|
セーヨーカン
それが戦前からあったのか、戦後に出来たのかは、銀輪には解らない
物心付いた頃には、そう呼ばれていた
仙台西部の、林子平のお墓のある龍雲院の近くにそれはあった
2階建てで、屋根はスレートで葺いてあり、薄い肌色のモルタル壁で、二階に上がる階段の途中には明り取りの色ガラスの丸窓が付いていた
その家を、大人も子供も西洋館と呼んでいた
白い家
![]() 現在は記念館になっている、原阿佐緒の生家
近所の人は白い家と呼んでいたそうだ
明治時代に仙台近郊の小さな村に建てられた
大資産家の原家だったが、阿佐緒の代で全てパー
三ヶ島ペダル
以前住んでいた所沢に三ヶ島地区があった
自転車小僧なら知っているだろう
MTBやママチャリのペダルメーカーだ
おっと、三ヶ島ペダルの事ではなかった
三ヶ島葭子だ
地区の公民館に三ヶ島葭子記念館が併設されていた 二回ぶっ飛んで行ったが、何れも休館日で見ることが出来なかった
少々、心残りですね
原阿佐緒と同年代で、歌壇に出たのも同じ頃、アララギを追放になったのも同じ
日本に相対性理論を紹介し、アインシュタインが来日した折には、通訳として博士と同行した、東北帝大の物理学の教授・石原純と原阿佐緒との愛憎劇では、弁護の論文を発表して島木赤彦らの怒りを買い、同じくアララギを追放になった
三ヶ島葭子は40歳で夭折している
イチイ・オンコ 今回、アララギがイチイだと初めて知った
前の家にあった100年以上のイチイの植木だが、実が食えるのは知っていた
数回食ったことがあるが、種が猛毒だとは初めて知った
フグ毒の何十倍とか
トゲトゲの葉っぱからすると、荒ら木の当て字でどうでしょうか
第一歌碑 仙台市野草園近くの道路傍にある原阿佐緒第一歌碑
今日の散歩コースでした
アララギ復帰は生涯出来なかったが、作歌は続けていて、再評価もされているようです
以前、テレビ小説「パンと憧れ」のモデルでもある、相馬黒光の事をここで書いたが、その時、同時代の仙台出身繋がりで、原阿佐緒の事を書こうと思っていたが、辞めた
肌が合わないというやつですかね^^
女学校の生徒時代に、妻子ある教師と、ちゃって子供を作ったり、これなんか今ならセクハラどころじゃないだろうが、当時は男社会で問題無しか
合意なら問題無しって訳ですかね
同じく妻子ある石原純との同棲時代♪♪♪
一人娘として父親の溺愛を受け、一言で言えばファザコン
事件記者
大きな輪転機が回るオープニング
家族全員で毎週見たものでしたね
ベーさん、こと原保美が原阿佐緒の次男だったとは知らなんだ
奥さんの桃子さんが、寝たきりになった阿佐緒を付きっきりで世話したようです
人生色々
|
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
ボケ老人のお詫び
申し訳ありません
前の記事で掲載した短歌は、アララギ派の歌人である
島木赤彦の作品でした
勘違いをさせてしまうこと自体、ボケ老人の証明そのものです
七ツ森ダム湖畔に新たに出来た喫茶店、アララギ⇒
地元出身の歌人である、アララギ派の原阿佐緒⇒
アララギ派の大御所、島木赤彦⇒
その代表作⇒
記載した、二首⇒
60年の年月を飛び越えて、復活した赤彦の作品⇒
(ここから60年前の出来事になります)
中学校一年の国語の教科書⇒
近代短歌の紹介⇒
藤村や啄木の作品に並んで、赤彦の作品三首がありました⇒
(今、近世の短歌の歌人を揚げてもらったら、赤彦は何番目に来るのでしょうか。何十番目でしょうね。アララギ派の代表として選んだのでしょうが、当時はそのような評価であり、選ぶ人がいたということでしょう。
個人的に言って、句自体も春になりけりの方は、雪国にも春が来て子供たちの遊ぶ声や姿が情景ばかりか情感としても共有出来る作品だが、深山木の方は、流れるようなリズム感があるが、写生だけ
(これがアララギ派の本質なのかな)
実は、もう一つは、田んぼの水が温んで・・・というのもあったのだが思い出せない
では、なぜ覚えていたのでしょうか⇒
実は、赤彦の作品の解説が当てられ、次の授業で発表することになったのです⇒
なんか、随分苦労した記憶があります
藤村や啄木の短歌なら、幾つかスラスラ出てきますよね⇒
島木赤彦ねえ⇒
今日、図書館で島木赤人作品集に当たってみました
深山木の方は、そのままで出てました
春になりけりの方は、見つけることが出来ませんでした
記憶違いがあるようです
或いは、銀輪流の改作があるようです
まっ、情景情感は解りますよね^^
老人になってボケると、直前や前日の事は見事なほどに忘れるが、子供の頃の大昔のことは覚えていたり、思い出すことがあるそうです
その伝で言えば、銀輪ボケ老人 ケッテー!
|
|
お餅御膳
アララギ
お餅御膳 700円
仙台風雑煮(芹が入らないと雑煮ではありません)
ずんだ餅(ブツブツが残る程度に枝豆を潰した甘い餡)
くるみ餅
小鉢三種 おいしゅうございました
店名は同じ宮床出身の女流歌人、原阿佐緒が属していたのがアララギ派だったので、そこから名付けたのかな
今度、聞いときます
菊地体操後日譚
近頃、足がむくむので、寝る時と起きる時に、足でグーチョキパーをしたり、トントンと足と足をブツケたり、回したりしていたが、菊地体操を、もっと加えた
スクワットもいいと書いてあったので、軽めに取り入れた
さて、次の朝、イテテテテー
起きようとしたら腰が・・・腰が・・・
ギックリ腰の痛さ、
何十年ぶりだろ
昔は腰痛持ちだったが、ノニジュースで治っていた
でも、少し変だ
痛いのは朝だけ
座っている分には痛くは無い
たまに腹の腸の辺りが痛くなる???
解りません
菊地体操の所為ではなさそうです
|
|
一日一膳
定期散歩コースの一つである、旧陸軍兵舎を移築した榴ヶ岡公園にある仙台市歴史民族資料館
今はコメに関する展示をやっていました
今の一日の米消費量は、茶碗二杯の約一合
因みに、今の銀輪は一日一杯くらいですかね
昭和40年は四杯だそうだが、学生だった銀輪は七〜八杯はいっていたはず
昭和初期には八杯
俺は昭和初期以前の生まれだったのか
宮沢賢治も一日四合の・・・とか書いてあったような
米が余るはずだわ
確かにパンが多くなっているし、おかず的な物は食うが、米は食わないというのも多くなっている
因みに日本帝国の兵隊さんは、一日六合食っていたとか
自衛隊はいいもの食ってんだろうなあ
さて、納豆卵かけご飯でも食うか
菊地体操
今、菊地体操なるものがマスコミを賑わしているそうな
知りませんでした
本屋に調べに行きました
何種類もの菊地体操の本が、書架にかかったり平積みされて置いてありました
何だ、単なる簡単体操じゃん
寝ながら出来る体操だだと
50歳前後のおばちゃんがやっているだけじゃないの
そう見えました
写真で見ると50歳にしてはスタイルがいいかな
ん・ん・ん・
何だ
84歳だと
誰が、
表紙に写っているおばちゃんがか
エ、エ、エ、
デビ婦人や五月みどり以上だわ
と言うより、遥か上を行っています
早速、菊地体操やりますっ
|







