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『春山新三 シンガポール素描展』に触れて・・

 雑然とした我が家の茶の間の正面に、ドーンと25年間変わることなく飾られている一枚の絵がある。9月始め一般新聞に載った『春山新三 シンガポール素描展』の紹介記事に、すでに遠い記憶を辿るかのように思いをめぐらした。春山新三さんと言えば、50代以上の建築業界関係者なら知らない人はいない。小生も20代には一緒に酒席を共にさせて頂き、多くの建築知識と人生講話を拝聴した。

 福島市の平和通りに1980年に設置された時計塔「合掌の碑」は多くの市民に安らぎと勇気を与えた。1998年には一度、工事のために撤去されたが、2008年3月に元の場所に復活し、いまなお、古関裕而作曲の「福島小夜曲」が時を刻み、道行く市民に親しまれている。県内外に多くの建築作品を残し、建築設計業界では名を馳せたばかりか、尊敬するに値する“大先生”である。昭和55年だと思うが70歳で亡くなられた。

 我が家には7回忌に現所長の哲三氏から記念に頂いた「朝鮮“平壌”大同門」(昭和14年9月作・複製)が飾られているが、先生の足取りを探るかのように先日、高湯のギャラリーに足を運んだ。そこには昭和17年から20年までの多くの作品が展示され、戦中のシンガポールの建物の匂いと先生のオーラが漂っているようだった。残念ながら哲三氏とは会えなかったが、今なお、作品展を開いて、後世に父親の“心”を残す取り組みをされていることに頭が下がる思いである。

 「建築家」として多くの人々に親しまれ、良い建築物を世に残した「春山新三」という大先輩を、多くの若き建築士は見習って欲しい。“権力とカネ”に日々、奔走する輩が多い中で、純粋な建築士を目指して欲しい。福島市内に後世に残る建築物は今いくつあるだろうか。市民に親しまれ愛される作品づくりにどれだけの時間とエネルギーを投下しているのだろうか。建築士は決して“営業マン”であってはならない。建築士は決して“権力者”であってはならない。建築士は決して“見返り”を求めてはならない。春山先生、そうでしたでしようか?

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