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                        《平成18年3月のメディアフォーラムから》

            実に残念でならない。“安藤組の倒産”
 
 実に残念でならない。今月22日に郡山市の安藤組が負債約6億円の負債を抱え、地裁郡山支部に破産を申請し事実上倒産した。昭和43年、郡山市逢瀬町に事務所を構えて以来45年目、創業者である安藤長寿氏が逝って8年目の事である。 
“あの時”のことも当メデイアの「コラム」で創業者“安藤長寿”の生き様を書き綴った。小生にとって「安藤組」は30数年来の特別な想いがある。農業から“土建屋”に転じ、一心不乱で土建屋に徹し、土建屋に心底染まった異色の人物だった。長寿氏から、「生きるとは、仕事とは」を十分学んだ。その日々のことは、当時の「コラム」を一読して頂ければ(http://www.medianetplan.com/forum/050316.html )“土建屋とは何だ”が分かってもらえる気がする。

 安藤組のその後は、創業者が逝ったあとも、何かと気になっていたが、創業者の想いを100% 引き継げる2代目は少ない。これまでも2代目で倒産した建設会社を何社も見てきた。倒産へ向かうシナリオは幾つもある。「先代の偉大さに押し潰される」「先代の仇を獲られる」「先代の番頭が二代目に付かない」「起業家の器ではない」「土建屋は好きではない」等々、あらゆる方程式の中で、倒産のシナリオは組み立てられていく。

 また、時代背景の中で「土建屋は、何を求められ、何が必要なのか」が大きくと問われる時代となった。建設業者は、市民にとってどんな存在なのかも問われて久しい。市民から一目置かれた存在では、社会の真の一員にはなれない。小生が生きた高度成長時代の「特別な存在」の土建屋では、市民にとって「特別な目」であることに変わりはない。建設業は市民にとって隣人の一人であり、市民を受け入れる経営体質と寛容さが求められる。

 時代と共に、長く培ってきた建設業界の善しとする「義理と人情」も薄れ、業界の掟もルールも様変わりした。何時の時代も、社会の変化に合わせ生き抜くことは、容易なことではない。安藤組の終焉は、建設業者の「栄枯盛衰」の典型的なモデルとして、日本の最後の「土建屋」として、小生の記憶の中で、記録の中で、これからも生き続けていくことだろう。自民党政権は新年度に震災復興や公共事業に多額の投資を約束した矢先だけに、実に残念でたまらない。。

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偶然見つけたページが叔父の会社の事でした。
一つの時代が終わったというような感じです。
でもこのように思って頂けて感謝します。
背負う物が大きいと言う事は大変な事です。

2013/11/3(日) 午後 7:52 [ otama ] 返信する

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