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        黒沢映画「生きる」で見えたものは?

 映画は本当に良いものですね! NHK-BSで黒澤明ベスト5が現在放映中である。3日に放送した『生きる』は年々、年を重ねていく中でその感じ方も捉え方もまったく違って見えてきます。これまでも何度も観ましたが、“人間が生きることとは何なのか”を教えてくれ、また考えさせてもくれました。

 市役所の市民課長がある日、胃ガンを宣告され奈落の底に突き落とされる。これまでただ平凡に仕事をこなしている退職間近な男が、死ぬ前に大金を持って遊び回るのだが心の穴は埋められない。毎日黙々と書類に判をだけの毎日から、何かひとつ人のためにやって死にたいと奮起して、役所内をたらい回しになっていた小さな公園の実現に走る。縦割り組織の役所機構に自ら頭を下げて各課を廻って承諾を取る。その工事の最中に命を落とす。その通夜に参列した各課の職員が遺影を前に酒を飲み言いたい放題。「いっぱいになったゴミ箱を片付けるにも、ゴミ箱いっぱいの書類が必要なんだよ」とある職員が言う。この一言に役所の仕事の縮図を見た思いがします。

 結局、役人とは「遅れず、休まず、働かず」だとある県のOBが話していた言葉と重なり苦笑した。市の助役は公園ができたことは自分の力だと吹聴すると部下は、「その通りです」とそれを持ち上げる。一同酔いが回るに連れ、最後はその市民課長の勇気に感動し心を新たにしますが、市民課の新しい課長についたその部下もまた、上がってきた書類を慣例どおり役所内をたらい回しにする。それを見た若い部下が椅子を蹴って怒りをあらわにする。退庁後、できた公園で遊ぶ子ども達の姿を見て、その若い部下は「公園を造ったのは亡くなった課長なのだ」ということを信じながらも、何もできず、何も変わらないと、ただ夕闇迫る黄昏れの中、家路を急ぐ所で「完」となるのです。
 
 仕事とは、役人とは、人生とは、我々の日常が丸裸にされるようなシーンの連続は見事である。市民課長になった志村喬と元部下の小田切みきとの心のキャッチボールは泣かせます。通夜の席で繰り広げられる同僚達の酔いどれ会話に、どこか遠い昔の自分を傍から見ているようでした。自分の本心に偽っても、自分を保身する人間の心の「醜さ」と「浅はかさ」と「やましさ」。この映画から我が身を省みずにはおれません。

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