|
4月初め、義父は転んだ拍子に手の甲の皮がめくれてしまいました><;
範囲は手の甲の3分の2くらい。
完治には約3週間。
血液をサラサラにする薬を飲んでいるので、
止血は軟膏のみで。
はじめの2週間はほぼ毎日通院で大変でした。
その話を妹にしたら、
妹はもっと悲惨な体験をしていることを知りました。
妹の義母が終わりを迎えようとしていた頃、
着換えをさせようとして妹が、義母の手を握って体を起こしたと同時に、
手の甲の皮も一緒に剥けた・・・・・・
一晩なかなか眠りにつけなかったそうです・・・・・・
そう。
弱ってきた老人は、内臓や筋肉だけではなく、
皮膚も弱っいる、ということを念頭に置いて介護しなくてはいけない、
ということです。
本当に、いろいろあります。ふぅ〜〜〜っ(・_・)
|
3世帯家族
[ リスト | 詳細 ]
|
私の実家も嫁ぎ先も3世帯家族が基本でしたので、
いつも人の出入りがあって、にぎやかなのが普通でした。
だけど、実家と嫁ぎ先では、かなり違いがあるんです。
まずは実家。
長生きのおじいちゃんのお陰で従兄弟まで仲良し。
ある意味兄弟も同然。
子どもたちに寛容で、子どもたちはみんなのびのび。
子どもが喜ぶことを知っている大人に囲まれている、って感じです。
だからお年玉もすごい数に。
しかも、みんなが喜ぶようにポチ袋にも凝るの。
ただ、こういう取り決めはしてあります。
小学生以下1,000円
中学生 2,000円
高校生 3,000円
大学生 高校生と同額でもよし、少し上乗せしても良し。
なんと言っても従兄弟の子供ですからね。
数も多いので、協定結んであります。
袋詰めだけでも30分はかかります。
中には独身貴族もいて、ポチ袋の中身の最高額は30,000円でした!
娘も息子も、
「かっこよすぎる〜〜〜〜!!
私(オレ)も、いいとこにお勤めして、
かっこよくお年玉あげる人になりたい」
と申しておりました。
「子供を喜ばせるために人生の目標を決める」って良い感じじゃないですか?
まあ、すぐ忘れちゃうんでしょうけど、
こういう、人と人との触れ合いで子どもたちが成長できる環境にあることに
本当に感謝です。
当然、女性陣は全員エプロン持参です。
みんなでおしゃべりしながらやってるので、
後片付けも全然苦じゃないんです。
男性陣も鍋奉行をしてくれたり、
最後の撤収作業も協力してやてくれます。
だから続くんでしょうね^v^
「じゃあ、また来年ね!」
と言いながら、
間違いなくお盆にも会う。
そうそう。
男性陣人の職業は全員「エンジニア」です。
うるさい人はゼロです♪
しかも、私以外のお嫁さんは主婦もしくはパート勤務ばかり。
かなり古風な親族です。
一方我が家は・・・・・・・
オットの従兄弟は8人いますが、
オットとの付き合いはゼロ人;; 悲しすぎます;;
さらに、本日お茶だけのお客様2人、
食事もされていったお客様は3人。
しかし、お年玉を持ってきた親戚はたった一人。
我が家の親戚はみんな資産はしっかりあるはずなんですけど……
まあ、これが今風なのかなあ。
と子ども達も話しておりました。
食事の準備は全部わたし
見かねた子どもたちが手伝ってくれるようになりました(ウルウル)〜
お客さんが引いた後、
両方の家風のいいところを将来取り入れたい、なんて話もしました。
両方の家を見て育っているからでしょうね。
まあ、どちらの家にも一長一短あることもわかってきています。
こうして「人間性」を学んでいるんだと実感しています。
でも、お母さんはお疲れ気味
明日も目覚ましはかけません
|
|
あけましておめでとうございます♪
今朝は0:00の地元神社の初もうでの反動で、
朝は9:30近くまでおねんねしました
起きてすぐにお雑煮作って、家族そろって食べました
そのあと続いておせちもダラダラと食べました
おせちの後はおまんじゅう
そのころ、隣のおじさんが新年のあいさつに来てくださいました。
「にいさま、どうでゃぁ〜?」
「よう食うんだわ〜〜」、とおばあさん。
「いやあ、異様な食欲だよ」と、私。
でも、話は弾んで楽しかったので、
嫁である私は一度席をはずしました。
15分ほど後、、庭を歩いていたら、何やら異様な空気が・・・・・
「おい! にいさま!!」
「ちょっと、おじいさん!」
声を聞いて、すぐにお爺さんのところへ駆けつけました。
座位のまま、意識消失していました。
呼びかけても反応なし。
家じゅうの人を呼んで、呼びかけ続けてもらい、
夫は救急車の要請、私は義父の自発呼吸を誘発することを始めました。
背中をたたいたりしても反応ななく、よだれだけが出てくる・・・・
唇も紫色に・・・・・・
本当にヤバいと思って、座位から仰向けに体勢を変え、
顎を上げて気道確保、くいくい、っと顎を動かしたら、空気が入って行った。
脈も取れなかったが、胸に直接耳を当てたら、
心拍もあったので、一安心。
でも、意識はないままなので、救急車に乗せてもらって、
そのまま病院へ
元日早々、これですが、午後には意識が回復したので、
今回はオッケー
義父はしばらく入院予定ですが、
今まで、必ず、「深夜徘徊」をして、迷惑かけてきているので、
今回も最低日数で追い出されると確信しています。
でも、正月3が日は病院通い、決定です。
さあ、スカーレット家、今年はどうなる
|
|
我が家はTPPで揺れ動く立場の兼業農家。
田んぼと畑が点在する、中途半端な農家とも言う。
田んぼは御近所で、専業で農業を始めた方がみえるので、お任せ。
感謝です。
畑は・・・・・・
というと、これまた、数十坪から数百坪ある畑が点在してあり、
水道でも引かれてればいいのですが、それもないので、
全て放置状態。
耕運機でかき回すのが精いっぱい。
でも、ここのところのお家騒動で、耕運機のメンテナンスも行き届かず。
もう、シルバー人材センターにでも頼もうか、と思っていた矢先、
近所のおじさん(親戚ではない)が、
なんと助けてくださった!!
我が家の耕運機に命を吹き込んでくださり、
更にそれに乗って颯爽と我が家の畑に行って、
畑をおこしてくださった(;o;)
そのおじさんは、私がまだ自分の子供が赤ちゃんの時から、
いろいろ声をかけてくださり、
家でなったグミやアケビ、ウ滑稽の卵、などをくださったり、
本当にお世話になってきたんです。
でも、むかしむかしは、我が家の義父が何やらお世話をしたことがあるそうな。
もちつ、もたれつ、でしょうか。
最近のドライな世の中で、
こんなご親切を受けるとは本当に思ってもみなかったので、
忘れないように、ブログに書きました。
我が家での呼び名、
「ととのおじさん」、ありがとう!!
|
|
昨日午後、職場に義母から電話が。
「おじいさんが苦しそう」
授業中でしたが、すぐに帰りました。
だって、おばあさん、とっさの判断ができず、
近所への体裁を考えて、救急要請できないことを知っていたからです。
実は、家を出るとき、義父の顔を見て、嫌な予感はあったんです。
案の定、家に着いてから見た義父の顔は
「限界地点」 でした。
病院に着いてすぐに尿を抜いてもらいました。
昨晩から尿がつまり、腎臓も腫れているとのこと。
数日間は入院です。
それにしても、義母はオットの病状をそのまま理解することができず、
ずっとブツブツ文句を言っている。
不定愁訴は随分前から持っていましたし、
年相応にボケてきているな、とは思っていました。
でも、こういうのは、あんまりいいボケ方ではないな、と思いました。
義父は私といるときは穏やかです。
お話もよくします。(妄想系が多いのですが)
でも、義母とは常に喧嘩、娘には話しかけもしない。
血のつながりが心の平穏を邪魔することもあるのだと、
先回の義父の入院を含め勉強させていただきました。
そう、今回の入院も初日から義父は食欲あり。
今夜、家で炊いた筍ご飯を持って行ったら、完食しました。
生きる気力は満々のようです。 よかったです〜〜〜〜(^v^)
|



