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連作『ビリージーン』

四月、新学期、新年度。
新しいスタートには最高の季節がやってきました。
マイケル・ジャクソンの魅力を語りたくて始めたこのブログも4年目を迎えることができました。
 
マイケルのことについてもっと知りたい。。。。そう思ったのはもう10年も前になります。
 
「スリラー」で一世を風靡したマイケルがいつしか、ゴシップやスキャンダルばかりで
メディアに追い掛け回されるようになって、とうとう言われのない罪で告訴裁判
にいたってしまった、2003年。
 
なんとかマイケルが本業の歌やステージが見直されてくれないものかと念じつつも、何をしてよいかわからずただ時が過ぎ、2009年マイケルはこの世を去ってしまいました。
 
彼の没後にこのブログを始めてこの時の後悔を少しずつ埋めてきました。本業の語学とともに、クラシック音楽は趣味とはいえプロのレッスンや指導者としての講習を受けてきた経験を生かして、「音楽の解釈を加味した歌詞の翻訳」を少しずつ積み上げてきました。
 
その中で見えてきたことの一つにマイケルが「連作」という形式を用いて
曲を書いてきたのではないかということがあります。
 
クラシックで言えば組曲なのですが、ポップスでは珍しいことです。ポップスでは
「コンセプトアルバム」という概念がありますが、それをより発展して
ひとつの一貫した「物語」を持たせて、シングル曲では表現しきれないものを
複数の曲で描き出そうとしていたようなのです。
 
マイケルはさらに、ショートフィルムやステージパフォーマンスも組み合わせて
「総合芸術」的なところも目指していたでしょう。
ひとつひとつの曲は独立していても作品としては成り立っています。
しかし、「連作」であることを前提に曲と曲との「関連」や「関係性」を見て、初めて
わかる物も多くあるのです。
 
大きな作品、長い作品だから優れているということではないのですが、
「ポップス界では誰もやろうとしないこと」に挑戦していたことが気づかれずに
このまま埋もれてしまってほしくはありません。
 
自分の作品をクラシックにと願っていたマイケルの心を少しでもその作品の中に
見いだせたら幸いです。
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連作『ビリージーン』はビゼー作曲オペラ「カルメン」とその原作のメリメ作「カルメン」を下敷きにして作曲、構成されていると考えられます。
 
世界中で愛されるオペラ「カルメン」。映画化されたものだけでも100本以上あるといいます。マイケルが敬愛するチャップリンも「バーレスク・カルメン」という無声映画を撮りました。
ロバの中に人間が入っているという「ベタ」なコメディー。チャップリンのはちゃめちゃなドタバタに
優しさがあふれる喜劇「カルメン」。チャップリン自身にロマの血が流れていることがどこかに生かされている気がする、「誰も死なないカルメン」です。
 
劇、音楽、歌、ダンスのあらゆる魅力が詰まったこの作品をマイケル・ジャクソン
が見逃すはずはありません。私は「WBSS」を聞くと漠然と「カルメン」の前奏曲みたいだと感じていたのですが、「ブラダン」を訳している時にSFを何度も見ていて
も「カルメン」を強く感じたのです。
 
スージーがどうしてテーブルの上で踊るのか。。。。。
 
 
メリメ作「カルメン」初版本の挿絵です。この挿絵の影響なのか、オペラでもカルメンやジプシー達がテーブルの上で踊るというのが演出の定番です。
イメージ 1
 
このシーンの後にエスカミリオが登場して「トレアドル」を歌います。
「Le cirque est plein de sang」(闘牛場は血まみれ)がここで歌われて、カルメンの死を予告する伏線になるのです。
 
「Blood On The Dance Floor」も後で誰かが死ぬという伏線。マイケルは確かに「カルメン」を下敷きにしてこの曲を書いています。
 
3年前に「ビリージーン」の歌詞を翻訳しながらふと「これってカルメン?」と思ったことが、今確実に姿を現した感じです。
 
「ねたばれ」になってもなあと書くことをためらいもしたのですが、カルメンのスコア、台本対訳、原作、ビゼーの伝記などもひと通り読んで思いました。
 
別にこれで「ビリージーンの謎」が解けるわけではない。むしろ新しい謎の扉が幾つも開かれることにつながるのではないか。作曲からもう30年も経つのだから、誰かが気がついても不思議はないでしょう。むしろマイケルが「より高い芸術性」をポップス音楽に求めていたことを裏付けるという意味では、「気が付かれるべき」なのではないでしょうか。
 
「カルメン」はおそらくクラシックに興味がない人でも世界中だれでもが「ハバネラ」や「闘牛士の歌」のさわりを知っているといっても過言ないほどの人気作品。
 
なぜ、マイケルにはあの時期に「カルメン」だったのか。
 
幾つかその理由を考えました。
 
1.ビゼーの音楽家としての魅力、マイケルの作風との共通点
 
「カルメン」は威勢のいい音楽ばかりと思われがちですが中にはこんな美しい愛の歌もあります。
これはドン・ホセが愛を告白するときのアリア。
なんと哀切で、美しいメロディーなのでしょう。このアリア同様※倚音を効果的に使ったマイケルの「スピーチレス」はこの曲に本当によく似ています。きっとマイケルもこの曲を心の底から愛してオマージュしたに違いありません。
   ※(不協する音が和音に解ける音に可決して美しさや切なさを表現する音)
 
技巧だけではこんな美しい音楽は書けないと思います。ビゼーはきっと「自分の全存在をかけて誰かを、何かを愛したことがある」人だったのだと思います。この繊細な感覚はマイケルに強く訴えるものがあったと思います。
 
チャイコフスキーの「悲愴」、マーラーの5番のアダージェットに通じる
真の美や愛、芸術を切望するようなメロディー。これらのどの音楽家も
命と引き換えにするようにして、これらの音楽を書いたと言っても過言有りません。
マイケルは間違いなく、これらの大作曲家達と同じ道を歩む決意をしていたのだと思います。
 
「作家は死んでも作品は永遠に残る。」と言葉を残したマイケルでしたが、「歴史に残る作曲家」というのは必ず成功と何かを引き換えにするということも十分知っていたでしょう。
 
マイケルが「Thriller」アルバムに賭けたのも「自分の存在全」だったのではないでしょうか。
 
2.「カルメン」の劇作としての文学性
 
マイケルは「WBSS」「ビリージーン」「ショートフィルム」を連作にして、シングル一曲では描ききれない大きな物語を創り上げました。これらのつなぎ方はメリメの原作を下敷きにしています。オペラだけでなく原作にも注目したというところが、文学通だったマイケルでないとできなかったことだと思います。一般にはメリメという作家はあまり有名ではないのですが、同業の作家には高く評価をされ、日本では太宰治、芥川龍之介、泉鏡花などが強い影響を受けています。
 
ビゼーは劇場からの依頼で「カルメン」をオペラ化しますが、ビゼー自身も文学通で、
ローマ留学中にはヴィラメディチで多くの文学作品を読み研究しています。オペラの
脚本は脚本家が書いたものですが、「ハバネラ」の作詞はビーゼー自身によるもの。
作詞も手掛ける作曲家ビゼーは、マイケルにとって希少なお手本的存在であったと推察します。ビゼーのもう一つの名作「アルルの女」はオペラではなく劇音楽ですが、人物描写や性格描写が絶妙と言われています。このあたりもビゼーの「文学志向」が強く表れていると思われます。
 
マイケルはこの大作曲家ビゼーが書いた詞のひとつひとつの言葉をかみしめ、
それに応えるかのように「ビリージーン」の詞を書いています。
ほんの一例ですが、
「ハバネラ」
  Et si je t'aime, prends garde a toi 
  「私に愛されたら、気をつけなさい」
「ビリージーン」
  Be carefull who you love
  「誰を愛するか気をつけなさい」
まるで、返歌を返すようなこのつながり。もっとも有名なオペラのもっとも有名なアリアに挑むマイケルの気持ちと意気込みが伝わります。
 
3.「カルメン」のメッセージ性
 
1970年代後半に「カルメン」につながる別なクラシック音楽家が話題になりっていました。当然マイケルもそのことをよく知っていたと思います。
ロシアの作曲家、ショスタコービッチです。
 
この音楽はスターリンの圧政期にプラウダから批判を受けた後に作曲されたため、長い間「革命を礼賛する音楽」と思われていました。
ショスタコービッチ交響曲第五番 四楽章
 
しかし、現在ではショスタコービッチはスターリンを批判するメッセージを「カルメン」を使って判らないように曲の中に込めたということが研究され広まっています。
 
第一楽章
 
 
冒頭からハバネラの「L'amour l'amour」(愛、)が引き裂かれたかのように、冷たく暗い短調のメロディーになって使われています。単に「愛」を描いたのか、それともその逆なのか、解釈が分かれるようです。
 
そして4楽章。「ハバネラ」の「prends garde a toi」(気をつけろ!)の部分がやはり短調で主題になっています。「私は革命を、社会主義を信じない」というメッセージではないかと今では理解されているのです。
 
西側の退廃した芸術を引用したことがばれたら、即刻ショスタコービッチは失脚処刑だったでしょう。ましてやそれが「私は信じない」だったら、なおさらです。彼は命がけでこのメッセージを曲の中に織り込んだと考えられています。
 
およそ数百万人が粛清されたと言われるこの時代のソビエトでなぜカルメンだったのでしょうか。
 
カルメン」もやはり、フランスでナポレオン三世の失脚後成立した「パリコミューン」(歴史上初の市民による自治政府)が崩れ去り、多くの血が流された直後に作曲されました。殺される直前のカルメンのセリフ「私は自由に生まれ、自由に死ぬ」は、この時代を象徴する、特別な意味を持つもの。カルメンの歌う「自由と愛」は人間の尊厳をかけたものでもあったのです。
 
明るく楽しいポップの音楽に込めるにはあまりに大きく重たいテーマです。
でも、差別と闘うにはその天賦の才能以外何も持たない一人の黒人青年にとっては、魂の奥底から共感できるものがそこにあったのだろうと思います。
 
マイケルは音楽と踊りと映像でMTVに黒人が参加できる道を開いた。
マイケルは白人音楽と黒人音楽を融合した。
 
これはこの時代のマイケルについて語られるとき必ず言われる決まり文句です。
この業績の裏にマイケルのどのような苦悩や苦労や喜びがあったのか。
 
スリラーの成功後、「Bad」にいたるまでの間にマイケルの顔立ちががらっと変わったことに驚いたことは今でも鮮明に覚えています。整形したという以外に、目の輝き、表情の一つ一つが全く違うものになっていて「マイケルに何が起こったのか」と真剣にショックを受けたし、心配したものでした。
 
今思えば、芸術家としての業を背負ってしまった時期だったのでしょう。
当時はいくら数字的に爆発的な成功をしても、マイケルの目指した「芸術性」はほとんど理解されていなかったと思います。
 
 
上流階級の社交場だったパリのオペラコミック座でボヘミアンの女工を主人公にした悲劇を上演し、最初は大きな論争を巻き起こしたビゼー。
 
スターリン体制に歯向かうかのような交響曲を、党幹部の目の前で演奏し喝さいを浴びたショスタコービッチ。
 
そしてアメリカに残る人種の壁を音楽の力で打ち破ったマイケル。
みな繊細な感性を持った芸術家でありながらラディカルです。
 
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これから週二回ペースで「ビリージーン」に関する考察記事をアップする予定です。
参考文献などは後でまとめてアップしたいと思います。
 
少し「固め」の記事が続くと思いますがお時間ありましたら、お付き合いくださいませ〜〜〜〜。
 
 
ブログ主

閉じる コメント(6)

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内緒コメさん
ありがとうございます☆
ミンは今年高3です。また受験生の母シーズン到来です〜〜〜〜(-_-;)
三年前は、反抗期真っ只中でしたけど、今はなんだか落ち着いちゃって。。。。嬉しいようなさびしいような気分です

頼もしくなってきた気もするけど、まだまだ幼い17歳。
マイケルはもう17歳ぐらいで作曲とか一人前にやってたんだなー
って思うことがあります。

若いころのマイコーを見ると、なんだかハハ目線になっちゃって、
凄いね〜〜〜っつ、こんなこと考えて捜索して他の!!!
とか、びっくりしますよ、ほんとに。

男の子が「これ」って決めたら、とことんやる。
そんなところが作品の中から見つけられたらよいかな。
はいっ、分析続けまーす

2013/4/3(水) 午後 0:59 [ ちぃちゃんママ ]

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続きです。
「Off The Wall」グラミー最優秀アルバムをもらえていたら
マイケルの人生もう少し楽だったかな。
スズキのラブの頃のきらきらフワフワ笑顔が消えちゃったスリラー期でしたね。。。。やっぱりこの時期に頑張りすぎちゃったのかも。

2013/4/3(水) 午後 3:50 [ ちぃちゃんママ ]

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内緒コメ様

意固地なとこも、かわいいとこも、変子wwwなとこも全部ひっくりるめてマイケルなのかもですね。。。。

もっと長生きしてほしかったけど、「マイケルらしく」生き切ったと思いたいです

オフザウォールでグラミーをいっぱいもらっても、「じゃあ次はもっとすごいのを作るぞおお」って無茶苦茶張り切ってたかもですよね。

素敵なコメントありがとうございます

2013/4/11(木) 午前 8:51 [ ちぃちゃんママ ]

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この記事はすばらしいです。カルメンとビリージーンとの関連性なるほどと思いました。わたしは少しですがフランス語とクラシックpianoを習っているので。ビリージーンの歌詞を見たときはほんとに驚きました。わたしはこの年齢になって過去のアメリカヒット曲の読み直しをしてるのです。まったくなにも知らずに歌ってた自分が恥ずかしいです。マイケルはすばらしいです。そこまで知りませんでした。いま時間に余裕ができてマイケルを調べ始めています。死んだことはほんとうに悲しいです。ジョンレノンの研究もしてみました。ジョンも才能がありすごい人なんだと再確認しました

2016/6/18(土) 午前 8:03 [ ファレル ]

> ファレルさん
こんにちは。
コメントありがとうございます。
レノンの研究をされているんですか?
レノンも深いですよね。マイケルはレノンのことも崇拝していたと思います

マイケルはクラシック音楽の作曲も試みていたので、カルメンの勉強してたのかな、、、と思いながらビリージーンを読み直してみました。

また改めてカルメン聴き直したいです。

2016/6/21(火) 午後 4:48 [ ちぃちゃんママ ]

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マイケルってクラシックの作曲も挑戦してたんですか。それはすごいなあ。カルメンも聞いてたでしょうね。ほんとにマイケルは後世に残る大スターなんですね。動画みてますがこころ打たれてます。<
smooth criminal>
とかすごいです。

2016/6/26(日) 午前 7:39 [ ファレル ]


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