〜街道てくてく〜

がんばろう東北!がんばるぞ福島!

熊本路

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

熊本城

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

「熊本城」「別名・銀杏城」は安土桃山時代末期から江戸時代前後にかけて加藤清正によって築かれました。

日本三名城の一つとされ「清正流」と呼ばれる石垣の上に御殿、大小天守、五階櫓などが詰め込んだように建てられていて、一大名の城としては「日本一」であるとの評価があるそうです。

「銀杏城」という名の由来になっているのは、城内に植えられた銀杏の木です。
これは篭城戦になった時の食料確保のため、築城時に加藤清正がこの銀杏を植えたと言われています。

朝鮮出兵での蔚山城籠城戦での苦しい経験を生かしているといわれているが、この銀杏の大木は雄木なので実はならず、城内を知らない者が後世創った俗説と言われているそうです。


熊本城の美しいと思ったところは「石垣」です。
よくぞここまで積み上げたものとその美しさには見とれてしまいます。

手入れも行き届いてましたよ♪

黒川温泉・秘話

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

全国的にもその名が知られる黒川温泉ですが、山あいの温泉とあって昭和50年代には客足が止まり自信を失った旅館経営者たちはさじを投げてしまうくらいの有様だったようです。

昭和60年、一人の男が密かな思いを胸に黒川温泉観光共同組合を組織編成し理事長に就任しました。
彼の名前は高島淳一氏。黒川温泉の生き残りを賭けた改革が始まりました。

高島氏は全国津々浦々の温泉街を訪れたそうです。特に東北・信州地方には何度も出掛け信州・野沢温泉の「外湯めぐり」にヒントを得て、「内湯めぐりの入湯手形」露天風呂めぐりが改革の始まりだったようです。

その入湯手形がマスメディアに取り上げられ大きな宣伝効果となり、その後「共同パンフレット」を発行したり、「日曜朝市」、「個人看板の撤去・共同看板の設置」、「旅館下駄の統一」、「宿泊ギフト券の発行」、「温泉ウォッチング」、「歴史街道の推進」、「童謡祭」、「イラストカレンダー作成」などなど色んな試みを実施した結果、現在では予約が取れないほどの人気温泉になったということです。


彼は「温泉旅館は閉鎖的で、旅館内ですべて済ませることができるようでは、その温泉街は延びない。地域との共存共栄を考えてほしい。」と旅館経営者に理解を求め、それが浸透しきた結果だと言います。

「温泉観光協同組合は全国への情報発信拠点と位置づけ、金太郎飴のような旅館経営ではだめで、どの旅館でもいいから泊まってください。」と言うことによってリピーターが増えているそうです。


標高700m、筑後川の支流である田の原川沿いに、懐かしさあふれる宿が立ち並び、湯治場の雰囲気を醸してますが、これもほとんど各旅館が自主的に「黒」を基調にした街並みを創造しているそうです。


泉質は含食塩芒硝硫化水素泉で、神経痛、リウマチに効果があるそうです。
各旅館の露天風呂3ヶ所に入浴できる「入湯手形(1200円)」がとても人気です。

黒川温泉・穴湯

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

九重連山を源に筑後川の源流の「田の原川」の清流の両側にあるのは、全国でも有名な「黒川温泉」があります。

その「田の原川」のすぐ脇に、黒川温泉共同浴場「穴湯」があります。



川が増水すると流されてしまうのではないかと心配するほど低い所にあるので、川のせせらぎがよく聞こえます。(川のせせらぎを聞きながら温泉に・・・最高!)

大きな杉ノ木の麓に小さな浴場がとても風流でした。

全1ページ

[1]


.
cyaucyau
cyaucyau
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

Yahoo!からのお知らせ

友だち(8)
  • ネコママ
  • 百年の情熱
  • arara可愛い
  • Baron HS
  • としぼー
  • aka12aya70
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事