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わたしは、たとえどんな極悪非道な犯罪者であろうとも
ヒトとしての心が存在し
それは良心であり善の心だと信じています
見た目には酷い事ばかりしているような人も
心の隅では、どこかで申し訳なく思ったり次はきちんとしようと思っていると
信じているのです
それは、明治大正の時代から変わらず
平成の時代にきちんと継承されていると思っていますし
そう信じたい、私の望みでもあります。
大戦前夜に似た未曾有の経済不況のなか
早い時間から夜遅く、時には終電間際まで働いている(通勤もふくめ)会社員の皆さん
さそがし疲れも溜まっている事でしょう
ホンの僅かの間でも睡眠を貪るのは仕方ない事ですし
私も電車の中では目を閉じている事が多いのです
この朝6時前に乗車した電車にも
朝からお疲れモードの仕事人が座席に腰掛けていました
(私が乗車したときには既にお三方とも着席していました)
私は当然のように空いた座席を探して自分の入った出入り口から
離れた側に隙間を見つけ座りました
自然と反対側の座席を見るとこの有様
この車両のシートは3:4で2分割され
スムーズに7人掛けできるように工夫されているハズでしたが
4人分のスペースには
禿げ ハゲ 禿げ
どう見たって私より短い足を大きく開いた両側二人と
必要以上に隙間を空けて後から乗車してくる人を警戒するように
座席の中央に陣取る禿げ
もぐらは容姿でヒトを判断するような狭い了見ではありませんが
この 禿げ 三人組はもぐらの心では計り知れないヤツラです
私の問いかけに
彼らはきっと言うでしょう
『法律かなにかで決められているのですか?』
『あなたは何の権限で私に指示するのですか?』
『そもそも一体あなたはダレですか?』
私が乗車してから3駅を過ぎた頃にはつり革をもって立つ人が目立ちはじめ
都内に入った頃にはほとんど身動きできないくらいの乗車率でした
(日本人はホントに働き者だぁ)
モチロン彼らは微動だにせずだれもこの座席には座らせませんでした
寝ていたって、本を読みふけっていたって電車の中で目の前に立っている
人の気配が分からないとは思えないのですが
完璧に無視したまま小一時間が過ぎて次々と3人が降りるまで
どれくらいのヒトがため息をついて目の前を通り過ぎたのか
ピークを過ぎてやっと彼らが見えてきた時に
自分が乗車した時と変わらない彼らの姿に驚きました
この写真撮影直後にパタパタと降りていったのですが
そのとき電車はもう終点の3つ手前だったので
乗車するヒトも少なく彼らの後に座る人も居ませんでした
そりゃ自分たちは快適だろうけど
ずっと立っていた人に対してどう言い訳できるのさ
たまたま私は最初から最後まで座れましたが
たとえ15分でも朝から体力消費したくないのは
みなさん一緒ですよ
たとえ法律や条令がなくても
鉄道事業者の呼びかけなど無くたって
ヒトとして生きている以上
共に助け合って生きていくという本来の営みが
自然にできてもよいハズなんです
意識せずに自然とした振る舞いの中で
座席を詰めて座るとか
足を品よく揃えておくとか
姿勢良くいすには腰掛けるとか
譲り合いの精神なんてこの 禿げトリオ にはないんだろうねぇ
でも、こんな事ばかりしていたら
ハイチのような直下型地震が来たときに
哀しい目に遭うかもしれませんよ〜
(ゴキブリのような彼らはしぶとく生き残るだろうけどねぇ)
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