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ボケ老人のお詫び
申し訳ありません
前の記事で掲載した短歌は、アララギ派の歌人である
島木赤彦の作品でした
勘違いをさせてしまうこと自体、ボケ老人の証明そのものです
七ツ森ダム湖畔に新たに出来た喫茶店、アララギ⇒
地元出身の歌人である、アララギ派の原阿佐緒⇒
アララギ派の大御所、島木赤彦⇒
その代表作⇒
記載した、二首⇒
60年の年月を飛び越えて、復活した赤彦の作品⇒
(ここから60年前の出来事になります)
中学校一年の国語の教科書⇒
近代短歌の紹介⇒
藤村や啄木の作品に並んで、赤彦の作品三首がありました⇒
(今、近世の短歌の歌人を揚げてもらったら、赤彦は何番目に来るのでしょうか。何十番目でしょうね。アララギ派の代表として選んだのでしょうが、当時はそのような評価であり、選ぶ人がいたということでしょう。
個人的に言って、句自体も春になりけりの方は、雪国にも春が来て子供たちの遊ぶ声や姿が情景ばかりか情感としても共有出来る作品だが、深山木の方は、流れるようなリズム感があるが、写生だけ
(これがアララギ派の本質なのかな)
実は、もう一つは、田んぼの水が温んで・・・というのもあったのだが思い出せない
では、なぜ覚えていたのでしょうか⇒
実は、赤彦の作品の解説が当てられ、次の授業で発表することになったのです⇒
なんか、随分苦労した記憶があります
藤村や啄木の短歌なら、幾つかスラスラ出てきますよね⇒
島木赤彦ねえ⇒
今日、図書館で島木赤人作品集に当たってみました
深山木の方は、そのままで出てました
春になりけりの方は、見つけることが出来ませんでした
記憶違いがあるようです
或いは、銀輪流の改作があるようです
まっ、情景情感は解りますよね^^
老人になってボケると、直前や前日の事は見事なほどに忘れるが、子供の頃の大昔のことは覚えていたり、思い出すことがあるそうです
その伝で言えば、銀輪ボケ老人 ケッテー!
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