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酒処の赤ちょうちん 横断歩道から離れていない場所に放置駐車されている車 この写真をみてあなたはどう思われますか? 酒気帯び運転で免許証の更新に、疑いで男を逮捕/相模原2010年2月4日相模原北署は4日、道交法違反(酒気帯び運転)の疑いで、相模原市下九沢の無職の容疑者(45)を現行犯逮捕した。 逮捕容疑は、同日午前10時5分ごろ、同市西橋本2丁目の市道で、酒気帯び状態で乗用車を運転したとしている。 後半略全文は以下のリンクから カナロコ/神奈川新聞Web版 Web魚拓 酒気帯び運転:警察署へ免許更新…酔ってできず 車で帰宅、署員目撃し逮捕−−神奈川前半略 同署によると、守屋容疑者は同9時20分ごろに署を訪れ、タッチパネル式の機械でICカード免許証の更新に必要な暗証番号を入力しようとしたが、酔っていてできなかったという。署員が帰宅を促し「車で来たのか?」と尋ねると、「歩いて来た」と答えたが、同署駐車場で車に乗る姿を署員が目撃。パトカーで約200メートル追いかけ、検査で呼気1リットル中0・45ミリグラムのアルコールが検出された。 調べに対して守屋容疑者は「午前6時から9時ごろまで自宅で缶ビール2本と焼酎数杯を飲んでいた」と容疑を認めているという。全文は以下のリンクから 毎日jp Web魚拓 三人の幼い命を奪った福岡の事件を引き合いに出すまでもなく 飲酒運転に対する世論を全く無視した行為にほとほと呆れてしまいました 飲酒運転をして警察に行く事にも驚きましたが 酔っている様子をみて未然にこれ以上の飲酒運転を防ぐことにつながった 相模原北署の署員には神奈川県警には珍しく気の利いた人だと思わず感心してしまいました 同じ神奈川県警にしても情けない警察官に遭遇したのは先月の中旬 場所は川崎市某所としておきましょう いつものようにネタを発見したもぐらは携帯のカメラでそれを撮影しようとしました そのときすぐ目の前の焼き鳥屋からドカドカと酔っぱらいが出てきて もぐらに言い寄った 『一体何をしている!』 悪いことをやっているのはもぐらではなく、 天下の往来に車を路上駐車している人のほう 街中を撮影したところでなんの罪にも問われない 酔った連中を相手にするのをすぐに諦めて警察を呼んだ やがて派出所からやってきた警察官二人に事の次第を伝えた しかし何を勘違いしたのかもぐらと焼鳥屋の客が路上で喧嘩していると思っている 問題は焼鳥屋の周辺に路上駐車されている2台の車の方なのに・・・ そのうち相手が謝罪する事になりそうだったが 愚か者達のせいで寒空に引き留められた怒りは収まらず土下座を要求した (かなりの無理難題とはおもったけれど) むろん酔った彼らはもぐらの要求に従う事無く 一部の客はタクシーを呼び、もぐらに謝罪することなく焼鳥屋を後にした 問題はその後で2台の車のうちの一台に二人の客が乗車して出て行こうとした そのときもぐらは警察官につぶやいた 「やつら、飲酒運転じゃないの? さっきから駐車違反の取り締まりした方がいいっていってたのに逃げられちゃうよ・・・」 血相変えて追いかけたところで自動車の方が人より速いのはあたりまえ 結局もぐらの忠告というか通報を無視した警察官の負けでした それでも残されたもう一台にやっと駐車違反のステッカーを貼付したのでした 執念深いもぐらは焼鳥屋の客がまた路上駐車すると睨んで その後も深夜のウォーキングの経路にこの焼鳥屋前を選んでいた 今回の報道では警察署に免許の更新に出かける前に 朝からビールや焼酎をガブガブ飲んでハンドルを握ったようだ そこで昨日の様子 初日と同じ場所に放置駐車されている自動車 赤ちょうちんの前に停まる自動車ってどうなの? そして相模原北警察署の署員をみならって もう少し想像を膨らまして職務に励んでくれませんかネェ 我が家の近くのショカツ!! 最後にお口直し 既に鬼籍に入った方の話ですし 時効とか細かい事よりも、当時はどんだけおおらかだったか?という事でご容赦下さい 少しだけ昔話私の祖父は吉野杉で有名な奈良県吉野郡で林業を営んでいました
それはまだ私が母のお腹のなかは愚か、父の中にもいなかった頃のお話 当時村には電力の供給もなく 集落の下流にダムを造り関西電力の水力発電所と急峻な山に点在する集落に 飲料水と灌漑水を供給するプロジェクトが進行中でした そのころ外材は現在のように森林資源の減少や環境破壊とは無縁で これほど日本に輸入されるような時代になるとは思えませんでした それは日本の経済力が貧弱だったことと保護主義的な日本の貿易政策によるものでした やがて外圧に屈し安価ではあるけれど日本の風土には決して向かない 海外の材木が日本の林業を淘汰していくのはまだ先の話だった頃 村で最初に馬車ではなく内燃機を備えたトラックを購入した祖父は 幾人もの若い衆を抱える林業従事者でした 当時の道路は馬車の幅を基準に考えられていたので トラックが通行するには少々狭いようでしたが 村民と祖父等の努力で何とか道を拡げて遠く阪神地域の木材商との取引に 支障がないような整備がなされていました。 貧弱なのは道路インフラだけではなくて 運転手に対しての技術的な指導や免許制度の整備も 今にして思えば笑ってしまうようなものだったようです。 以前から事業の為に必要な車両は所有していたものの 誰一人免許をもっている村民はいませんでした それでも直接阪神地区まで出荷する木材を届ける事もふえてきた祖父は 自動車運転免許の必要性に迫られました そこで自らトラックのハンドルを握り 当時の免許試験場?へと乗り付けて 免許試験をうけて無事に免許を交付して貰ったそうです。 そうなんです、無免許で試験場へ車を運転していき 平気な顔で免許をうけとって帰りは堂々と自分のトラックを運転して 狭い山道を縫うように帰ってきたとか もう半世紀以上昔の話ですから 笑い話にこそなれど、司直の追求はされないでしょう |
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