病気も障害もどんと来い!な私の日記

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「子育てほど面白いもんはない!」3歳までが勝負!?どうしたら、子どもの無限の可能性を伸ばせるか?

Goo: DIAMOND online    2011年9月12日(月)14:00


79歳にして初の単著『カヨ子ばあちゃん73の言葉』を刊行した「脳科学おばあちゃん」こと
久保田カヨ子氏が、「イクメン」読者の育児の悩みに答える4回連載の3回目。

今回は、どうしたら「子育てほど面白いもんはない!」と思えるか。
子どもの無限の可能性を引き出せるか、聞いてみた。
対するカヨ子ばあちゃんのアドバイスは…?
(聞き手/35歳男性A:0歳7か月の子どもあり&妻は専業主婦、構成/阿蘭ヒサコ、撮影/堀内慎祐)


A これから子育てをしていくうえで、いろいろ悩みが尽きません。
      0歳からの育児で何か気をつけるべきところはあるのでしょうか。

カヨ子 はい。脳が一生のうちで一番飛躍的に発達する3歳くらいまでに、
            しっかりと手をかけてあげたほうが、後々ラクになります。

A 「あとがラク」というのは、有名幼稚園に入園しやすいとか、
      有名小学校の入試に合格しやすい、ということですか?



カヨ子 違います。テレビに出たときに、私の場合、
         「息子を東大に入学させた」ところだけがクローズアップされたため、
          そんなふうに勘違いしている人がいるんですけど、
          私自身は「学歴なんて二の次!」と思ってます。

そんなもんより、自分の頭で考えて、必要な時に主張し、
まわりと協調しながら為すべきことを実現していく大人になったほうがずっといい。

どんな状況でも周囲に流されずに自分の意見を持っている人、それが“頭のいい”人です。
小さいうちから受験させようというのは、その家の考え方もあるやろうし、
反対はしませんけど、私が目指すのは、どんな状況でも“生き抜く”子を育てること。

受験にパスすることが目標ではなく、むしろ受験に失敗したときに、
柔軟に対応して次のステップに進める子を育てること。

「あとがラク」というのは、3歳までにその土台をつくっておけば、
そのあとは子どもが自分で考えてやっていくので親自身がラク、という意味です。
A 親自身がラク、ですか。なるほど。私の妻は、結婚当初はそれほどでもなかったんですが、
      子どもが生まれてからというもの、それはもう育児に熱心になりました。
      何か鬼気迫るものを感じるというか。

カヨ子 そういうお母さん、いま多いです。まじめで高学歴で。
        だけど、子育ての仕方なんて誰にも教わってこなかったから、核家族のなかで頼れるものは、
        本や雑誌、インターネットくらいしかないんですね。
 
 ネットの育児相談コーナーなんて見たら、えらい小さなことでも不安になって投稿してるんです。
赤ちゃんは十人十色。自分を信じて子育てしたらええのにな…と思います。

A 自分の育児に自信がなく、不安なんでしょうか。

カヨ子 最近は、親や姉妹が近くに住んでないことが多いでしょ。
          だから、ちょっとしたことを相談したり、『あんた、これちょっとおかしいで』とか、
          ふだん接しながら言ってくれる人がいないんですよ。それで、悩みを一人で抱え込む。
          泣いてるわが子に怒鳴ったり、手をあげたりするのは、自分に対する不安の裏返しです。

A そういえば、虐待で子どもを死なせるような事件が、毎日のように新聞に載っています。

カヨ子 そこまではいかないにしても、虐待予備軍みたいな人は結構いると思います。
            私は、お母さんが育児で精神的にまいってしまう、
            というのは今後もどんどん増えると思いますよ。

A そうですか…。私の場合、仕事で夜遅く帰宅すると、たいてい妻が不機嫌なんです。
      子どもと1日一緒にいて、なぜそんなに不機嫌になるのか、ちょっと理解できないんですが…。


カヨ子 男の人は、そう思うかもしれませんね。けど、赤ちゃんの特性に慣れてない新米お母さんが、
           まだ上手にしゃべれんような子と1日ずーっと家の中におったら、
           キツイと思えることもあるんです。

  言うことは聞かない、やってほしくないことばかりやる、
きれいに並べた料理をひっくり返す、化粧品をばらまく…。
赤ちゃんは赤ちゃんなりに親を試してたり、好奇心に駆られてさわってみたりと、
いろいろ理由があるんですけどね。

A そういうものなんでしょうか。

シナプスの数は、生後2〜3年でピークに

子育てほど面白いもんはない! これぞ女の特権や!

カヨ子 だけど、私はね、『子育てほど面白いもんはない!これぞ女の特権や』と思うんです。
            うちも主人は毎日研究ばっかりで帰宅時間も遅かったし、
            全然育児に協力なんてしてくれんかったけど、それでまったく不都合は感じませんでした。

  主人の書斎にあった脳の専門書を読むと、脳内の神経細胞同士をつなぐシナプスの数は、
生まれた直後からすごい勢いで増え始めて、生後2〜3年にはピークを迎えるとありました。

つまり、その間にいろんな刺激を与えてシナプスを増やしといてやる必要があるわけで、
自分の赤ちゃんを実験台にいろんな働きかけをしたわけです。
自分の母親に、私自身をどうやって育てたか、などと聞いたりしてね。

A ご自分のお子さんを実験台に?


カヨ子 はい。もちろん自分の子やし、よかれと思うことしかしてません。
            でも、赤ん坊というのは、真っ白なキャンバスみたいなもんで、
            親が描きたいような絵を描くことができるわけです。本当に赤ちゃんってスゴイよォ。

無限の可能性を秘めてる。それをどんどん引き出してやるのが楽しくてしょうがなかった。
育児ほどクリエイティブな仕事はありません。

  それはいま、他人様の赤ちゃんを触らせてもらうときでも一緒。
私の教えたことを忠実に守っているお母さんの赤ちゃんは、どんどん成長していきます。
そんなん見るのが、メチャクチャ楽しいです!

次回はいよいよ最終回!

9月15日(木)⇒「賢い子は“おんぶ”で育つんや」“生き抜く子”は、3歳までに決まる!?

をお楽しみに!


【新刊のご案内】
『<賢い子に育つ!0歳からのらくらく子育て>カヨ子ばあちゃん73の言葉
                           〜子育てほど面白いもんはない!〜』


【夫に頼らず、この本に頼りなさい!】

「卒乳は6か月でもええ!」「わざわざ離乳食はつくらん!」「夜9時前に寝かせんでもええ!」
「歯みがき嫌いは“海苔”で直す!」など、子育て中のお母さん、お父さんの不安感、
罪悪感を吹き飛ばすカヨ子節さく裂! 
「脳科学おばあちゃん」久保田カヨ子初の「永久保存版」金言集。
子育てほど面白いもんはない!と思える一冊。

特別付録に「お母さんも子どもも笑顔になる!らくチ〜ン!野菜レシピ14」を収録。
おかげさまで、重版も決まりました。79歳にして初の単著、ぜひご堪能ください!

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久保田カヨ子(くぼた・かよこ)

1932年、大阪生まれ。脳科学の権威である京都大学名誉教授・久保田競氏の妻で2児の母。
約30年前に、日本における伝統的な母子相伝の育児法を見直しながら、
自身がアメリカ在住時と日本で実践してきた出産・育児経験をもとに、
夫・競氏の脳科学理論に裏づけされた独自の久保田式育児法〈クボタメソッド〉を確立。

テレビなどで「脳科学おばあちゃん」として有名。
77歳にして株式会社『脳研工房』を立ち上げ、現在代表取締役。 

競氏との共著書に、『脳科学おばあちゃん久保田カヨ子先生の
誕生から歩くまで 0〜1才 脳を育むふれあい育児』(主婦の友社)、
『すぐれた脳に育てる』(BL出版)、『育脳家族』(NTT出版)などがあるが、

単著は79歳にして本書が初。ズバッとした物言いのなかに、
温かく頼りがいのあるアドバイスが好評。全国からの講演依頼もあとをたたない。 
【脳研工房ホームページ】 http://www.umanma.co.jp/

Goo: DIAMOND online 2011年9月12日(月)14:00
「子育てほど面白いもんはない!」3歳までが勝負!?どうしたら、子どもの無限の可能性を伸ばせるか?
http://news.goo.ne.jp/article/diamond/life/201091211-diamond.html

転載元転載元: Dr ミカのメモ帳: 脳・栄養・心 (発達障害・特別支援教育)

先日は、FAN限定の日記にコメいただいてありがとうございました。

勇気とか元気もらいました♪

みなさんへのリコメより先にUPするのをお許しください。



mixiのマイミクさんで、ヒーリングのWSでご一緒したmayu☆amritaさんの記事より。

mayuさんのマイミクさんの友千代さんの記事だそうです。

まだ、知らない病気がたくさんあることにも驚きですが、治療費の金額にも驚きます。

全ての病気で苦しんでる人に、適切な治療が適正な金額で受けられるようになってほしいので

ご協力いただけたら嬉しいです。

署名は簡単なので、一人でも多く・・・と、願って。




**************************************************************************


たかこさんのボイスで知りました。
ミカゲさんの日記より転載です。




皆様の助けにすがり娘の鮎子の命を救って頂きたく、
難病認定の書名を呼びかけています。

リュウマチを患った車椅子の私を、20年間手となり足となって助けてくれた、
愛しく、掛替えない娘の命を、
いま「再発性多発性軟骨炎」と云う恐ろしい病が奪おうとしています。

この病は100万人に3人の発症率で、
全国に293人の患者さんが苦しんでいらっしゃいます。

身体中の軟骨を破壊するこの病に侵されると、
12歳未満の子供たちは100%生存できません。

患者さんの中にはまだ幼い子供もいます。
成人で発症した場合でも常に死の危険にさらされます。

難病と認定されていない為に、
月額約20万円の生物学的製剤を投与する事になります。

この額は私には無理です。
鮎子も病をおしてアルバイトを始めました。

難病と認定されれば、治療データがくまなく調査され、
治療法と医療技術・医療設備の向上、
医療費の自己負担の軽減などが期待できます。

現状は、原因不明で明確な治療法も確立されていません。

現在2年間で、患者さんとその家族が支援団体の方々と力を合わせ、
10万人の署名を集めましたが、

難病と認定される為には50万人の署名が必要なんです。

このペースでは認定までにまだ8年も掛かります。
鮎子が5年後に命を奪われる確率は30%です。

この病は、軟骨組織や多くの器官の結合組織に、痛みを伴う破壊的な炎症が見られる病気です。

器官の構造を支えている軟骨組織が侵され、
視覚、聴覚、平衡感覚の障害が現れ、さらには、
気道がふさがれたり、心臓や血管が重度に侵され死に至る病気です。

鮎子は平成22年に「再発性多発性軟骨炎」と診断されました。

鮎子には愛する人がいて、年内に結婚する予定でしたが、
病が2人を引き離しました。

鮎子は彼を思いやり、婚約を取り消す手紙を送りました。

私はこの手紙を読み、声を出して泣きました。

娘は死に衣装はこの世では着ることがかなわなかった
ウエディングドレスを着たいと言います

遺書もしたためています

私は娘が不憫でたまりません
代われるものなら代わりたい

お願いです、鮎子を助けてください


「再発性多発性軟骨炎」で検索すると
署名用紙がダウンロード出来ます。
代筆で良く、FAXで送れます。

またネット署名も出来ます。
http://form1.fc2.com/form/?id=607552


これまでのペース、二年で10万人はあまりにも遅く、
今現在発症している人、293人のほとんどの人は落胆していると思われます。

我々の力で年内に後10万人の署名を集め、
この人達に希望と云うクリスマスプレゼントをしましょう
ご協力お願いしますm(_ _)m



ミカゲ


******************************************************************************



最後までお読みくださりありがとうございました。


皆様に祝福がありますように


愛と祝福をこめて

転載元転載元: えんじぇるのつどい

イメージ 1
子どもの虹情報研修センター 小林美智子さん
児童虐待問題の専門機関である「子どもの虹情報研修センター」(横浜市)のセンター長、小林美智子さんに、児童虐待防止法施行から10年間の成果と課題について聞いた。
 


虐待への認識が広まったのは最も大きな成果だろう。体罰によるしつけはよくないとの考えも浸透しつつある。同時に、貧困やひとり親、親の病気など子育てに様々な困難を抱えている家庭への支援が必要との考えも広がってきた。
 
児童相談所の虐待の相談対応件数は10年で2・5倍に増えた。児童相談所を中心に、虐待を発見し、子どもを保護する仕組みが整ってきた。とはいえ体制は十分ではなく、行政は虐待に対応するための人材をもっと投入するべきだ。
 
死亡事例は50〜60例前後で推移しており減っていない。死亡事例の6割が0歳児、うち生後1か月未満の乳児が7割近くに達していることから、産前産後のころから虐待予防に力を入れる必要がある。
 
早期発見と初期対応の体制づくりに比べ、虐待の予防と再発防止については、ほとんど手つかずだと言っていい。
 
今後は、世代間の連鎖をなくすことに焦点を当てた施策が重要になる。虐待をした親を調査すると、子どもの頃に虐待を受けていた場合がほとんど。虐待をした親の再発予防に力を入れるとともに、虐待を受けた子どもたちの心の傷の回復に力を入れるべきだ。
 
それには、子どもに人との信頼関係を築く体験をさせ、「自分は生きる価値がある存在だ」という自尊心を持てるようにすることが大切だ。児童養護施設など虐待から保護された子どもが生活する場所はもちろん、保育所や幼稚園、学校、近所の人など子どもが日常接する人たちが、子どもとのかかわりを大切にすることが求められている。目指すのは、子どもを大切にする社会なのだと思う。
 
(2010年11月4日  読売新聞)
 

くすのき様のブログを見て掲載させて頂きました

転載元転載元: ✿kazu room✿

帰れない赤ちゃん

面会もなく、病院で200日 帰れない赤ちゃん/上

2010年10月20日   提供:毎日新聞社
 

帰れない赤ちゃん:/上 面会もなく、病院で200日
 
 ◇背景に親の困窮 受け入れ施設も不足
 
 小さなベッドが並ぶ病棟に窓から明るい光が差し込む。
面会に来たお母さんたちが我が子に声をかけ、抱き上げる。
 
 埼玉県立小児医療センター(さいたま市岩槻区)。
低体重や重い疾患を持って生まれた乳幼児を救う新生児集中治療室(NICU)を備え、
退院後も母子を支援する。
 
 窓際のベッドでおもちゃと遊んでいる真美ちゃん=仮名=はスタッフに「癒やし系」と
呼ばれる人気者だ。
つぶらな瞳でニコニコとよく笑う。
記者が人さし指をそっと差し出すと、白く小さな手のひらで、ぎゅっと握り返してきた。
 
 でも真美ちゃんには、見舞いに来てくれる人はいない。
 昨冬、県内の産院で低体重で生まれ、センターのNICUに搬送された。
手足にまひが残るものの、半年たつと標準を少し下回るくらいまで成長した。
 母親は未婚で、真美ちゃんの父親にあたる男性に暴力を受け、逃げていた。
親とは疎遠で、一人で育てる経済力もない。
入院直後は面会に来たが、途中から姿を見せなくなった。
県は家庭での養育は困難と判断した。
 
 治療が2カ月で終わっても、真美ちゃんは退院できなかった。
受け入れ施設が見つからなかったためだ。
看護師や保育士が親代わりに見守ったが、医療現場でできることは限られる。
主治医(39)は「赤ちゃんの発達には心身に刺激や愛情を与える環境が必要。
まひが回復することもあるのに、ずっと病院にいてはチャンスを逃してしまう」。
 
 8月、真美ちゃんを迎え入れる乳児院が見つかった。スタッフが見送る中、
児童相談所職員に抱かれ、いつものように笑顔いっぱいで車に乗った。
生まれて初めての外出。入院から200日以上が過ぎていた。
 
    ◇
 
 低出生体重児の救命率が上がってきたが、流通科学大の加藤曜子教授
(児童家庭福祉)は「低体重児を産んだ母親の中には、子を持つ心構えなく妊娠して
しまった女性もいる。通常以上の育児支援が必要だ」と指摘する。
 
 同センターでは治療が終わっても家に帰れず、直接乳児院に入る例が増えている。
04-06年度は毎年2人だったが、09年度は9人。
入退院時の生活を支援するソーシャルワーカーの平野朋美さん(51)が
03-09年度の例を調べたところ、6割の家庭が経済的に困窮していた。
育児を手伝う家族がいない。心の病がある。複数の問題を抱えた母親も目立つ。
 
 生後2カ月で細菌性髄膜炎を発症して入院した彩ちゃん=同=の母親は
まだ10代だった。
夫の借金が原因で、彩ちゃんの入院中に離婚。
母親は返済のために働き、子育てできる状況ではなかった。
 
 入院期間も延びている。
NICUを出てから乳児院に移るまで平均120日程度だったのが、2年ほど前から
200日を超えている。
背景にあるのが乳児院の問題だ。
 
 埼玉県こども安全課によると、県内(さいたま市除く)では乳児院の定員不足により
08年度10人、09年度は20人の「赤ちゃん難民」が生まれ、県外の施設に入所した。
同課は「施設を増やしたくても、入所者数は時期により変動するため、容易には
できなかった」と話す。
 
 しかも職員体制が整わないことから、健康上問題のある子は敬遠されがちだ。
病気の後遺症でけいれん発作を繰り返す彩ちゃんも3カ所で断られ、1歳半まで
センターで暮らさざるを得なかった。
 
 「人生の出発点から行き場のない赤ちゃんがいる。それを親の責任と切り捨てず、
社会としてどう育てるか、考えるべきではないでしょうか」。
平野さんの問いかけは重い。
 
    ×  ×
 
 少子化が日本の未来を脅かす。
出産や育児支援に光が当たり始めた一方で、生まれた瞬間から寄る辺のない
赤ちゃんたちがいる。
救える命は増えたのに、守り、育てていく支えはなぜこうも乏しいのか。
現場から考えたい。【山崎友記子】
 


 

全身骨折、退院後は乳児院 帰れない赤ちゃん/中

2010年10月21日   提供:毎日新聞社

帰れない赤ちゃん:/中 全身骨折、退院後は乳児院
 
 ◇命優先、親から隔離 救う親族もなく施設転々
 
 お昼ごはんの時間になった。
エプロンをかけた赤ちゃんたちが保育士に見守られ、テーブルを囲む。
食欲旺盛な優美ちゃん=仮名=はパンを両手でつかんでおいしそうにほおばる。
職員が「おかわりする?」と声をかけるとすぐに立ち上がり、大好きなパンを
もらいに行った。
 
 おかわりのパンまでたいらげた優美ちゃんに記者は「いくつ?」と聞いた。
人さし指をぴんと立てた。
 首都圏にあるこの乳児院に優美ちゃんが入所したのは、生後4カ月のころ。
その2カ月前、おむつ替えをしていた祖母が足の腫れに気付いた。
病院に連れて行くと全身を11カ所も骨折していた。
動けない赤ちゃんが自分でけがをしたとは考えにくく、母親による虐待が疑われた。
しかし母親は「全く覚えがない」と言い切った。
 
 入所時、院長は医師に「うまく歩けるようになるか分かりません」と告げられた。
それが1歳半を過ぎた今、他の子たちと同じように歩いている。
「子どもの生きる力はすごい。医療の常識で理解できないことが起きる。
だから、どんな状況の子もしっかり支えていかなければ」。院長が涙ぐんだ。
 
 生後間もなく引き離された親子の関係をはぐくむため、優美ちゃんと両親は
面会交流を重ねている。
しかし、児童相談所と警察は母親からの虐待の有無についてなお調査を続けている。
職員たちは「このまま次の施設に行くしかないのだろうか」と先を案じる。
 
   ◇
 
 戦後から高度成長期まで、乳児院には親を亡くしたり捨てられた孤児が多く、
職員は子どもの命を守り、育てることに心血を注いだ。
その後少子化で入所児童はいったん減ったが、約20年前から増加に転じた。
さらに、大半は親がいるのに育児困難なケースに変わり、施設は親への支援も
担うようになった。
 
 現在は就学前まで入所可能だが、0〜2歳が中心だ。心の発達が進む乳幼児期は、
なるべく早く家庭に戻り、親の愛情を受けることが望ましい。
だが「最近は子どもを帰すことに慎重にならざるを得ない」と
日赤医療センター付属乳児院(東京都渋谷区)の今田義夫院長は言う。
 
 今田院長には苦い経験がある。
親から虐待を受けて預かった子を大丈夫だと思って家庭に帰したところ、十分な養育を
受けられず1年後に亡くなった。
「施設を出た後もケースワーカーが親子を支援しているが、途中で親と連絡が
取れなくなったり、居場所が分からなくなることもよくある。
退所後に私たちだけでできることには限界がある」と難しさを訴える。
 
 全国乳児福祉協議会の調査によると、退所後に親や親族に引き取られた子は
98年度に64%だったのが、08年には56%に低下。
里親への委託も1割に満たず、そのまま次の施設へ移る割合が増えている。
 
 背景にあるのは虐待の増加だけではない。同協議会のまとめでは、入所理由で
最も多かったのは、母親の「精神障害(知的障害を含む)」で全体の19%(08年度)。
同協議会の長井晶子会長は「以前はミルクの与え方やお風呂の入れ方を教え、
育児不安を取り除けば家に帰せたが、今はそんな支援だけではとても無理」と話す。
精神科医などに親へのアドバイスを頼んだところ、母親自身が子どものころ虐待を
受けていたことが分かり、育児支援以前に親の精神的ケアが急がれるケースもあったという。
 
 青山学院大の庄司順一教授(臨床保育学)は「乳児院の子を家庭に安全に帰すには、
親への事前の教育やケアを充実させ、退所後も関係機関が連携してかかわることが
必要だ。しかし、今の施設や児相の人員では難しい。
家族支援にもっとお金と人手をかければ親と暮らせる子が増え、子どもの将来も
より確かなものになるはずだ」と提言する。【山崎友記子】
 
 


 

虐待受け成長、望まぬ出産 帰れない赤ちゃん/下

2010年10月22日   提供:毎日新聞社

帰れない赤ちゃん:/下 虐待受け成長、望まぬ出産
 
 ◇「育児できない」養子に 親への支援充実を
 
 19歳の少女は電話の向こうで泣きじゃくるばかりだった。
東京都内の児童福祉施設に勤める高橋さん(37)が「生きてて良かった」と声をかけると、
少女はやっと言葉を発した。
 「こうのとり(赤ちゃんポスト)ってどこにある?」
 
 音信不通になっていた元寮生の裕美さん=仮名=から高橋さんに電話があったのは、
3年前の春。
声の様子から望まぬ妊娠をしたと察したが、事情を聴いても「殺すか、こうのとりに
預けるしかない」と繰り返すばかり。
居場所を聞き駆けつけると、裕美さんはうつろな表情で立ち尽くしていた。
おなかの膨らみが服の上からも分かった。
 
 裕美さんは母子家庭の一人っ子。母は水商売と売春で生計を立て、小学校に
通うころにはひんぱんに家を空けて1カ月戻らないこともあった。
置いていくお金で食べ物を買い、帰りを待つ毎日。
「臭い、汚い」とからかわれても、給食を食べるために登校した。
大規模団地に住んでいたのに、深刻なネグレクト状態にあった子どもを助ける
大人はいない。5年生で不登校になり、母は自殺した。
 
 児童相談所に保護され、人を信じられずトラブルを繰り返しては施設を転々とした。
16歳で高橋さんの施設に来たが、働いて寮費を納めることができず、
半年足らずで退寮になった。
 それから友人宅などを転々とし、生活費に困り買春相手を探した果ての妊娠だった。
父親は分からず、中絶できる期間は過ぎていた。
取り乱す裕美さんを、高橋さんは「あなたの体も心配。無事に産まなきゃ」と説得。
施設スタッフ全員で奔走し、落ち着いて暮らせる場所を見つけた。
 
 電話から数カ月後、裕美さんは女の子を出産した。元気な我が子を見ても
育てようという気持ちにはなれず、赤ちゃんは養子に出されることになった。
 
   ◇
 
 高橋さんが勤める施設には時々、退寮後に結婚して出産した女性から育児の
悩みを訴える電話がある。
今夏出産した女性も「子どもがかわいいと思えない。苦しい」と訴えてきた。
彼女自身がかつて自分の親からひどい虐待を受けていた。
 
 親から大切にされた記憶がない子が親になるとき、我が子とどう向き合えば
いいのか悩み、育児に困難を抱えることは多い。
高橋さんらは「かつて虐待の被害者だった彼女たちを加害者にしてはいけない」との
思いで、かかわり続ける。
裕美さんについても「もっと支えがあれば、別の選択肢があったかもしれない」と
悔やまれてならない。
 恵泉女学園大の大日向雅美教授(発達心理学)は「育児不安やストレスを抱え、
虐待と紙一重のところにいるお母さんはたくさんいる。
赤ちゃんが家庭で大切に育てられていくためには、親への支援がもっと必要だ」。
 
   ◇
 
 「大事な話がある」。
この夏、出産から3年たった裕美さんが高橋さんを呼び出した。
「子どもは元気でいるのかな。いつか引き取ることができればいいのに」。
芽生え始めた母性を前に、高橋さんはこみあげるものを抑えられなかった。
 しかし、子どもの様子は全く分からない。養子縁組した子と生みの親が交流することは
極めて難しいという現実を伝え、せめて「この人なら会わせてもいい」と養父母に
思ってもらえるよう、生活環境を整えたほうがいいと勧めた。
 
 裕美さんは今、来月の高卒認定試験に向け勉強中だ。
「資格を取って少しでもいい条件で働き、生活を安定させたい」。
記者の目をまっすぐ見て、力強く言った。【山崎友記子】
 
 
 

転載元転載元: くすのき家の人たち

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