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  半世紀ぶりに「佐藤善一郎邸」を訪ねて・・
 
  佐藤善一郎。公選制3代目となる福島県知事の名将である。1957年から1964年までの2期8年、激動の昭和を駆け抜けた伝説の人である。最初の出会いは面白半分で始めた少年時代の新聞配達である。あれから半世紀が経った3月初め平成25年12月に国登録有形文化財になった『佐藤家』を再び訪れた。佐藤家の敷地に足を入れると、新聞を片手に走り寄る少年時代の自分と、いつも着物姿で池の前で「ご苦労さん」と言って新聞を受け取る晩年の知事の姿と重なった。
 
 戦後の混乱期に政府は国民のための戦後復興の住宅を建築、我が家も清水地区に完成した市営住宅にやっと当選、市内太田町の4畳半一間からこの地にやって来たのが小生3歳、物心がつく頃には清水・泉地区に「佐藤善一郎」の名を知らぬ子供はいなかった。思えば、あの震災と原発事故に福島県知事・ 佐藤善一郎が先頭で指揮を執ったらどんな対策を下したかー興味深い。

 佐藤家は、養蚕農家として財を成し、明治初期に現在の地約2、500坪の広大な敷地に、茅葺き屋根の壮大な母屋が建築され、明治31年に善一郎は、父利助と母フキの長男として生を受け、地元で育ち、地元の為に、県民の為に生き、昭和39年3月に65歳の生涯を閉じた。葬儀は3月29日、福島市公会堂において、しめやかに「県葬」で執り行われた。奇しくもこの年10月、東京オリンピックが開催され、世界に「Japan」の名は轟き、先進国をめざす足がかりとなり、日本は高度成長期へと突っ走った時代である。
 
 現在の「佐藤家」は、善一郎の長男である利男氏が維持保存している。この日は小生が所属する「ふくしまの旧家を活かす会」の冊子制作のため当会長と共に「聞き取り調査」に伺った日で、利男氏から囲炉裏の側で薪を焚きながら長時間に渡って話しを聴くことが出来た。利男氏だけてなく、旧家や古民家を保有する人たちにとって、「守ること、遺すこと」の難しさは、見学者や学識者の「大変でしようネ・・」の一言よりさらに難題を抱えているのが現実だ。

 「佐藤善一郎邸」だけでなく、福島市から歴史建造物を失うことになれば、福島の歴史を一つひとつ消すことに繋がる。いま、同会のメンバーは、知恵と勇気で「守ること」から、さらに「活かすこと」へと新たな挑戦を始めている。今月28日・29日には、当会メンバーである矢吹邸(福島市成川)が初の見学会を開らく。屋敷前に立てば、時は“明治”へとタイムスリップする。(2015/03/26)

        

 

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