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前の記事で、ポップスでは組曲ってあんまりないかも。。。
みたいなことを書いたのですが、ありました!
とってもマイケルに近いところに。
(内緒で教えてくださったsちゃんありがとうございますm__ _m)
 
そう!Jackson5のデビュー曲、「I Want You Back」 と「ABC」
 
もともと一つの曲として作られたそうです。
 
 
メロディーラインを見たらわかりますね。
ドレミソラのヨナ抜き5音階で作られてます。
     ソラドレドララ ソラドレミ
      ソラド レミド ミレドド レミド
 
 
よく一つながりで演奏されてますものね。
IWBはグラディスナイトとピップスのために作られた曲と言われていますから
大人にも当てはまる恋愛ソングだけど、ABCでJ5世代にピッタリな若さと可愛さを
前に出したんでしょうか。
 
チビッコマイケルの可愛い恋と失恋?
失恋の後にまた新たな恋が始まった?
 
どちらにせよ、似たような曲調の曲を二つ並べることで親しみやすいストーリーを作り,自分の隣にいるボーイフレンドのようなアイドル像を創り上げることに
成功していますね。一緒に勉強したり、手をつないだり、ほかの誰かといるのをみて
やきもちを焼いたり、、、女の子のハートを鷲掴みです。
 
ベリー・ゴーディー氏は音楽家としての感性だけでなくビジネスマンとしてのクリエイティビティーを音楽作りの現場に生かしていたそうです。アイドルJ5を売り出すために考えたモータウンが考えた戦略は、ティーンの女の子に大うけします。マイケルは
そういうところからも大きな影響を受けたでしょうね。自分自身「マイケル」がプロデュースされたように、ビリジンをプロデュースした。
 
 私は曲調からいくと「Love You Save」ぐらいまで、ひとつながりだったのかもしれないと思いますがどうでしょう。
 
という追加訂正ついでに、脱線。
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「組曲」という考え方では、マイケルはチャイコフスキーのことをよく名前を挙げています。「くるみ割り人形」にはヒット曲がいっぱいでそして一つのストーリーを創り上げていると言っていますものね。
 
おそらく、こういうチャイコフスキーの感覚でアルバム作りをしてたのがBADだと思います。そしてその後Dangerousあたりから、ベートーベンを強く意識するようになったのではないでしょうか。
 
Will You Be There では第九を使い、Mprphinで第五の「運命の動機」を使っています。HIStoryのさびは歓喜の歌を意識して、ドレミファソだけで作られいるのではないかと思っています。さびの前に「Everybody sing(みんな歌おう)」と呼びかけて、そのあとは「合唱」と考えていたと思います。
 
ベートーベン以前の作曲家はどちらかと言うと、「芸術家」よりは「職人」のような立ち位置だったそうです。モーツアルトもバッハも王侯貴族、教会から注文を受け曲を作っていました。自分を表現するのではなく、あくまでも他人の望むものを作って、そのためには数をこなさなければならなかった。
 
ところが、ベートーベンは自分の考え方で作った曲を自分のほうから売り込むという形で「自らの意思」を曲に反映しようとした。音楽を王侯貴族の食事会の飾り物
から芸術へと高めようとし、量産せずひとつひとつの楽曲の完成度を高めた
そうです。(ビジネスの手腕もあったようです。)
 
別にモーツアルトが職人的であっても、楽曲の素晴らしさ美しさは損なわれるというわけではないのですが、ベートベンとは思想的なものが違っていたということなのでしょう。録音技術がなかったこともあって、「音楽は消え物」として文学や美術より低く置かれていた時代に、その地位を高めようとしたベートーベンの改革者精神に、マイケルは「黒人の音楽」の地位を高めようとした自分を重ねていても不思議はないと思います、
 
ベートーベンが交響曲に合唱を入れるということは、その時代には相当画期的なことであったとも言われます。それまで身分の高い人や教会の所有物であった
音楽を「民衆のもの」にしようとしたベートーベンは「ポップ」(大衆の音楽)の先駆けでもある。。。。
 
とまあ挙げだしたらきりがないですが、私の個人的な感想です。
 
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マイケルが組曲、特に二曲を組み合わせて対比したり補完させるという手法は、
テーマの選び方にも表れているようなんですよね。
 
アルバム初期から後期まで出てくる一貫した女性像を、聖なる女性像と俗世界の(人間的な)女性像の二極に分けていることなどは良い例だと思います。
 
手が届きそうで届かない女性はあまり感情を表さず、まるで永遠の生命を持つ女神のようで、最後にはinvincibleになってしまう。
 
対極にいるビリー・ジーン、アニー、スージー達はすぐ手の届く存在。人間の本能を体現し「死」とも結び付けられます。必ずこの「名前を持つ女性たち」出てくる歌には
「死」に関する言葉が出てくるんですよね。(リトルスージーも含めて)
 
聖と俗、光と闇、immortalと mortalの対比です。
 
ある種スージーやビリジンは嫌な女です。アニーやリトルスージーは愛らしいけれどyo弱々しい。でも人間の負の部分も描いてこそ、立体的な人間像ができあがるのです。
 
 まったく違う人物像のようでもあり、一人の女性の中にある相反する個性のようでもあり。
 
そして男性の中にある女性性(女性像)を描いているかもしれないです。
 
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男性像と言えば、前回のブラホワからGITMでは男性の戦闘性と包容力(愛)
を対比してるのも面白いです。少年っぽい正義感と大人の感性とも言えるかな。
 
服装でつながりを表してそうな曲がほかにもあるのに気が付きます。
「BAD」と「Speed Demon」です。
映画「ムーンウォーカー」ではBADを撮影した後に、SDに流れますね。
 
BADの中で「生きる道」を説いた後は、ちょっとはめをはずしてバイクをブッ飛ばす。
完璧な服装とメイクをそのまままにしているのは、ダリルの「ペルソナ」(パーソナリティー)を引き継いでいると言えそう。
 
真面目で一途なダリル。でもそんな彼にもマシンには目が無いという若者らしさがある。でももちろん「限界を打ち破って生きていく」という信条ははずしていません。
 
イメージ 1
厳しい怒りの表情
 
イメージ 2
そのあとのキュートなスマイル。バックダンサー?もゆるゆるのおじさんたちに^^
「ごめんね〜〜〜、毒吐いちゃったからそのあとはスマイルをプレゼント!」
やっぱりバランス感覚の良いマイコーなのでした。
 
 
マイケルが目指したのは、音楽、文学、美術あらゆる芸術に共通する
人間の永遠のテーマ、「生きるとは何か、人間とは何か。」を追究すること
だったのではないかと思います。さらに「宇宙の摂理、真理」なども。
そしてそれらのテーマの中心に「愛、子供」が据えられている。
 
 
もしマイケルがクラシック音楽家だったら交響曲やオペラを書くことを目指しただろうし
画家だったらやはりミケランジェロのように「天地創造」みたいな壮大なものを描いたでしょうね。
 
マイケルの作品全てが創り上げる壮大な世界観は、二つを一つに組み合わせるという「シンプルネス」によって構築されているというのが興味深いです。
 
 ・・・・・・・
と、かんなり脱線しましたが、次は第五と第六行きますっ!
 
 
 
 

閉じる コメント(2)

凄〜〜〜い

チビッコマイケルの曲を組曲にするなんて

さすがちぃちゃんママさんだわ〜

そうだわね〜

画家なら確かにミケランジェロで天地創造

描くに違いないわ〜

まだまだ続くのね・・・楽しみ( *´艸`)クスッ♪

2013/2/19(火) 午後 5:14 IPANEKO

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Dianaさん
ありがとうございます。
てへっ、ちびっこ組曲です。音楽の双子、ってモータウン初かな。
ばら売りして善し、繋げて善し。モータウンって発送量が違うわあ。

画家マイケルだったら、ホワイトハウスに壁画描いたかな、
これからも双子見つけたいけど、「音楽探偵」が終わっちゃったのが痛いのです。もともとあれがヒントなので。グスン。

2013/2/21(木) 午後 4:01 [ ちぃちゃんママ ]


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