれて、パイロットやメカニックさん
に運行の方々それとファンの方とも情報交換が出来て良かったです。
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ファンの一人の方と話をしていたら、東京でタクシーの運転手さんをしながらお金を貯めて
たまにアメリカで小型機を操縦している方が居ました。

話を聞いていて、なんとも羨ましく。。。そして俺も同じような形でライセンスを取得出来ないか?
そんな考えが沸々と湧いてきたのでした。。。そして!それは後に確信に変わるのですが o(^-^)
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実はこの晩に夜間遊覧飛行も予定されていたのですが。。。降雪による悪天候で全てキャンセル!残念でした。
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翌日のフォーキャストも悪天候が予報されていたんですが。。。ホテルの外に出ると晴れていました!
これは!せっかく函館くんだりまで来たんだから!乗らなければ!!

カウンターで予約状況を聞いてみると往きは良いが、復路が乗れないかもしれないとの事でした。
まぁ、帰りは何とかなりますよ(^v^)とのグランドスタッフの声に押されて、奥尻行の乗客となったのでした。
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さて讃岐丸がエプロンに姿を現すと。。。ビックリしたのが昨晩の"Fan感謝Day"にスタッフとして
居られたキャプテンやメカニックさん達でした。驚かせてすみませんでしたね(^o^:)
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雪に反射した光を受け、いつもと違い実に美しい機体に見えました。
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大雪原の中に佇むツイン・オッターとジャンボジェット 北海道らしい印象的な光景
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エアー北海道の機体も翌2006年3月31日にリタイヤしました。
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もう。。。日本では、ツイン・オッターに乗ることも無いなぁと思っていました。
RACのツイン・オッターに搭乗後、あのいかにも飛行機!!という乗り心地を忘れられないでいました。

RACが退役した後に、国内でツイン・オッターに乗るとしたら?
2004年の時点では、エアー北海道しか残っていませんでした。

当時、讃岐丸は大阪在住だったんですが。。。ついに一大決心!
伊丹から函館へB737−400(JA8930)の乗客となったのでした。

この日も 函館〜奥尻 のトンボ返り強硬ツアー
ANAカラーの JA8797 SWALカラーのオレンジとは、また違う魅力が有りますね。
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旧奥尻空港も多良間と同じように小じんまりとしていました。
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2001年10月8日 初めてツイン・オッターに乗りました。
間もなく、沖縄の空から姿を消すというニュースもちらほら流れておりまして
この実用一点張りの堅牢な機体に一度は乗って見たかったのです。

ちょうどその頃、沖縄本島在住の私は居ても立っても居られず。。。
宮古行のB737−200に飛び乗っていたのでした。
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就航路線は既に 石垣〜宮古〜多良間 と減っていました。
この内の 宮古〜多良間 をトンボ返りで搭乗です。
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ごつごつしたリベットがさらに武骨な感じを増しますなぁ(^.^)
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出発前にコックピットも覗かしてもらえました。
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ジェット機とは違う眺望にバンクやピッチ変化をダイレクトに味わえる感覚に一発で魅せられてしまいました。
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レザー張りのシートがバスみたいでした。
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青い空にSWALカラーそのままのオレンジが映えていましたねぇ。
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旧多良間空港はいかにも南国の飛行場という風情が印象的でした。
速攻で宮古にターンするのがもったいなかったです。
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宮古にタッチダウンした時のキュオーン!というメインギアのすぐ横で聴いた接地音!!
この時、私の頭の中でマッチ棒を擦ったような衝撃が広がったのです。
讃岐丸は完全にこの飛行機。。。いや新たな飛行機の世界に目覚めてしまったのでした。

RACのツイン・オッターの退役は2002年1月23日その時の様子は

台風9号!接近間近の沖縄地方。。。
本当は昼からの便でしたが。。。朝一便のNU50便で福岡へ戻ることにしました。

出来れば10時の便が良かったのですが。。。皆さん考える事は同じの様で、すでに満席でした(-.-:)

当初はジンベイジェットが予定されていたのですが。。。ターミナルに着くといつの間にやら南西航空に変更です!
海上の波も、だいぶ高くなってきているようですね。
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隣にはサクラジンベイが居ました。
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朝一便の羽田行以外は、既に欠航を決めているスカイマーク
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福岡へ近づくに従い、段々と天気が良くなってきました。
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RJFFはRWY16でした。。。ここから北の外れのスポットまで大移動!
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タラップ&ランプバスでの移動でした。西鉄バスのお出迎えが違和感を覚えます(^.^:)
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バスで移動した先は?あれ!?ここは??
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なんと讃岐丸が大学時代にアルバイトしていた場所でした。
AGS(Airport Ground Service)という会社で、搭載・旅客・客室という業務に就いていました。
何とも懐かしい!当時と雰囲気ほとんど変わっていませんね。
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久しぶりにアルバイト時代の事を思い出した讃岐丸でした。

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