政治・行政

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          福島市長に落下傘候補、もう止めよう!

 福島市長選が終わった。明けてみれば組織力の勝利としか言いようがない。生憎、支援した候補は落選し落胆した。小生にとっては、新市長は、これまで一度も顔を拝んだことも、声を聴いたこともない。ただ、市政を取り巻く政界関係者がこぞって担ぎ出した「官僚」(どの程度の)の中の一人だと知る程度だ。

 果たしてどの程度まで福島市を理解し,福島市を愛し、福島市を再生し、福島市と人生を共にする『覚悟』があって、福島市に着地したのか知るよしもない。
 有権者数のウチ、投票に行ったのは全体の47%で、市街地では軒並み25%台と低迷し、過去4番目に低い投票率となった。一部の「お祭り騒ぎ」で福島市の将来が、未来が決したとしか思えない。都市部では4人に1人しか投票に行かない現実に、政治離れ、選挙離れが止まらない。

 福島市を本当に「この人に託す」という環境がこの所ないように思う。生まれ育った福島、山も川も我がふる里、福島の四季で育んできた生命、福島市をこよなく愛した人間こそ,福島市を未来ある「県都」に蘇らせてくれると信じているのだが・・・。若者が「政治に」「市政に」何故関心を持たなくなったのか、いや持とうとしないのだろう。年寄りだけが「バンザイ!コール」で気勢を挙げるいつもの勝利宣言のお立ち台風景。これも見飽きてウンザリだ!

 もっと、若者が選挙に関心を持ち、立候補出来る環境を創る事が、福島市を本当の意味で再生してくれると期待している。賞味期限切れや間近な「官僚」やただ長くやってただけの「政治屋議員」等をもう引っ張り出すなよ。福島の上空から突然落下傘で降ってくるような「市長候補選び」はもう今回で終わりにしよう。それこそ「地消地産」の市長を出そうよ。落下傘候補はもうたくさんだよ。 ( 2017/11/21)
                                                              

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                        《福島民友9月28日付》

「民進党」は国民に何を訴え、何を求めていたのか

 9月28日、“大義無き”衆議院解散をした自民党・安陪首相、一方的とも言える新党・希望の党に便乗した民進党・前原代表、日本の政治は果たして何処へ行くのだろう。今や“時の人”となった小池百合子東京都知事に群がる漂流難民の政治家達。住み慣れた古巣に何の未練も無くワレもワレもと、沈没間近な船からいつの間にか脱出したネズミ達のようだ。「どんな手段を使っても、自民党政権を終わらせる」と両院議員総会で熱く語った前原代表には5年前に政権を追われた民主党と重なり、一言一言に悲壮感さえ感じた。

 この5年間、民主党時代も含め「民進党」は国民に何を訴え、何を求めていたのか。国民の信頼を失った民進党に、国民は期待を寄せただろうか、期待を求めただろうか。野党第一党としての信頼も失せて“烏合の衆”の如く野党連合に走った“死に体”状態では、もはや解党という選択肢しか残されていない。一方で政権安泰にアグラをかいた自民党は、阿倍首相を頂点にやりたい放題、そして国民の信頼を失っただけでなく、共同歩調で歩んできた公明党とは都知事選で隙間風が吹いたのは否めない。「期待と信頼」を失ったままの“理由無き解散”は、決して国民の支持を取り付けることはないだろう。
 
 国会は9月28日“リセット”された。国民は「自民党」か「希望の党」か、という選択肢が突然起きたのだ。これほど分かり易い選挙はない。「このままでイイ」、「このままはイヤ」の二者選択だけである。こんな日本の国政選挙に本当に未来はあるのか。激動する国際社会、取りわけ「北朝鮮問題」と「地球温暖化問題」が“待ったなし”のこの時期に「無政府状態」となるニッポン。何を考えていることやら。やらなくともイイ国政選挙に振り回されるのは何時も国民。「党利党略」「私利私欲」に突っ走る阿倍首相の本当の目的は何なんだ。前原代表は他人の“ふんどし”で相撲を取って何がしたいんだ。“サッパリ”理解できないまま選挙に突入か?。(2017/09/28)
  〈2017/09/29 一部加筆・訂正〉

                  
                 

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 前川前事務次官に嘘をつくメリットはあるのかー


 誰が「嘘」をつき、誰が「真実」を語っているのか、何処までも噛み合わない質疑応答の数々。一度失った信頼はそう簡単に取り戻すことはできない。すでに国民の支持率30%を切った阿倍内閣。野党の攻撃に逃げの一手で煙に巻こうとする安陪首相や担当大臣、それに官邸の面々。
「文科省天下り問題」で、―既に引責辞任した前川喜平前事務次官に嘘をつくメリットは何処にあるのかー。そう思いながら24日の国会中継を見ていた。前川氏が「総理は自分(和泉洋人首相補佐官)の口からは言えないから自分が言う」という証言に対し「言っていない」と突っぱねた和泉補佐官。これに対し野党側が求める「証人喚問」には丁寧だが、慎重な言い回しで応じようとしない阿倍首相。疑惑は深まるばかりの加計学園新設疑惑に中継を観ている側には更なる疑惑が渦巻く。

 首相官邸の面々に、真実を語る勇気などない。自分を犠牲にしても総理大臣を護る発言に徹するのは、どんな社会でもそれが「美徳」と映るのが日本社会のシステムだ。彼らの口から真実を聞くことはあり得ない。これまでにも「上」を擁護するため「下」は自殺もいとわない輩はたくさんいた。首相官邸の面々にもその覚悟の中で国会答弁に立っている。まあ、それくらいの責任と覚悟があってコソ、首相官邸の一員となっているのだろう。“碌でもない大臣”の面々から比べたら肝は座っている。
 
 だが,真実は明らかにしなければならない。前川氏は失うモノは何も無い。引責辞任した矢先のこの「加計学園問題」に、これまでの鬱憤も含めて真実を語っているのでは無いかと少なくても小生はそう思って観ていた。真実はひとつ。「森友学園問題」から「PKO部隊日報隠蔽問題」等、国民に対する信頼は完全に失った阿倍政権。新たに安倍首相が「計画の把握は1月に知った」発言は国会にどよめきが起きた。25日も国会の閉会中審査は続き、野党はこれぞと追求の手を緩めない覚悟だ。「言った」「言わない」で幕引きとなったら、さらに自民党政権は足をすくわれるのは必至だ。

 仙台市長選では民進党等の野党が押す候補が当選を果たし,東京都議選以来、惨敗の自民党。だからといって野党側に政権がすんなりと委譲される要素は無い。民進党は政権を取った民主党時代の信頼は失ったままだ。自民党はダメ! 野党側もダメ! 一体、日本の政治は何処へ向かうというのだ。もうこの際,都民ファーストの会ならぬ「国民ファーストの会」を立ちあげる政治家の台頭しか道はない。
 政治に本気で向き合う若き青年達しか、日本を変えるエネルギーにはなり得ない。これまでの古い体質の政治家や政治屋の一掃こそ、新しい日本を造る道、再生への道ではないのか。(2017/07/25)

                                               

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    “戊辰戦争150年”会津若松市のまちづくりに圧巻!

  会津若松市は来年、戊辰戦争150年を迎える。 記念事業では、会津人の誇りと歴史の意義、そして観光客誘致といった取り組みをコンセプトに、市内各地ではこれまで以上の盛り上がりの中でまちづくり開発が進められている。
 そんな最中、小生が所属する「ふくしまの旧家を活かす会」の小生を含む役員メンバー5人が7月12日、まちづくり景観計画が進む景観重点地区等を“まち全体が成長していくための事業を進める”民間事業会社に務め活動する稲村久美さん(株式会社まちづくり会津)の案内で見学(下見)した。
  
 特に圧巻だったのは、で城下町回廊地区にある歴史建造物再生の取り組みで進む野口英世青春通りの『福西本店』と七日町通りにある『芳賀邸蔵』の改修工事である。どちらも会津若松中心部中心部活性化策で進められ福西本店は今秋に、芳賀邸蔵は5月完成し、「新しい経営感覚を備えるIターン、Uターン組の入居者等に期待する」と(株)まちづくり会津でプランナー・コーディネーターを務める稲村さんは話す。
 
 改修が終わった“芳賀邸蔵”明治から大正時代に建築された倉庫で「七日町パティオ」としてオープンし市内の特産品店やカフェとして再生する。「福西本店」は現在、1階がほぼ改修が終わり、2階と庭の改修が行われる。福西家は蒲生時代から会津城下に居を構えた旧家で明治時代には会津銀行や電力会社を興した豪商、その建物の外部・内部とも贅の限りを尽くした重厚感は“圧巻”としか言いようが無かった。
 
これまで知ることがなかった会津独自のまちづくり計画、そして行政と民間が一体となって進められる“戊辰戦争150年”に相応しい会津若松市“らしい”景観づくりは、当会のある福島市にとっても「まちづくり計画と景観づくり」は、学ぶべき道が多く残されている印象は否めなかった。
 10月には「ふくしまの旧家を活かす会」の見学会が行われるが、案内役を買って頂いた稲村さんから後日「10月には入居者が入ったり、状況が変わりまた違った建物の表情が伺えると思います。私も楽しみです」とメールを頂き、10月の見学会がさらに楽しみが増した。
 
 一行は,市内材木町の「可月亭庭園美術館」も訪れた。可月亭は徳川末期に造形された庭園で現在、福島大学名誉教授星野珙二氏の元で再生プロジェクトが進んでいる。やはり今秋には一新しオープンする。会津を前に、I賃緜の“猪苗代のギャラリー” [猪苗代浅井邸蔵再生プロジェクト]も見学した。同ギャラリーは浅井邸酒造作業蔵(土蔵)として建設された上棟時の1888年に、磐梯山噴火で被災しながら,復興のシンボルとして完成した。 そして今回の東日本大震災でも再び被災全壊したが、持ち主の強い意向で再生したという。奥様の案内によって当時の大工棟梁や職人の息吹が木造軸組工法(軸組は126年前)から伝わるかのような雰囲気が漂っていた。(2017/07/13)

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       “天下り”浜の真砂が尽きるとも・・・ 

「天から人間界へ降りること。転じて、上役から下役へ、または官庁から民間への(強制的な)おしつけ。特に、官庁からその関連会社に就職すること」これが『天下りの定義』(ネット検索)だ。まさに“役人天国・ニッポン”の役人たちによる役人の助け合いの精神である。

「お役人様がワレワレ下界へ降臨なさるちゅーんでは、来てもらうほかなかんべょ」と総出でお迎えする業界団体、会社、さらには定年後の受け皿となっている特殊法人。中途・定年退職金を“ガボリ!”と小脇に抱えて、第二の「カネのなる木」へひと跳びである。
民間人が「もっと勉強しておけば良かった〜」など今頃になって猛反省してももう遅い! どんなに民間企業で偉くなったとて、“役人”にお世話になったら、“蛇に睨まれた蛙”のようにアブラを流しても「来てもらうほかなかんべょ」。中には進んで降臨を願う“所”だってあるんだから「強制的なおしつけ」とばかりとは限らないもの。

まあ! 神代の時代から収賄・賄賂、談合、天下り等、社会が円滑に円満にやっていくための仕組みだったのだから、いまさらどうにもならないというのが、小生の本音だ。根底には「してやった」「してもらった」という相互の思いが一致して成り立っていたのだ。
 今回の「文部科学省」の天下り問題も「相互の思い」か「強制的なおしつけ」のいずれかである。そもそも「悪いことをしている」という意識はないのだ。先輩達が粛々とやって来たことを堅実に受け継ぎ実行してきたに過ぎない。

 小生も業界紙の記者として30年以上に渡ってこうした「収賄・賄賂、談合、天下り等」を取材してきた昔もあるが、「のど元過ぎれば暑さも忘れる」がピッタリした格言である。
 お役所自らが、「天下り」を厳しく規制し、天下り先を公表する制度を確立する以外にない。規則を犯した者には、死刑判決同等の「懲戒処分を科す」厳しい処罰で望むことだ。身体の中の「膿」は腫れ上がり赤くならないと分からないと同じである。“出物腫れ物所嫌わず”でドコにでも吹き出すモノだ。「天下り問題」はもう「問題」では無い。ひたすら犯した者を厳罰に処すしかない。解決策? 浜の真砂が尽きても天下りは尽きることは無い。(2017/01/20)

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