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                                                                                              《写真は福島民報2010/08/05付》  

                         無くなった“フェイス&フェイス”の精神 

  世も末か? 親子でありながら母親の居所を知らずに何十年も過ごす79歳の娘、行方知れずの親父の年金をずっと遣い続けていた年老いた息子。消えてしまった100歳以上の老人が5日夕方の現在で70人を越した。戸籍上生きているはずの高齢者たちは何処へ消えたのかー。世界に誇る「長寿国ニッポン」の看板は、世界の批判を浴びている。「出て行ったきりー」「兄と暮らしているはず」「どこかで生きていると思う」そんな寝言のような言葉を吐く70歳を越した子ども達。こんな日本の現実が一人のミイラ化した遺体が発見されて、日本中に激震が走った。崩壊する家族、疎遠な近所付き合い、いつしか孤独死、無縁死に結びつく高齢化社会。長寿王国の陰で「生きていること」が無視されていく老人社会。何時の時代からニッポンはこんな国に成り下がってしまったのか。

 住民の生活を補佐し監理する立場の『お役所』のいい加減さにも腹が立つ。出勤し、冷暖房の効いた事務机で新聞を読む時間があったら、一人でも多くの住民と対話する行政をすっかり忘れている。ナンでもカンでも「役所の方へ来てください」と言えば済んでしまう今の行政が陥った結果でもある。昔はよく、お巡りさんが家にやってきた。子どもに「悪りごとしてねぇーが、してっと警察に連れでぐぞー」と脅かされて本気にしたものだ。定期的に家に来て家族構成や状況、隣近所の情報を収集していったものだ。こうした“フェイス&フェイス”の精神を忘れた「お役所仕事」が産んだ長年のツケが表舞台に登場しただけだ。

  幸いだったのは東北地方や福島県には現在、こうした高齢者の存在がないことだ。隣の山形県は全国で3世代同居が最も多い県だという。小生らが子どもの頃は、こうした同居家族は多かったし、当たり前だったが、高度成長とともに生活スタイルが変わってしまった。過疎化する村、崩壊する村、そして最近では限界集落などといって田舎も住みづらくなってきた。少なくとも、国は親子が一緒に住む家族、何世代も同居できる家づくりを目指すべきだ。すべてを他人に依存しなければ老人の介護も出来ない今の社会はナンとしても是正しなくてはならない。老人がいて、子どもがいて、共に家族で助け合えれば、「消えてしまった老人」なんて言う騒ぎは起きないはずだ。
  老人達は余りにもスピードが早い世の中について行けないのだ。スローな生活をヨシとする社会がいま、求められる。人間って何のために生きているのかー。テレビやラジオから流れるこうした哀れなニュースに「生のコンポン」を見失いそうである。

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