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電脳小僧の特撮映画資料室アナザーサイド版…筆者の妄想にご注意を!
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映画原作は藤本義一の『骨までいただき』。
藤本義一が自ら脚色、敗戦の焼け跡で青春時代をおくった二人の中年男の生き様をコミカルに描いた福田純監督作品です。
なぜ?この脚本を入手したのか?
電脳小僧の収集意欲と方向性をご存知の方なら…きっと「福田純監督作品だからでしょっ!」と思うに違いない。
実は違うのだ!単なる東宝作品?それも「ノーです!(byグレン-怪獣大戦争-より)」。

主演が、藤田まことさんだから。
藤田まことさんの主演映画の脚本を入手したくて探していたのである…。
ボクの本音としてはこの表現も違うな…。
今となっては、もっと早く入手するべき脚本だった!…。
脚本コレクターとしてつまらない欲が出てしまったのかもしれない…。
ボクはあの頃、迷っていたんだ…。
「やっぱり!必殺シリーズの脚本にするべきだよな。」なんて…。
今となっては、そんな些細な、つまらない事に、なぜ?こだわっていたんだ!あの頃のボクは…。


俳優/藤田まことさんと初めてお会いしたのは今から14年前、冬の太秦…※松竹京都映画撮影所。
この場所は、「必殺シリーズ」ファンならご存知の撮影所である。
制作打ち合せの為、訪問した撮影所で初顔合わせとなったのである。
理由は、ボクが監督するコマーシャルの出演者が藤田まことさんだったのだ。
某有名テレビ時代劇ドラマの第2シリーズ撮影中だった藤田まことさんは撮影の合間にご挨拶に来てくれたのである。
ドアが開き…時代劇の衣装のまま現れた凛とした立ち姿の藤田まことさん。
それから何本もコマーシャルでご一緒させていただいた…。
最初はただお会いするのが楽しく待ち遠しく。
数を重ねるごとに撮影の合間に映画の裏話や思い出をお聞きするのが楽しくなっていた。
当時の思い出話をその作品が撮影された場所で聞きたくて、その為にコマーシャル撮影の現場をその撮影所にしてもらったりした。
現場でご一緒させていただいた俳優さんにいつもお願いしている事がある。
それは、主演映画の脚本へのサイン。
ボクの老後の楽しみのひとつである「思い出の戦利品」なのだが、俳優の方々には監督のわがままなお願いである。
でもご一緒させていただく機会が多い藤田まことさんには、出演された脚本へ記念のサインをお願いする事はなかった。
「また今度!お願いしよう!」と思っていたんだ…あの頃のボクは…。
我が家のコレクションには「俳優/藤田まことのサイン脚本も…サイン色紙すらない…。」
ボクはずっと後悔していたんだ…会えなくなってしまうなんて思いもしなかったんだから…。
あれから…ボクは探していたんだ。藤田さんの主演作品の脚本を。
ボクらしくないかい?!…なぜ?この脚本なの?かって…。

凄いんだよ!キーワードをよく見てみてよ!
「主演/藤田まこと」「福田純監督」「東宝映画」「関西喜劇」「ソレが男の生きる道」なんだから。
藤田さんのイメージとボクの趣味趣向が詰まったピッタリの映画だと思わないかい?…。

残念ながらこの脚本には、ボクと藤田まことさんの思い出はどこにもない…。

でもひとつだけあるんだ。

それは14年前のあの時、ボクが初めて出会った瞬間の藤田まことさんの姿を…。

ボクは生涯忘れないだろう…藤田まことさんとの大切な思い出の戦利品なのだから…。


※松竹京都撮影所は現在、「松竹撮影所」と名称変更されている。

【関西喜劇 ソレが男の生きる道】
決定稿3台本 1970.08.29(第3稿)
原作・脚色/藤本義一 -「骨までいただき」-より
監督/福田 純 製作/福田 純、馬場和夫
主演/藤田まこと

(1970年度製作/劇場公開1970年11月22日)

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