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 “全員野球こそ勝利を掴む”実践した花咲徳栄ナイン
 
 甲子園の暑い夏が終わった。観客動員数、ホームラン本数を始め、決勝では涙を呑んだ広島・広陵の中村将成選手は、32年振りに清原選手の持つ大会5号のホームランを塗り替えただけでなく、安打,打点とも記録を塗り替える等全てが新記録ずくめの大会となった。
 10年に一度現れるか、現れないかという逸材だと騒がれ、プロの目にもいち早く留まった中村選手。本人も勝ち進む中で「勝って記憶と記録に残る選手になりたい」公言し、今大会は彼の独断場の感さえあった。
 
 23日の決勝戦は、甲子園球場のファンもテレビ前のファンも、中村選手のホームランに期待して陣取ったことだろう。その中村選手100%の夢を砕いたのが、同じく勝ち上がってきた埼玉・花咲徳栄だった。試合開始の甲子園は、広陵が“ひまわり”に例えれば、花咲徳栄は“月見草”に回らざるを得ない雰囲気を感じた。だが、1回のオモテから一気に広陵を叩き、5回で勝負を決めた。終わってみれば、“スーパースター中村”のバットからホームランは量産されることなく、広陵は大差の4−14で敗れた。

 どちらかというと花咲徳栄の各選手は地味だが、一試合9得点以上を叩き出す強豪校、全て先制点を挙げ勝ち進んできた。日々追うごとに、人気が高まる広陵に対し、決勝当日の花咲徳栄の選手達はどう迎えたのだろう。おそらく,中村選手1人に全員が襲いかかる闘志を燃やしたのだろう。その闘志に火が点き燃えさかり、思いもしない大差の決勝戦となった気がする。
 ヨク,「野球はひとりでやれるモノではない。全員野球こそ勝利を掴む」と言われる如く、まさに花咲徳栄の選手達は身をもって示してくれた。
 
 福島に、東北に今年も深紅の優勝旗はなびかなかったが、広陵と3回戦に戦った聖光学院も広陵に“後一歩”と詰め寄ったし、優勝候補ナンバーワンの大阪桐蔭を下した仙台育英も広陵の前に散ったが十分優勝するチャンスはあった。また、花咲徳栄の前に散った盛岡大付属も甲子園を湧かせた。全国どのチームにも優勝を狙える技術力は整った。優勝を勝ち取るには、技術力に勝る精神力がプラスされた“総合力ナンバーワン”のチームに輝くのだ。

 甲子園に静けさが戻り、秋風が吹く今、どのチームも来年の大会に向けた厳しい練習が始動したことだろう。甲子園で決勝戦が行われていた23日、福島・聖光学院グランドでは、「新チームが始動した」と地元新聞は写真入りで伝えた。ガンバレ! 聖光!  (2017/08/24)
                                                                           

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                              《写真は福島民報8月19日付》

聖光が「ベスト8」の壁を越えるにはー

新聞一面に「聖光4強ならず、北海に3-7」、悔しさを滲ませた選手諸君が整列する甲子園。『ベスト4』の厚い壁に3度目も阻まれた聖光ナイン。「よくやった!」と褒め称える記事が踊る中で、県大会10連覇を成し遂げた聖光野球に、甲子園では何が足りないのかを“イチ”から検証する第二の段階が来た気がする。

 昨年も北海高校は甲子園に登場したが初戦で敗退。聖光も初戦敗退とは言え,優勝を果たした東海大相模の小笠原投手の投打に屈した。その北海高校は甲子園でのリベンジを誓い,室内を気温38度に設定し、甲子園の暑さ対策にも鍛え抜いたという。甲子園にやってくるチームに「力」の差など問題ではない。どれだけ「勝ちたい!」という執念をどこまで持続できるかだ。真夏の甲子園から秋風が吹き、トンボが飛び交うまでの長丁場に、最後は精神面との闘いが勝敗を決す。

 「ベスト8」が目標ではないことは、どのチームも同じだが、心の何処かに「ここまで来た」という“隙間風”が吹き抜けたとき、勝利の女神は消えていく。野球ではないが、50年前の県大会決勝で, 皆の心に“隙間風”が吹き抜けたことを思い起こした。結局、先制したものの、負けたことのなかったライバル校に「あれよ、あれよ」という間に逆転負けを喫した苦い経験が蘇った。優勝した彼らには、「勝つ!」ことへの執念が、監督を始めチーム全体に漲っていた。

 聖光学院が「ベスト8」の壁を越えるには,精神面の強さと勝つことへの執念しかない。今大会「ベスト4」に名乗りを挙げた各チームから“足りないものは何なのか」をジックリと研究し学ぶことが大切である。「深紅の大優勝旗」は未だに、白河の関を超えられないでいる。聖光ナインには“ベスト4”の壁を破り、東北のトップを切って「深紅の大優勝旗」を持ち帰って欲しい。めざせ! 聖光野球部諸君! (2016/08/19)
                                                                                                  
                 
          

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                              《写真は福島民報7月22日付》

エール5年、掴め甲子園「ガクホウ」ナイン!

 『4強』が出揃った夏の甲子園福島大会。県北2校、県中と県南からそれぞれ1校だ。特に55年振りに4強入りした「学法福島」は快挙だ。地元福島では「ガクホウ」の愛称で親しまれている。
昨年の1回戦敗退からの大躍進にエールを贈りたい。野球部のグランドは小生の住む松川下流沿い1キロにある。グランド近くをウォーキングしていると、ランニングする野球部諸君によく出遭う。「コンチハッス!」と全員の元気な声に圧倒されそうになるが「こんにちは!」と返しながら夫婦で「元気合ってイイね〜」とこちらも元気を貰っている。
 
 いつかはきっと、甲子園をめざすチームになると確信したが、ここ数年は低迷が続いてきた。今年は日々の練習が実を結ぶところまで来たことが何故か嬉しく、ジッと新聞結果に見入った次第だ。小生のブログで『来年はきっと甲子園が待ってるぞ!』と紹介してからすでに5年が経った。その日がいま「手中」にあるのだと思うと、母校以上に「優勝」の二文字に期待が湧くのだ。
 ちなみに我が母校は、シード校にもかかわらず初戦で敗退。野球部OB達は、その華々しい負けっぷりに「緊急会議」を召集したことだろう。甲子園常連校で「一世風靡」したワレワレの時代の栄光はすっかり“語り草”となった。

 今や、甲子園出場は県下最多の常連校になった「聖光学院」にもこの所、あの圧倒的な力に“陰り”の気配を感じてならない。昨年の決勝戦では辛うじて甲子園の切符を手にしたが、甲子園は初戦敗退と不甲斐なかったのは記憶に新しい。むしろ、後一歩で甲子園がもろくも消えてしまった日大東北は「今年は絶好のチャンス!」と四度、「王者・聖光」に挑んでくることだろう。実力がホンモノの県南「光南」も今年は甲子園の切符が見えているハズだ。

 ここ数年はすっかり「プロ野球」中継を見なくなった小生のいちばんの楽しみは「高校野球」だ。ドラマテックな展開と数々の感動を与えてくれる球児達の姿は、いつも心と身体を活き活きと蘇らせてくれる。球場での観戦はなかなか実現出来ないが、4校とも全力プレーで高校野球ファンを魅了させて欲しい。出来れば、《聖光学院VS学法福島》の決勝が実現してくれれば有り難い! (2016/07/22)

■来年はきっと甲子園が待ってるぞ!
http://blogs.yahoo.co.jp/cxgsw928/38695083.html


                 

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《セコイ》は《SEKOI》として世界の共通語

“セコイ男”舛添要一、東京都知事から一介の“セコイ男”に戻った15日深夜、打ちひしがれて、放心しきった表情は、人生のすべてが“終わった”と思ったことだろう。
 怖いもの知らず,やりたい放題のその手中から、こぼれ落ちる代償はあまりにも多く、当分は立ち上がるのも難儀だろう。どんなことをしてでも、知事の座にしがみつき、「東京オリンピック」の立役者を演じきりたかった欲望と売名が、自ら頓挫する結果となった。“クレヨンしんちゃん”から“湯河原の別荘”そして“たまごサンド”の果ての果てまで身銭を切らなかった代償は、自らの身を剃り落すものとなった。一見、「バカな奴だよなぁ〜」とつぶやく輩も多いだろうが,意外にも人生の「落とし穴」がここにあるのだ。
 
 身近なところでは「接待」だ。ドコまでが“接待”でドコまでが“個人”なのかと言うことだ。気遣いながらの仕事だと思えば「仕事」だし、接待の後、自分の行きツケの店で一人ホッとして飲み直すのも「接待のウチ」と思うか。イヤ! これは「個人」だと思えば、領収書は貰わないかー、貰うかが己との葛藤だ。ここが「舛添要一サン方式」になるかー、ならないかーの最初の“ケジメ”を付ける分かれ道だ。金額の「差」はあるにしても、ここが難しい判断なのだ。若い人たち、分かるかな〜。

 「東大出」であろうとなかろうと,「出世」すればするほど,「要職」に就けば就くほど、「ごう慢」になればなるほど、悪玉菌は増殖し,「第二の舛添要一」を産み出すのだ。セコイは、舛添要一の代名詞となり、もはや《セコイ》は《SEKOI》として世界の共通語となった。いずれにしても「セコイ男」は大物にはなれない代名詞だ。「明日は我が身−」「人の振り見て我が振り直せ」である。 ヤッパリ・・・・・ダヨナ。

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心癒される火野正平の「こころ旅」
 
 朝の日課に、新聞・テレビのニュース番組は欠かせない。今なら,呆れても見るしかない舛添東京都知事の“限りなきセコイ人生”の数々。都民、国民、マスコミ,都議会、各政党の“バッシング”にも飄々と「都民のため、東京都を世界一にしたい!」 言ってのける当たり,さかず政治学者の肝いりだ。今のところ,自ら辞める気はなさそう。どのテレビ局も早朝から特番で無駄遣いの粗探しだ。参議院選挙が迫ったというのに、「舛添一色」に染まった日本列島、今月いっぱいは振り回されそうだ。
 
 そんな報道の中で、朝から心癒される番組がある。火野正平の「にっぽん縦断こころ旅」だ。日本全国を自転車で、視聴者の心の風景を求めて旅する。5月には福島県に入り,地元福島市の森合にある「ふたつやま公園」や飯坂温泉を抜けて「茂庭・滑津の滝」が放送になった。どちらも身近な放送に「オー、オー、あそこだ!」と画面に釘付けとなった。
 それ以上に「オー、オー!!」と連呼したのは火野正平が飯坂線を輪行した風景に,松川に架かる上松川橋から吾妻小富士を撮した風景だ。「松川は母なる川」、「吾妻連峰は父なる山」と慕って67年の歳月が流れる。小生が最も心の風景に留めたい場所である。
 
 この6月に「67歳になったよ」と言った火野正平、そして、国民からバッシング三昧の舛添要一も同じ67歳の団塊世代。一方には呆れ果て、一方には心癒されて、同じ朝を迎える日々。せめて、同じ人生の「一生」をこの先も、共とするなら、人々に心の豊かさと安らぎの時間を与えてくれる火野正平の生き方に学びたい。彼が番組で口ずさむホッコリとする歌や、上り坂に耐え、下り坂にかかると「人生下り坂、最高!」と満面の微笑みで放すそのヒトコトに小生にも笑みがこぼれ、“下り坂人生”の一日が始動する。(2016/06/13)
                                                                                                                                

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