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「ザ・ベストハウス123」で以前、「日本一景観のいい橋」?(タイトルを忘れました)
のベスト2に選ばれた橋がこの『神橋』です。
日光国立公園の入口となる大谷川の清流に、
古くから神聖な橋として架けられたのが神橋です。
神橋はアーチ形の木造反り橋で、 錦帯橋(山口県)・猿橋(山梨県)と並んで
日本三奇橋の一つに数えられています。
橋の起源は767年、日光開山の祖・勝道上人が弟子とともに急流を前にした時に、 「深沙大王」が現われ、青と赤の2匹の大蛇を放すと絡み合って橋となり、
蛇のうろこに山菅が生え、渡りやすくなったということから
「山菅の蛇橋」とか「御橋」とも呼ばれているそうです。
初期の構造は「乳(ち)の木」と呼ばれる橋げたを両岸の穴に埋め、 補強材で支える「はね橋」形式だったそうですが、
江戸時代になって東照宮が造営されると、
寛永13年(1636)に東照宮を始めとする日光山の表玄関にふさわしいように大造替が行われ、
石造の橋脚に切石を用いて補強されたようです。
この石造橋脚は、天正18年(1590)に京都の三条大橋などで初めて用いられたもので、 当時の先端的な土木技術をすばやく「神橋」に取り入れたそうです。
そして新しい神橋の形式は一新され、
木造反り橋として、ほぼ現在の朱塗りの形式となったということです。
昭和19年に国宝建造物に指定され、 昭和25年(1950)には国の重要文化財に指定されました。
さらには神橋など国の重要文化財94棟と、 東照宮の陽明門、輪王寺の大猷院などの国宝9棟の計103棟が、
「日光の社寺」として世界遺産に登録されました。
現在の橋は、明治35年(の洪水で流されたのを、 翌々年旧様式に従って再建したもので、
その後、昭和31年に一度解体修理をしたそうですが、老朽化が著しいため、
平成9年から平成17年にかけて保存修理の大改修を行って
今の美しい橋になったそうです。
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栃木路
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仁王門
(初めにくぐるこの「仁王門」の左右には「金剛力士像」がまつられています)
輪王寺大猷院(たいゆういん)は徳川三代将軍・家光の廟所で
大猷院は家光の法名なのだそうです。
戒名を 「大猷院殿贈正一位大相国公」というそうです。
二天門(にてんもん)
(背面には風神・雷神が配置された均整の取れた美しいこの門です)
夜叉門(やしゃもん)
(切り妻造りで、正背面に軒唐破風を付けた低平な落ち着いた造りながら、
鮮やかな彩色が目を引く華やかな門です)
唐門(からもん)
(その名のように唐破風を持つ一間一戸の小規模な門ですが、
隅々まで繊細な彫刻と金白を基調とした彩色が施されており、
その意匠装飾は大変気品のある門です)
拝殿
(拝殿の内部は細部に至るまで金箔が施され、文字通り金箔玉楼となっています)
本殿
(本殿の最奥部、「厨子(御宮殿)の中には、「家光公座像」と「御位牌」が、
またその前後には家光公の本地「釈迦如来」が奉安されているそうです。
この建物を「廟」といい、参り墓を意味し、
一般の参拝者の正式な参拝所となっているそうですり。
金・黒、赤の彩色をくまなく施された外観は、
「金閣殿」の呼び名があるほど豪華で、江戸芸術の極みを示しています)
拝殿と本殿は国宝で、その他の門は重要文化財に指定されているそうです。
境内に林立する315基の灯籠も素晴らしい造りです。
「先祖である家康公の廟所をしのいではならない」
という家光公の遺命によって、 彩色や彫刻は、控え目に造られたそうですが、 かえってそれが重厚で落ち着いた雰囲気を醸し出していました。 |
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