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あい
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童謡唱歌マイベスト 番外編(付録)
「花嫁人形」
蕗谷虹児作詞・杉山はせを作曲
金襴緞子の 帯しめながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ
文金島田に 髪結いながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ
あねさんごっこの 花嫁人形は 赤い鹿の子の 振袖着てる
泣けば鹿の子の たもとがきれる 涙で鹿の子の 赤い紅にじむ
泣くに泣かれぬ 花嫁人形は 赤い鹿の子の 千代紙衣装
蕗谷虹児が12歳の時、母親は27歳で亡くなっている
15歳で蕗谷虹児を生んでいることになる
14歳で懐妊し、おもてなしはもっと前ということになる
これじゃ、逃げる以外ないだろう
蕗谷虹児は、母親が泣いている場面を物心つく頃より、何度も見ていたのだ
勿論、花嫁衣装など着たことはなかったはずだ
蕗谷虹児の息子は19歳で出征し戦死している
花嫁も娶らずに亡くなった、蕗谷虹児の子を思う吐露の作詞だと、うがった解釈をする者がいるが、何処にそんな表現があるのだ
単に蕗谷虹児が泣く母親を見ていたという解釈でいいだろう
これでヤフブロも最後ですか?
おっ、時間もないな、コメ返答にいきます
では、また。
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童謡唱歌マイベスト 番外編(完)
「花嫁人形」
蕗谷虹児作詞・杉山はせを作曲
結婚式の記憶、田舎の田圃道を二人で歩いている記憶、これらには特に反応のなかった母だったが、廊下の片隅で泣いているのを見た記憶があるんだが・・・
記憶の奥底から50何年かの時空を超えて、今色鮮やかな写真となって蘇みがえるものがあったようだった
ぽつりぽつりと話し始めた
ある日ある時、祖父の弟の息子の結婚式の案内が来たそうだ
長男だった祖父は、それなりの田畑があり、弟に耕作させていたようだ
ここで出てくるのが、前に書いた「農地開放」
骨肉の争いの1ページだった訳だ
親父や祖父は行くはずもなく、若い嫁さんと銀鱗少年の役目となった理由だ
式の前に、母は手洗いに立ったそうだ
戻ってきたら、座布団の上にポッツんと俺が座っていて、前にあった御膳が無くなっていたという
手違いで片付けたのだろうと思い、台所に行って言ったそうだ
そしたら、酒で出来上がった弟が出てきて、「俺が片付けさせたんだ
お前らに出す料理など無いから帰れ、よく来たもんだな」
案内を出しておいて、それはないんでは無いですか
相手は酔っ払いだ、自分はいいから子供にだけは何か食わせえてくれと言っても、帰れ帰れの一点ばり
オイオイ
50人からの大人が居て、中に立つ者が居なかったのか
相手は、若い人妻と一番可愛い年頃の子供だよ
それと、今日の主役の一人である、酒飲み爺の息子の婿はどうした
同じく、花嫁の父親も知らんふりか
俺がこの花嫁の父親なら、こんな姑の居る家に娘を出せるかと金襴緞子の帯や文金島田の鬘や角隠しを捨てて、手首掴んで出てくるぞ
どうなってんですか
こんなことがあって、廊下でうずくまって泣く母の傍らで、呆然と立ち尽くす5才の俺
近くの知り合いの家で理由を言い、ご飯だけは食わせてもらい田んぼ道を歩いて帰る母と俺
こうして意味の繋がらなかった三枚の写真は、ストーリを語りだすのを50数年待っていたのだ
今回の自分の葬式が終わったら、父方の親戚とは縁切りしても良いと母は言っていた
父親でも苦労した母だった
次と言わず、母の葬儀から父方とは縁切りをさせてもらった
この項、後少し
一昨日から、心臓の調子がイマイチです
救急車かと思いましたが、今日病院に行ってホルターを付けてきました
結果聞くのに10日後、
混んでいるそうです
薬だけで毎日8種類
不調の原因は、これか?
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童謡唱歌マイベスト 番外編(2)
「花嫁人形」
蕗谷虹児作詞・杉山はせを作曲
金襴緞子の 帯しめながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ
文金島田に 髪結いながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ
あねさんごっこの 花嫁人形は 赤い鹿の子の 振袖着てる
泣けば鹿の子の たもとがきれる 涙で鹿の子の 赤い紅にじむ
泣くに泣かれぬ 花嫁人形は 赤い鹿の子の 千代紙衣装
「農地開放」
戦後、GHQの指令のもと行われた農業改革
制度上、小作農家は消滅し自作農家になった
政府がタダ同然の価格で強制的に地主から買い上げ、小作農にタダ同然の価格で払い下げられた
進駐軍の強権によって可能だった改革だった訳だが、各地で悲喜こもごもの愛憎劇があったことだろう
閑話休題
ある日、一人暮らしの母から、次は家族と来るようにと病院から言われたと、電話があった
良い電話のはずはないと誰しもが思うだろう
何処にでも有る流れだ
痛くても苦しくても、我慢して治してきた年齢の人たちだ
ただし、今回はこの作戦は難しそうだ
小さな健康食品の会社をやっていたが、残りの生活を一緒にする為、帰郷した
それからは、東北の温泉巡りが生活の中心になった
昔の思い出話しも多かった
そんな中、記憶に残る三枚の古写真のような思い出について聞く流れが訪れた
一枚目、結婚式の思い出
何回もあったことだろう
二枚目、二人で田んぼの道を歩いている思い出
母の実家に行く事も多かったので、ありふれた出来事だったろう
三枚目、母が廊下の片隅で小さくうずくまり、その側に呆然と佇む、少年の俺
ありふれた思い出の写真のはずはない
俺の話を聞いていて、母の何十年来の記憶の写真帳から、すっかり忘れていたのが、今、色付きの真新しい写真として飛び出してきたようだった
続く、
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