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《セコイ》は《SEKOI》として世界の共通語

“セコイ男”舛添要一、東京都知事から一介の“セコイ男”に戻った15日深夜、打ちひしがれて、放心しきった表情は、人生のすべてが“終わった”と思ったことだろう。
 怖いもの知らず,やりたい放題のその手中から、こぼれ落ちる代償はあまりにも多く、当分は立ち上がるのも難儀だろう。どんなことをしてでも、知事の座にしがみつき、「東京オリンピック」の立役者を演じきりたかった欲望と売名が、自ら頓挫する結果となった。“クレヨンしんちゃん”から“湯河原の別荘”そして“たまごサンド”の果ての果てまで身銭を切らなかった代償は、自らの身を剃り落すものとなった。一見、「バカな奴だよなぁ〜」とつぶやく輩も多いだろうが,意外にも人生の「落とし穴」がここにあるのだ。
 
 身近なところでは「接待」だ。ドコまでが“接待”でドコまでが“個人”なのかと言うことだ。気遣いながらの仕事だと思えば「仕事」だし、接待の後、自分の行きツケの店で一人ホッとして飲み直すのも「接待のウチ」と思うか。イヤ! これは「個人」だと思えば、領収書は貰わないかー、貰うかが己との葛藤だ。ここが「舛添要一サン方式」になるかー、ならないかーの最初の“ケジメ”を付ける分かれ道だ。金額の「差」はあるにしても、ここが難しい判断なのだ。若い人たち、分かるかな〜。

 「東大出」であろうとなかろうと,「出世」すればするほど,「要職」に就けば就くほど、「ごう慢」になればなるほど、悪玉菌は増殖し,「第二の舛添要一」を産み出すのだ。セコイは、舛添要一の代名詞となり、もはや《セコイ》は《SEKOI》として世界の共通語となった。いずれにしても「セコイ男」は大物にはなれない代名詞だ。「明日は我が身−」「人の振り見て我が振り直せ」である。 ヤッパリ・・・・・ダヨナ。


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