全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
イメージ 1
こってりとした「悪女」記事が続いてしまったので、
安らぎの「聖母子」像で癒されましょう☆
 
たぶん、この方が人類の永遠のアイドルですよね。
タイトルがなくても、「青い衣服をまとって幼い子供を抱いた若い女性」はマリアであるのは、絵画の鉄板のお約束。
 
地味で質素な姿なのに、美しさは輝くよう。そして限りない優しさが満ち溢れています。
 
あらためて思うマイケルの「天才」。
あんなにキラキラでファンタジックな「ビリージーン」の音楽にも言葉にも
パフォーマンスにも、リアルな「人間」が生き生きと動き回っていること。
 
特にこれだけ「人間」をリアルに描けることが、
マイケルを唯一無二にしている一つの理由だと思います。
 
リアリティーをとことん、とことんつきつめたある一点まで
到達すると、突然「ファンタジー」が暴発するタイプかな?
 
 
ただ、その生々しい人間像、特に女性像を描くときにも
「王道」の「聖書的ひな形」を根底に持たせているのがマイケルらしいところ。
 
過去記事にも書きましたが、「マイベイビー」は「聖母マリア型」の女性です。
 
敢えて、
真珠、perfect love, the lady
 
など聖母マリアのアトリビュートを詞にちりばめています。
ビリージーンに写真を見せられても、デンジャラス娘に家にまで押しかけられても
マイベイビーはただひらすら耐え、涙を流し去っていくだけ。
「おしゃべり」の悪女に対して、「無口」な彼女。
 
でもやはりマリア型娘はそれだけでは終わりません。
 
むしろ、「悪女」たちよりもたくましく成長し、
ベイビーから自立した強い女性になっていきます。
 
最後のアルバム「Invincible」では、直接対決はないものの、
この「悪女」と「聖母」は異なった曲の中に顔を見せます。
 
「Heartbreaker」
Deceitful eyes, she's got those come get me thighs
She only knows how low that she can go
She speaks the lines that can control my mind
Wherever she goes I know my eyes follow
何かをたくらんだような目、彼女は僕のところにやってきて腿をとらえる
どんなに堕落できるか彼女は知っているのさ
僕の心をあやつるセリフを吐く
 彼女が行く先々を僕は目で追っていまう
 
相変わらず肉感的で挑発的、口がうまいビリジン型悪女。
でも、ワンパターン。衝撃のビリージーンから20年たっても、同じことを繰り返すだけ。僕の心までは動かせません。
 
そこへ行くと、マイベイビーは強くたくましく、
誘惑をはねつけることで、「僕」をしっかりとつかんでいく強い女性になっています。
 
「Invincible」
So why ain't you feelin' me, she's invincible
But I can do anything, she's invincible
Even when I beg and plead, she's invincible
Girl won't give in to me, she's invincible
どうして僕の愛を感じてくれないの、彼女は無敵
もう何でもするよ、彼女は無敵
僕が請い願っても、彼女は無敵
彼女は僕を受け入れない、彼女は無敵
 
ただおとなしく耐えるだけたったマイベイビーが変身するのは
「Give In To Me」「She Drives Me Wild」あたりからかなと思います。
 
追えば逃げ、逃げれば追う。
恋愛の原則をマイベイビーは確信している気がしません?
身体をクネクネ、言葉巧みに迫って落としたところで、
本当の愛は得られない。
 
本当の美しさは、わざわざ見せつけなくても
内面から湧き出てくる。
 
でも、ずっと拒んでいるとらちが明かないんじゃ。。。。
「Invincible」の繰り返しを聞いていると、この「不毛の関係なんとかならないの〜〜〜」ってイラっとしてくるのですが、アルバム「Invincible」がそれまでのアルバムと違うのは、とうとう「本当の愛が実る」ところ。
 
 
「You Rock My World」 
I've searched for the perfect love all my life
All My Life
Ooh feels like
I have finally found a perfect love this time
I have finally find, Come on girl
僕は今まで完全な愛を探して生きてきた
今までずっと
ああ、でも感じるよ
とうとう今度こそ見つけたんだ完全な愛を
とうとう見つけたんだ、ねえ、君だよ
 
とうとう、マイベイビーと僕は結ばれるのですが、
SFに登場する彼女は、それまでのSFのスーパー美女たちとは違って
「完璧」というほどの美貌やスタイルではないですよね。。。
イメージ 2
でも、マイケルと彼女の間には出会った時から、何かがあって
酒場で踊り始める二人には「ケミストリー」を感じます。
 
マイケルの「パーフェクトラブ」って、やはり
「心のつながり」だったのですよね。
 
「ABC」や「I’ll Be There」のちびっこマイケルのころから続いてきた
「ラブコンケスト」の旅はここで完成したのかなと思います。
 
インヴィアルバムの前半のチリチリするほど不安げなアップテンポの曲の連続から
中盤の「ユロクマ」「ブレイクオブドーン」「ヘブンキャンウェイト」「ユーアーマイライフ」など、「愛の美しさと歓び」が満ち溢れた世界への転換は
このアルバムの真髄だと思います。
 
でもこれで、ゴールっていう感じでもないところがまた嬉しい。
まだまだ「マイケルの愛の旅」は続くよ。。。。
そう思わせてくれるなにかも残しています。
 
「悪女」VS「僕」VS[マイベイビー」の物語をもっともっと語ってもらいたかったですね。
 
その後のビリージーンはどうなったのでしょう。
まあいろいろ言われましたが、アルバム「マイケル」ではこんな曲があります。
「Keep Your Head Up」
 
辛い仕事を掛け持ちして働くシングルマザーを温かく励ますような
この歌を聞いたとき、「WBSS」の「育てられないんだったら子供を作るな」
という憤った歌詞を思い出します。
 
それを想えば、マイケル自身がシングルファーザーになって懸命に
子育ていたころ作った曲なんでしょうね、もう少しゆとりがあります。KYHUの曲調の柔らかさや共感はマイケル自身の心の成長を思わせてくれます。
 
子供ができて、今までの辛さや悲しさが吹き飛んだと語ったマイケル。
その喜びも、時に「子育てって大変」みたいなため息も
両方感じていたのでしょうかねえ。でもそれもまたいいもんだなんて。
 
子供と言えば、
マイケルの作品の中では、「聖母型女性」ではなくて「悪女型女性」に
子供がいるのが面白いところ。
マイケル的なひねりです。
 
ただ、これだけ徹底して聖書的な人物像を描いていることを想うと
「子供」の存在というのも非常に重要で、
やはりビリージーンやスージーの子供は「幼子イエス」に重ねられていると
思われるんです。
 
この子たちはまさに「受難」の象徴。
 
この子たちが「リトルスージー」ではなく「スピーチレス」や「ユーアーマイライフ」
の子供たちのように、「無償で無限の愛」につつまれた子供になる
にはどうしたらよいか。
 
それは、マイケルの作品だけではなく、マイケルの人生の永遠の
テーマでしたね。
 
これだけ壮大な「愛の旅路」がくりひろげられて、大人が散々ああだこうだと
すったもんだしても、マイケルにとってはあくまでも主役は子供。そしてかれらの無垢な愛と心。
イメージ 3
小さな小さな子供が、大きな地球を愛おしそうに抱きしめる。
 
地球は母。
 
大人より、子供が大きい。
地球よりも、子供が大きい。
それは子供の愛がはてしなく大きいから。
 
やっぱり、子供にはかないません☆
 
This Is Itのエンディングで登場したこの画像
マイケル版「聖母子像」かなと思っています☆
命を与え守り育む女性性の復活こそ、未来を救うんだよ!というメッセージかもしれませんね。
☆追記
文章をまとめてから気づくことが多いのですが、今回も後から見直してびっくり。
 
マリアの象徴とされる青い衣装。
 
ユロクマのガールもアースガールも青っぽい衣装なんですね。
ユロクママイコーは黒いジャケットから赤シャツをのぞかせるという、
聖母マリアが青いローブの下には赤の内着を少しのぞかせているのに
習った模様。
 
ブラッドオンザダンスフロアの男女が全身真っ赤なのと対照的です。
赤が情熱、青はそれを抑える理性なのでしょうか。純粋さ??
 
マイケルに会えたら聞いてみたいです。
 

 
 

No mud, no lotus

6月13日にちなんで
 
つい一昨日出会って気に入った言葉です。
 
「No mud, no lotus」
 
泥の中から蓮の花が咲く
 
私はそんなに心がけの良い人間ではないので、スピリチュアルな体験はしたことがないのですが、それでも「セレンディピティー」(素敵な偶然)というのは信じているほうです。
 
 
マイケルとビゼーのことを調べていて、どうしてこんな言葉が出てくるのかわからないけれど、でもきっと何かのつながりかもしれないと思って
心のノートに書き留めました。
 
 
泥があるから、花が咲く。
 
ということなのでしょうね。人生には辛いことも嬉しいこともある、
こんな乱れた世の中にも、美しいものがある、
闇があるから光がある、、、、
 
いろいろな意味があるのでしょうが、
清廉な花を想うと、マイケルにピッタリな気がして
ブログプロフィールにも入れてしまいました。
 
イメージ 1
 
 
どうしても、この月のこの時期にはいろいろと考えてしまいます。
特に裁判のニュースが流れてくると、あの頃のマイケルのことを想わずにいられません。
 
ずっとブログを書き綴ってきて思うのですが、(以前にも書いたことがありますが)
マイケルの心は普通の人よりもはるかに繊細です。
些細なことにも大喜びし、溢れるほどの愛を感じるからその分
傷つくときは盛大に傷つく。
 
でも、その奥に何者にも穢すことのできない
強く、たくましい魂がある。
 
マイケルの詞を読んでいると、
heart, mind. spirit, soul,
と日本語で言うと「心」とひとくくりにしてしまいそうな言葉が、きちんと使い分け
られているのがわかります。
 
spiritは 元気や生気 の「気」?
 
mind は 考え? 
 
heart  が 心
 
soul   が 魂 
 
これにfeeling が入ってくるとますます。。。。なのですが
 
「心」が何層にもなって、たぶん「soul」
が一番深いところにあるような気がするんです。
 
悲しいときは泣いてもいいし、腹の立つときは怒ってもいい。
心配なことがあれば落ち込んでもいい。
喜怒哀楽は「heart」の受け持ち区分。
 
でもどんな時でも傷つけてはいけないものがある
それが「魂」。
 
だったのではないかと。。。。
心が「蓮の花」だったら「魂」は「泥の海」かもしれません。
 
でもその豊かさや、厚み、光が届かないほどの闇の中に
「種」があるのかなと。
 
「This Is It」のマイケルは、ある人には大変弱っているように、
またある人には意欲で輝いているように
全く正反対の印象を与えるようです。
 
たぶん、心は傷ついていたでしょう。
不安でいっぱいだったでしょう。彼の人生最大の難問題が目の前にあったように思います。盛大に悩み落ち込んでいたようです。
 
でも、リハーサルで踊るマイケルは輝きを放っています。
周囲の人の証言によると、ほとんどリハーサルをキャンセルするような状態だったというのに。いったん舞台に立ち、音が流れるとマイケルは踊ります。
若いダンサー、同僚のミュージシャン、舞台関係者をすべて足元に従え
「神と真理」のほうだけを向いて、踊れたのです。
 
マイケルは心を弱らせても、魂を傷つけられ弱らされることはなかったと
思います。むしろ、魂を磨き上げていたんじゃないでしょうか?
 
でも、本当に悲しいけれどこの世を去っていまった。
 
それは、「肉体の問題」だったと私は思っています。
あれから4年たって私も、マイケルのあの時の年齢になりました。
気持ちは持ちようでどうにでもなるけど、身体はどうしても意志の通りにはいかない
ということを、だれもが感じ始める年頃です。
 
もちろん年齢に関係なく「暗くて外の見えない泥の中」に入るときはありますよね。
 
そんな時には「今種を育てているんだ」と思えばいいのかもしれません。
マイケルはあの頃魂の中で種を育ててたんだと思います。
 
大きな種であればあるほど、苦しみも大きかったんでしょうね。
だから、今沢山の人の心に花を咲かせている。
この年齢で二時間歌って踊って出づっぱりのステージショーをやろうと思いつくだけでもマイケルは「magic」です。
 
10年以上のブランクがあっても「マイケルならできる」と周囲に思わせてしまう
ほどのものが「マイケルにはあった」と思います。
 
「This Is It」の映像のパフォーマンスはほとんどがつぎはぎです。
一曲通して踊ってる物のほうが少ないですよね。
パンフレットに詳しい説明もなく、不可解なところも多いです。
 
でも、悪意だけで作られた映画なら、
これほどまでに多くの人を感動させることはなかったでしょう。
 
利益抜きで作られたものではないにせよ、
この映画を作った人たちは、マイケルの最後のメッセージを何とか
残したいという気持ちも十分あったと思います。
 
そしてこの映画を感動的にしたのは
マイケルが咲かせようとしていた花の種だったのではないかと。
 
 
 
 年齢が幾つになっても、種を見つけ育てることはできるんだということを
マイケルは教えてくれている、そう思って今日は過ごしたいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
「デンジャラス」はステージパフォーマンスでは「スムースクリミナル」と
マッシュアップされるので、ストーリー的には「スムクリ」とつながるのだろうと思います。歌詞も「バンドワゴン」からの引用が多くみられます。
 
イメージ 1
でも、「ファムファタル」の物語としては「ビリージーン」とのつながりも感じられるんですので、訳してみました。
 
キメのせりふ
「She is bad, she is dangerous.」
の部分ですが、「カルメン」ではマイベイビー・ミカエラ(ホセの婚約者」のアリアの中にこんな言葉があるのです。
 
「Elle est dangereuse, elle est belle」
ホセを奪ったカルメンを見て、「彼女は美しい、彼女は危険」と歌います。
 (第三幕 第五景)
 
美しいこと、危険であること
それが「悪女」の条件。
 
オペラ、ハリウッド映画のダークヒロイン達に与えられた役割、性格
は典型的です。
 
「デンジャラス」の彼女もそれにならって
 
 
 現れ(came)  動いて誘惑し(moved) 忍び寄る (stalked)
 言葉巧みに言い寄る (pursasive、lips, mouth)
 美しくて危険(bad, dangerous)
 
 という言葉でその人間性が表されます。
 
イメージ 2
バンドワゴンのシド・シャリース。見事なlineデス。
 
 そして、男性は
情欲 ( lust, passion)
獣性( inhumanity)
破滅( living in vain )
 といったキーワードからも分かるように、心とは裏腹に肉体の魅力に
すっかり虜になってしまいます。
 
 
単語だけ並べるとどぎついですが、
詞としてまとめあげられると、格調もあり、斬新さもあります。
かえってぼかさず、ストレートに訳すことで
この曲の味わいと芸術性が際立つよう思います。
 
メリメの「カルメン」は品の良い19世紀の文学ですから
 さすがにボディーライン云々という表現はありませんが、
おそらく当時だとおおいに想像を掻き立てたであろう、「カルメンの容姿」に関して
次のような記述があります。
 
 ふしぎな野性的な美しさであり、一目見たものをまず驚かすが、
 以後決して忘れられることのできない顔立ちである。
 とりわけ、彼女の目は情欲的であり、同時に凶暴な表情を備えており
 人間の目つきにこういう表情をみいだしたことはない。
 
原作の文章も非常に簡潔、淡麗なのですが、翻訳も定評がある岩波文庫の「カルメン」からの抜粋です。
 
マイケルも,メリメ→ビゼーの文体の影響を受けている感じはあると思います。
優しくて無垢な詞も書くのですが、こういった「徹底したリアリズムを追究した文体」を
物にすることもできるのは、マイケルの文才だなと思うのです。
 
特にこの曲はほとんどが「語り」なので、詞の持つパワーはある意味
「ビリージーン」を超えていると思います。コーラスもパオッも無いですよね。     
 
 
 
The Way She Came Into The Place
I Knew Right Then And There
There Was Something Different
About This Girl
彼女がその場に現れた
その瞬間に僕は悟った
何か特別なものが
この娘にはあると
 
The Way She Moved
Her Hair, Her Face, Her Lines
Divinity In Motion
彼女の身のこなし
揺れる髪、移ろう表情、しなやかな体のライン
そこには女神が宿っている
 
As She Stalked The Room
I Could Feel The Aura
Of Her Presence
部屋の中 彼女が僕に忍び寄る
僕はオーラを感じた
彼女の気配に                         presense=存在感、気配
                             
Every Head Turned
Feeling Passion And Lust
全ての男が振り向いた
情欲を感じ取って

The Girl Was Persuasive
The Girl I Could Not Trust
The Girl Was Bad
The Girl Was Dangerous
その娘の言葉には抗えない
彼女は信頼するに値しない女
その娘は美しい
その娘は危険な女だった

I Never Knew But I Was
Walking The Line
Come Go With Me
I Said I Have No Time
And Don't You Pretend We Didn't
Talk On The Phone
My Baby Cried
She Left Me Standing Alone
知らぬ間に僕は
彼女の虜になっていた
私と一緒に来て
時間がない、僕は言った
知らないふりはやめて
電話で話したじゃない
恋人は泣いた
そして僕を残して立ち去った
 
She's So Dangerous
The Girl Is So Dangerous
Take Away My Money
Throw Away My Time
You Can Call Me Honey
But You're No Damn Good For Me
彼女はとても危険
その娘は本当に危険な女
僕の金を奪い
僕の時間を無駄にして
君が僕をハニーと呼ぶのは構わない
でも君は僕にふさわしい女じゃない
 
She Came At Me In Sections
With The Eyes Of Desire
I Fell Trapped Into Her
Web Of Sin
A Touch, A Kiss
A Whisper Of Love
I Was At The Point
Of No Return
彼女は魅力的な体で少しずつ僕に迫る
目には欲望を燃やしながら
僕はからめとられる
彼女の背徳の罠に
体に触れ、キスをし
愛をささやく
もう僕は
後戻りできないところまで来てしまった
 
Deep In The Darkness Of
Passion's Insanity
I Felt Taken By Lust's
Strange Inhumanity
This Girl Was Persuasive
This Girl I Could Not Trust
The Girl Was Bad
The Girl Was Dangerous
情欲の狂気
その深い闇の中
囚われたことを感じる
得体が知れないほど動物的な
欲望に
この娘は美しい
この娘は危険な女

I Never Knew
But I Was Living In Vain               in vain=虚栄に満ちた、台無しの
She Called My House
She Said You Know My Name
And Don't You Pretend
You Never Did Me Before
With Tears In Her Eyes
My Baby Walked Out The Door
気づかぬうちに
僕は堕落に向かい始めていた
彼女が僕の家を訪れた
彼女は言った、私が誰だかわかるでしょう
忘れたふりをしないで
私と何もなかったなんて
目に涙を浮かべ
恋人はドアを開けて立ち去った

She's So Dangerous
The Girl Is So Dangerous
Take Away My Money
Throw Away My Time
You Can Call Me Honey
But You're No Damn Good For Me

Dangerous
The Girl Is So Dangerous
I Have To Pray To God            神に懺悔しなければならないような
'Cause I Know How               罪深いことをしているという自覚がある
Lust Can Blind
It's A Passion In My Soul
But You're No Damn Lover
Friend Of Mine
僕は神に祈らなくちゃならない
わかっているから
欲望は人を盲目にするということを
それは僕の魂の内なる情念だということを
でも君は僕の恋人なんかじゃない
友人でもありはしない

I Can not Sleep Alone Tonight
My Baby Left Me Here Tonight
I Cannot Cope 'Til It's All Right
You And Your Manipulation
You Hurt My Baby
今夜ひとり寝はできない
僕を一人ぼっちにしたのは僕の恋人
寂しさをどうにもできない
君と君のたくらみだ
君が傷つけたんだ、僕の恋人を

And Then It Happened
She Touched Me
For The Lips Of
A Strange Woman
Drop As A Honeycomb
And Her Mouth Was
Smoother Than Oil
そしてなるようになってしまった
彼女が僕に触れる
見知らぬ女の
滴る蜜のような唇で
彼女の口は
オイルよりも滑らかだった
 
But Her Inner Spirit And Words
Were As Sharp As
A Two-Edged Sword
But I Loved It
'Cause It's Dangerous
でも彼女の本性と言葉は
鋭くとがっていた
両刃の剣のように
でも気に入ったね
だって危険だったから
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

主人公は自分とthe girlが関係を持つことを、「自分のせい」とは思っていないのです。
 
 さびしくて独り寝はできない。
 僕をひとりぼっちにしたのはマイベイビー
 マイベイビーを傷つけたのはthe girl
 
一番衝撃的なのは実はこのあたりでしょうか。
 
人間の心理を克明に、赤裸々に綿密に描く。
マイケルの詞の中でも傑作の部類だと思います。
ファンタジーのかけらもない「リアリズム」が
案外マイケルの真骨頂だったりするのです。
 
ビリジンとよく似た設定ながら、「背徳の愛」や「耽美」に徹しているところは
「サロメ」に近い感じもします。
 
女は危険
男も危険
危険な恋の魅惑。。。。
 
さて、それにしても毎回傷つけられてひどい目にあう「マイベイビー」。
彼女のことも少し書いてみなくちゃ片手落ちですね。
 
案外、こちらの「聖母マリア型女性」のほうが、だんだん進化して強くなっていくのじゃないかというのが、マイケルの作品群の面白さ。
 
ビリジン型悪女は強烈ですが、何度出てきてもワンパターンで成長することなく
スージー以降は消えていく運命なのです。
 
この二つのタイプの女性と草食男子が出てくる恋愛ストーリー。
過去記事にも書きましたが、「アーサー王伝説」「ロミオとジュリエット」
「ギリシャ神話」「ケルト神話」にまで遡る、古典的なものです。
 
基本的には現代人が思う「恋愛=個人と個人の結びつき」というのは
ほんの少し前まで社会的にも宗教的にもタブー視されていたのです。
 
「ロミオとジュリエット」が一番わかりやすいですが、結婚とは家と家同士の
結びつき。じゃあ恋愛がなかったかというとそうではなく、結婚した後
に楽しむというのが中世の宮廷恋愛だったりします。
 
少なくとも、文字を描いたり出版物を読むことができる身分や階層の人たちは
そうだったのでしょうね。
 
そんな文学的伝統をふんだんに織り込めば、「アナクロ」になりそうですが
そういった「伝統」の中にも現代に息づく「普遍な喜びや悲しみ」を
見つけ出せるところが、マイケルなんです。
 
マエストロ!
 
って呼んであげてください。ソングライター。。。。。ではちょっとね^^
運命の動機
妖艶でかつ大地のようなカルメンには、もう一つの劇的な「要素」が与えられています。
 
それは「死すべき運命」と「異端者」という性格。
 
オペラで有名なのは、ジプシー仲間とトランプ占いをして何度も「死」を予言するカードを引くことです。
 
この破滅の運命と予言は、物語原型の「デアドラ」でもとても大切な要素。
まさにfatalなのです。
 
このことにビゼーはとても劇的で悲劇的なフレーズを 与え、何度も何度も繰り返すことによって、衝撃的な結末を予告します。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上の動画の冒頭のフレーズです。
 
 
 
カルメンの背負っている運命は過酷です。
原作ではカルメンの容姿を詳しく描写しているのですが、
「とても美しい」ということと、「色が浅黒い」ことが強調されています。
他のロマとも少し違うのです。
 
最下層のロマの中でも、おそらく
混血の部類なのでしょう。
 
ホセと一緒になっても、エスカミリオと一緒になっても「幸せな未来」とはほど遠い。
本人にこそ一番「破滅する運命」が強く自覚されている。
 
このモチーフはカルメンが刺される場面で一番鮮烈に鳴り響きます。
 
不安と哀しみをあおる、不安定な音程がギザギザと稲妻のように駆け降りる
「運命のモチーフ」。
 
この不安定な音程は「増音程」と呼ばれ、美しく調和する音程であるオクターブや
完全3度、4度に半音足したものです。
 
ウィキで調べると「悪魔の音程」とも呼ばれるほど、クラシック音楽では難しいものとされるこの印象的な音のつながり。
 
クラシックでは「調和」は「完全=神」を表すものですから、それに反するものは異端的と感じるのでしょうね。
 
この「増音程」を使っているのが、「Wanna Be Starting Something」
の「Hard to get over, Too low get under」の部分だと思います。
(まだあやふやなので、訂正するかもしれません。理論的に間違っていたら
調べなおしますのでご指摘ください〜〜〜)
 
音の進み方もギザギザと稲妻型。
 
「ワナビー」は物語原型で言っても、カルメンの第一章に当たりますし、
「オペラ」で考えたら「前奏曲」。
 
マイケルはこの「運命の動機」を使って、「ワナビー」と「ビリージーン」を音楽的にも結びつけたのかもしれません。
 
以前に「Don't Stop Till You Get Enough」の歌い出しの二音が「個性的」という
記事を書いたのですが、おそらくこれも「増音程」だと思います。
(当時はわからなくて「ヨナあり」とか勝手に呼んでました((-_-;))
 
ドンストには不安とか悲しみの要素はないと思うのですが、
「黒人音楽」のアイデンティティーの強調を感じます。
 
マイケルが好きだった「West Side Story」では序曲で「増音程」使われていますね。
オクターブで降りれば普通なのですが、さらに半音下がる印象的なフレーズ。
ジャジーで都会的、そして不安な未来。。。。
バーンスタインもこの「増音程」にビゼーと通じる「意味」を持たせたような気がしますす。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・・・・・・・・・
上の動画の「カルメン組曲」のendingはとても印象的です。
 
「カルメン」がホセに殺される場面で「運命の動機」が鳴り響いた後、
もう一度「恋はボヘミアの子供」のメロディーがチャイムで奏でられ
穏やかで安らかな心持になります。
 
まるで、カルメンの魂が静かに天に昇っていくようです。
差別、貧困、恋などのあらゆる重たい荷物を下して、
カルメンの本質である「おおらかで自由な魂」だけが神様の元に導かれるのでしょうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マイケルの 命日までにまとめようと思っていた「連作ビリージーン」シリーズ。
なんどか、めどがついてきました。
 
・作品の中の、神、死生観
 
・作品の中の神話的要素
 
・スピンオフ「デンジャラス」
 
・進化する「マイベイビー」
 
の4つの記事(予定)を書いて、このシリーズを仕上げたいと思っています。
 
悪女ばっかりの記事をかいたので(笑)、マイベイビーがすっかりほったらかし
彼女にもスポットを当てたいです。
 
あともう少し
「マエストロマイコー」の姿を探る記事にお付き合いいただけたら
幸いです。
いつもたくさんの方にお越しいただいて、拙い文章をお読みいただいてありがとうございます。
 
昨日マイケルの長女パリスちゃんのニュースを聞き
とても心を痛めています。
 
15歳という多感で難しい年頃で、ささいなことでも嬉しかったり
、逆にとんでもないほど傷ついたりする時期に
彼女には乗り越えなければならないほどが人の何十倍もある
のです。
 
1ファンでさえ、見聞きするのが辛い裁判のことも
彼女を含め家族は「リアリティー」として立ち向かわなければならない。
 
「辛いなあ・・」と落ち込むけれど、プリ・パリ・ブラちゃんたちの
辛さの一億分の一ぐらいなんだと、自分には言い聞かせてきました。
 
パパの偉大さも苦しさも、まだまだこれから一つ一つ理解し
受け止め、乗り越えていくのでしょう。
 
あれこれ詮索せず静かに見守っていたいと思います。
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
先日マイケルジャクソンの21歳当時のメモ書きが公開され話題になりました。
 
自分の夢や目標を書きとめた「マニフェスト」中にこのような一節があります。
イメージ 1
 
I will be magic
I wiil be a pefectionist
I will be a resercher
I will be a trainer
I will be a master(er)
 
僕はあっと驚くほど偉大な人間になる
僕は完全主義者になる
僕は探求者になる
僕は自らを鍛錬する者になる
僕は素晴らしい芸術家になる
 
マイケルがよく口にする言葉(magicなど)が含まれているので「マイケル的」に訳しています。
 
21歳といえば調度、「オフザウォール」から「スリラー」への過渡期。
このころのマイケルが、「スリラー」の成功へ向けて自分を鼓舞する様子がうかがえます。
 
これほどまでに力強い夢と目標を掲げ、それを達成する意志の力
に圧倒されてしまうのですが、その陰では寝食を忘れるほどの努力や
激しい葛藤(ジャクソンズからの独立問題、病気など)もあって
決して「光輝く時代」ではなかったのだろうと察しられます。
 
マイケルの人生は、苦労やプレッシャーのない時期なんてないといっていいほど
試練の連続なのですが、でも、このころは「若さ」や「未来」が彼を支えたのでしょう。
 
「ビリージーン」一曲だけでも、「magic, pefection, reserch. train」
が溢れるほどに盛り込まれて、まさに「maestro」の域に達していたのではないでしょうか。少なくとも「そうなろうとしていた」ことに、確信が持てます。
 
心安らかに穏やかな環境で作曲できていたら、いったいどうだったんだろう。。。。
とふと考えてしまいます。
 
作曲の技術や、構成力、想像力。。。。
こういったテクニカルなものだけではなく、「マイケルの生き方、信条、愛、苦悩
喜び、涙」も全部含めて「ビリージーン」なのですね。
 
どれだけつきつめても、100パーセント理解するのは無理かもしれませんが、
ささやかにでも、わかると思われる部分だけでも
文章にまとめていきたいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
立体的な人物描写
 
前記事で描いたように、カルメンという女性は典型的な「ファムファタル」の要素を持っています。
 
「ファムファタル」は特に19世紀以降さまざまな芸術作品のモチーフになり
生き続けていますが、ある決まった型があります。
 
・絶世の美女で性的魅力にあふれ、あらゆる男性を虜にする。
 
・異教的、異端的な要素を持ち、キリスト教的精神・価値観を重んじる男性を堕落・破滅させる。
 
・女性のほうから恋を仕掛け、言葉が巧みである。
 
・相手の男性は消極的、言葉少なである。
 
・男性を裏切ったり、殺したりする。
 
などです。
 
カルメンやビリージーンはこの型にぴたりとはまりながら、それぞれ
ビゼーや、マイケルらしい「個性」が与えられています。
 
カルメンの場合、「ハバネラ」の冒頭の部分は「ファムファタル」の魔女的な魅力をふんだんに表したメロディーが作られていますが、中間部に来るとぐっと雰囲気が変わります。
 
「L'amor est enfant de Bohem.」のところからですが、
この箇所を少し違ったアレンジで聴くと、このメロディーの本質がよく見えます。
 (記事を書いていたときには、この「コンサートオーケストラカルメン組曲」がYou Tube
にあがっていたのですが、削除されてしまったので一部分が聞けるアイスダンスの動画を貼りますね。ごめんなさい)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最近フィギュアスケートでよく使われる人気アレンジです。
 
この組曲の冒頭では、「ハバネラ」の中間部が、ゆったりとしたテンポでチャイムで歌われますが、そのアレンジで聴くとまるで「新世界」の2楽章みたいだということに
驚くのです。
 
「新世界」のメロディーも「ハバネラ」のこの箇所も
「ヨナ抜き五音階」(ドレミファソのうち4番目のファの音がぬかされた音階)で
作られているのです。
 
「新世界」は黒人霊歌に感銘を受けて作曲されたものです。
ヨナ抜きは土の香りのする素朴で非ヨーロッパ的な音楽でよくみられる音階。
カルメンが有色人種であることを示すと同時に、大地のようなたくましさと
おっかさんてきでおおらかな優しさも表します。
 
魔女のようなフェロモンと母の強さや愛を兼ね備えた複雑で魅力的な
女性像が「ハバネラ」一曲の中で表現されているのです。
 
カルメンは恋するときは一途ですが、母親が病気だと聞いても故郷へ帰るかどうか迷うホセを突き放す強さや大きな愛も持っています。
 
ビリージーンも「ファムファタル」の要素はきっちり押さえて作られたキャラクターです。銀幕の女王のような美しさ、自分から恋を仕掛け僕を罠にはめるしたたかな女の子。
 
ビリージーンの人物像の複雑さは、前記事でも書きましたがやはり「子供」でしょう。
子供を抱えて生きるのに必死になるある種の「母の強さ」と
嘘をついてまでなんとかしようとする「人間の弱さ」が付け加えられています。
 
 
ファムファタルと言えば、マイケルは「ダーティーダイアナ」「Who Is It」
「Dangerous」等でも繰り返しこのモチーフを用いています。
 
特に「Dangerous」は余分なものは一切加味せず、典型的ファムファタルと
破滅する男性を描いています。
 
The girl is persuasive
The girl I cannot trust
Ther girl is bad
The girl is dangerous
 
persuasive
口がうまく女性から口説く
 
cannnot trust
誠意がなく平気で嘘をついたり裏切ったりするので信頼できない
 
bad
飛び切り美しい
 
dangerous
危険である。男性を堕落させ人生を台無しにさせる(living in vain)
キリスト教の教えに反する「危険さ」であることは聖書の引用部からもわかります。
 
「Dangerous」はカルメン的というより「サロメ」的かもしれないですね。
退廃的、耽美的と言っていいかもしれません。
主人公も騙されると知っていながら「危険だからこそ、愛してしまった」
という衝撃的なセリフをはきます。
 
デンジャの彼女に比べたら、まだビリージーンは可愛いのかも。
 
これらのマイケル的「ファムファタル」たちの性格はどちらかと言えば「歌詞」で説明されている部分が多いと思うのですが、音楽的に気が付くことと言えば、
 
みなこれらの曲の重要な(主にさび)メロディーが「ミレド」で作られているということです。
 
ミミミミミミ レドミ レドミ                ビリージーン 冒頭
 
ドレミミミミレ ドレミミミミレ           Who Is It    サビ
 
ミミミ ミレドレレレ                                Dangerous    サビ
 
ミミレドレド ミミレドミ ミミレドレド     Blood On The Dance Floor サビ
 
ドレミと言っても短調の345の音ですが、敢えてこういう使い方をしているということはマイケルの「ライトモチーフ」ではないかと思います。
 
一つの人物像「ファムファタル」に対して、一つの音階を当てはめて、
それを変奏することによって、立体的にまた深く掘り下げていく。
 
まさにresercherです。
 
(長いので記事を分けました、次に続く)

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事