今日もぶっ飛びサイクリング&ちょこっと農作業日和

「南海の楽園の今」 ホラ吹き幻帝がい行く(パパラギの島)サモア漫遊譚

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何か変

何か変
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何か変

今日気が付きました
もう七月なのに、仙台市内ばかりでなく近郊でも 全く
蝉が鳴いていません
アブラゼミは勿論、ヒグラシも聞こえません
子供の頃から含めて、初めてです
最近は、夏休みになってから鳴くミンミンゼミも、早く鳴いていました
それが、今年は1匹も鳴いていません
静かなものです
どうしたんですか?



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何か変

これは家の前の伊達安芸邸跡にある唐梅です
実の大きな唐梅ですが、大抵は種も大きい
ところが、ここのは種が小さい
去年は、拾ってきて梅酒に漬けました
果肉が厚くて実も美味
南高梅より、いい梅の実かも

誰も拾う人は居ません
銀輪だけです
○国人が居なくてよかった^^
今年は一杯拾って来ようかと思っていました

ところが・・・
一個も落ちてなくて、第一成っていなーい
どうしたんですか?




昨日の散歩道

昨日の散歩道
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ここに青葉城大手門が有ったが、B29の空襲で消失しました


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あまり目立たない処にある支倉常長像
政宗の密命は何だったんでしょうか


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ここから散歩道が続いています
ツツジも終わりかけていました



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真ん中に仕切りのある意地悪ベンチではありません
尤も、寝に来る人もいないでしょう



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誰にも会いません


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青葉城三の丸跡辺りの現東北大構内


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以前紹介した三太郎の日記を書いた阿部次郎を記念した小径

阿部次郎が実際に歩いた小径では無いようです
東北大の教授はしたが帝大時代であり、第2師団の頃で一般人は自由には歩けなかったはずです
戦後は米軍が進駐していて、遠足で天守台に行くのにも、許可が必要でした
金網の中から小学低学年の少年が機関銃の連射の真似をして、小学5年の我々にラララララと撃ってきました
先生も生徒も、黙って歩いていました



昨日、ブログを書こうとしていたら山形で地震があり、今日のうpとなりました
被害を受けた方には、お見舞い申し上げます
それにしても、最近は毎年自然災害がありますね
想定外が、またもや原発で使われなければいいが、、、
これほどの地震大国で原発を可動させている神経が理解できない




散歩川柳

散歩川柳

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仙台は明日から雨の予報です
数日散歩に出られないようなので、いつものコース

正面が四代以降の伊達藩主の墓所がある大年寺山
200数十段の階段が、いい運動になります
週に一・二回は歩きに来ます



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毎日階段登りに来るお年寄りもいるようです
普段は静かです





散歩道 後ろを確認 放屁する

人通りの少ない散歩道なので、誰も居ないと思って ブー をしたら、後ろに人が居たという事ありますからね
^^

マイ・ベスト5 童謡唱歌
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今日の散歩道


国宝大崎八幡宮

典型的な安土桃山様式建築

街道を行くで、司馬遼太郎が桃山式建築を見たかったら、宮城に行けと書いてるそうですよ
左甚五郎作の眠り猫ならぬ、睨み猫の彫刻もあります


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甘味処で一服



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200円
砂糖で増量してあるが、200円なら良心的か




 
童謡唱歌 マイベスト・5
 
  赤とんぼ 2の2
 
 夕焼け小焼けの 赤とんぼ
 負われて 見たのは

 いつの日か

 山の畑の 桑の実を
 小かごに摘んだは
 まぼろしか

 十五でねえやは 嫁に行き
 お里の 便りも
 絶え果てた

 夕焼け小焼けの 赤とんぼ
 とまっているよ
 竿の先
 
その家にも近所にも、銀輪と年齢が似たような学年の小学生が居た
しかし、その中で自分だけがお姉さんと心が繋がっているのだと言う秘めた一体感があるように感じ、この事は誰も知らない二人だけの秘密であり、毎日が晴れがましい心持で過していた
 
その日も学校から帰って来ると、何時ものように隣の家の廊下の窓ガラスを覗いた
お姉さんは何処にも見当たらなかったが、買い物にでも出たのだろうと、そのまま遊びに行った
しばらくして様子を見に帰って来たが居ないので、その家のオバサンに聞いた

ガーン

昨日電話があり、今日、父親が来て東京に連れて帰ったと聞かされた 
すぐに帰ってくるのかと聞いたら、もう帰っては来ないと言う返事だった    
目の前が真っ黒になりそうな衝撃だったが、これが生まれて初めて感じた喪失感だった

風呂小屋に夕方まで一人籠ったのは、しょげた姿を見られたくなかったからなのか、それとも、現実を認めたくなかったからなのだろうか
ある日、ヒョッコリ帰って来て、ニコッと笑ってくれる事を期待したが、あの日以来二度と会えることはなかった

この唄を聞くたび、赤とんぼを見るたび、こんな少年が居たことなど覚えていないだろうが、今では初老になっているであろう、あの時の彼女と、あの日の自分が、思い出の絵の中に居る
 
 2014,7,5
 
 


マイ ベスト

マイベスト 童謡唱歌
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青葉城址からの今日の大仙台   



 
 赤とんぼ 2の1
 
 夕焼け小焼けの 赤とんぼ
 負われて 見たのは

 いつの日か

 山の畑の 桑の実を
 小かごに摘んだは
 まぼろしか

 十五でねえやは 嫁に行き
 お里の 便りも
 絶え果てた

 夕焼け小焼けの 赤とんぼ
 とまっているよ
 竿の先
 
 
 
唄の中で、最も作詞家の本音が顕れるのは、一番ではなく、二番三番目の歌詞のようだ
この唄も、三番目に作詞者三木露風の心象の発露がある

自分を背負ってあやしてくれた姐やも、15才の時お嫁に行ってしまい、その後、里との行き来も無くなり姐やの便りも途絶えてしまった
今年もあの時見たのと同じように、庭の竿竹の先に赤とんぼが止まっている
姐やも元気で居るなら、いい年になっているだろうが、どうしているのだろう?
そして、まだ自分の事を覚えてくれているのだろうか・・・
 
 


小学二年生の時だったと思う
隣の家の足の悪い少女の為、お手伝いさんというか、今でいう介護の若い女性が住み込みで来た
東京から来たと言う事を、大人が特別の事のように話していた
又、昔は大きな家のお嬢様だったが、父親の会社がつぶれたとも言っていた
 
子供ながらに、大都会から来た、こんな田舎には不釣り合いの人なのだと、実際もそうだったが、そんな感じがしていた

物静かで気高く洗練された雰囲気の、子供心にもそれはそれは美しい女性で、優しさに溢れてはいたが、愛想が無い訳ではないが決して笑ったところを見たことがなかった
鼻垂れ少年にも、ここいら辺では見られない大都会東京の匂いのする、高貴な女性に見えていたはずだ

 
それから何ヶ月か経ち、だんだんと近づきにはなったものの、近所の大人同様、鼻垂れ少年との間にも縮まらない距離が残っていた
子供なりにお姉さんを自分に振り向かせて、見えない垣根を取り払う方法を考えたのだろう

ある時、大きな紙袋にいっぱいトンボを捕って来て、そのお姉さんの前で一斉に逃がしてやった
その時、初めて「あらっ^^」とニコッニコッとした笑顔を見た
二人の間の垣根が取り払われた瞬間だった

それからは学校が終わると、まっすぐ帰って、お姉さんに会いに行き、ニコッとした顔を見てから遊びに行っていた
そんな楽しい充実した日々が続いていた

 2012,7,4                   続く




ヤフーブログも終わります
東日本大震災の前より書いてきました
何れにせよ、最後は消滅が待っている訳ですね
過去を振り返るようになっては終わりだな

一時、赤とんぼの三番の歌詞が小学校の音楽教科書から削除されたそうです
一時期、公立学校の卒業式で仰げば尊しが歌われなくなったのと同じ理由です

日教組の嵐が吹き荒れていた頃、仰げば尊し吾が師の恩と歌われるほど、我々は尊しくもないし、歌詞だけでも生徒に強制するのは好ましくない・・・

又、15才で嫁に行って、当然その年でセックスする訳だから、道徳的に好ましくない・・・

おいおい、






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