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                           《写真は福島民報5月5日付》

    『土下座』は果てしない闘いの始まり


「行くも地獄、戻るも地獄」とはまさに地震・津波・原発で被災した福島第一原発周辺で暮らしていた人々すべてに言える言葉だ。その人々の避難先に始めて顔を見せた東京電力の清水正孝社長。待ち受けていたのは被災者からの悲痛な叫びと怒号だった。「土下座しろ! 清水!」の罵声や「社長の年収1年分でも買える家かも知れないが、ローンだけが残った。もう帰える家もない。どうしてくれるの!」という叫びはテレビの画面を通しても凍りつくようで胸が痛んだ。

 被災者のいる会場の上座で謝罪しようとした清水社長やその社員には通常では考えられない特権意識が渦を巻いているとしか思えない。謝罪するにもどこかに誠意が感じられないのは、破たんした日本航空の西松遙前社長と同じ類としか感じられない。まさに日本を代表する大企業の驕りである。「私は社長です!」と名刺を額に張ったような人間には、こうした事態の対応に右往左往するばかりで、本来の社長としての責務など持ち合わせてはいない。また、その取り巻き達も似たような人間が顔を揃えるのだ。

 この清水社長は6月をメドに退任するという話だが、どんな責任を取るのか、被災者達の罵声や叫びにどう道筋をつけるのか。それが今後の大きな焦点となるはずだ。前にも書いたが、東電の歴代社長がどれだけ原発事故の恐ろしさを肝に銘じていたのか、その手がかりが知りたい。いつどこから、「安全」という神話は崩れてきたのか、これまで世界で起きたスリーマイル島原発事故(1979年3月28日)、チェリノブイリ原発事故(1986年4月26日)という手本となる二大原発事故の教訓はホントに生かされていたのか、前政権の自民党はこの原発政策にどれだけの危機意識があったのか、チェリノブイリ原発事故からでも25年が経ったいま、この間の歴代社長は、どこまでこの危機意識を社内に伝えきっていたのか、そこが知りたい。

 清水社長には「何でオレの任期中に起きたのか!」ただそれだけを悔やんでいる気がしてならない。被災した人々の罵声や叫びは任期終了と共にこれも消えていくようでならない。この原発事故が何年か先に収束した後、東電の歴代社長に対する裁判は行われて当然である。未曾有の大惨事を起こした原発事故は人災である。国の経済産業省官僚やこれまでの歴代大臣らにも責任を科すべきである。この事故は、国の政治家や官僚が取った国策である。東電と同等に国は被災者に対して十分な保証をすることは当然だ。これは天災ではない。国と東電が「安全」を疎かにした起こるべきして起きた「人災」であることを国民は、福島県民は曖昧にした妥協で許してはならない。清水社長ひとりの「土下座」で治まる問題ではない。国・東電と住民・県民の果てしない闘いの始まりに過ぎない。

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